妖精の国6 ボンクラ
雪花が真っ赤になって首を振る。
「そういうんじゃないわ。えっと、気兼ね。そう気兼ねがないだけよ」
「雪花様。世間一般では、それを仲が良いと呼ぶのですよ」
「………ゔぅ」
銀がホウッと息をついて王子を睨む。
「鉄鉱山は観光地だから安全だと思ってないか? 刺客がもう居ないとはいえないし、あそこにはドラゴンが棲んでるんだ。機嫌が悪ければ暴れるかもしれない。随分前に、そんな事があったって聞いてる」
「え! ドラゴン!」
雪花の目がキラキラと輝き出す。
王子が片手で顔を覆って溜息をついた。
「銀。俺は………黙ってたのに」
雪花が王子の腕を掴んで引っ張った。
「ボンクラ、知ってて黙ってたの? あなたね、ドラゴンがどんなに貴重な生き物か知ってるんでしょうね。古の魔法は全てドラゴンの教えなのよ。人生で一回は会いたかった。ドワーフは後回しでいい。ドラゴンに会いに行こう」
眉を下げて、疲れた顔で王子が笑う。
「雪花。お前、何しに鉄鉱山に行く気だ?」
「だから、ドラゴンよ。ドラゴン!」
彼女は王子の肩を掴んで揺すった。
「いいでしょ? 少しくらい寄り道したって、人生は終わったりしない。ねえってば。あなたが行かないなら、一人で行くからね!」
「一人で行くって……あんまり離れていられないんだぞ。俺を殺す気なのか」
「じゃあ、行くってことで決まりね」
美貌の銀が美しい顔を軽く引きつらせた。
「……申し訳ありません。琥珀様」
情けなく眉を下げた王子が笑う。
「いい。馴れた」
水仙がホウッと息をつく。
「解りました。雪花様のことは、琥珀様にお任せします」
それから白い手で雪花の肩に触れた。
「ですが、せめて鉄鉱山の麓まで——」
雪花が首を振る。
「いえ。火炎の町にも行きたいの」
「ですが——」
「行きたいの」
王子が苦笑を浮かべて雪花を見た。
「欲しい物でもあるのか?」
彼女がグッと詰まって、上目遣いに王子を見た。
「あぁ。肉が食べたいのか」
「………なんで分かるの?」
彼は目を細めて雪花を見た。
「涎出てる」
「……え?」
慌てて口元に手をやる彼女を見て、王子は耐えきれないように笑った。
☆
雪花と王子が部屋に戻って旅支度をしているのを待つ間。
水仙と銀はお茶を飲んでいた。
「……当てられっぱなしでしたね」
「姉さんが、あんなに喋る人だとは知りませんでした」
水仙はいつもの作り物めいた笑顔で頷く。
「彼女は特別です。それにしても——私は王太子を噂でしか知りませんでしたが」
銀は面白そうに頷く。
「彼は雪花と違う意味で人を惹きつけますね」
水仙はキュッと弟を睨んだ。
「憎らしいですよね。見ましたか、あの娘の笑顔を」
「……姉さん?」
「あれで、彼女に特別には好かれてないと思ってるんですよ? あの方の目は節穴です。ほんと、ボンクラ」
銀は不思議な顔で笑った。
「姉さん。貴女は女性ですから。僕には少し解りますよ」
「男である自慢ですか?」
「そんなに苛つかなくても」
彼女はキュッと唇を結んでから、弟を横目で見る。
「あなた、大切な女性ができたら、その女性の不安を見逃してはダメですよ」
「……振られたばっかりなんですが」
「あら、やっぱり振られましたか」
「慰めもないんですか」
「指輪を見た時点でわかっていたことでしょう」
水仙は窓の外を見つめた。
「それに、告白できるだけマシです」
「……すみません」
☆
銀が王子の滞在している部屋に行って様子を見ると。
「琥珀様、そのお召し物で行かれるのですか?」
「銀。琥珀でいいし、口調は砕けてくれ」
「……琥珀。その格好でいくのか?」
王子はいつもの茶色い旅姿だった。
所々に鉤裂きがあり、生地も傷んできている。
旅路が安寧で無かった事を物語るようだ。
「ああ。目立たないに越した事はない」
「いや、もう少し良い物で地味な服も用意できるよ」
王子の目が優しい色を浮かべて綻ぶ。
「馴染んだ物が良いんだ」
「そう?」
「ああ。これがいい」
不思議な人だなと、銀は思う。
奢ったところもなければ、構えたところもない。
それなのに、存在感は圧倒的なものがある。
強い者だけが持つ気遣いをする。
その力で人を傷つけないように慎重なのだ。
とても……暖かい人だ。
銀は雪花の気持ちが少し分かった。
分かったところで、祝福できる程には成熟していないが。
「琥珀。他に欲しい物とかあるかい? 用意できる物なら用意する」
彼は少し考えたと思ったら。
「苔桃ってあるかな? あと。胡桃と蜂蜜を少しくれないか」
「……琥珀。これから行くのは町だよ?」
「あ、そうか……。他には無いな」
銀は思わず笑っていた。
「あんた、本当に王太子かい?」
王子は情けなく眉を下げ、いつもの気弱な笑みを浮かべた。
「よく言われるよ。違ってたら楽なんだけどな」
銀は友人にするように、軽く王太子の腕を叩く。
「彼女を頼むよ。俺は身を引いたんだからね?」
「嘘つけ。そう簡単には諦められないだろ」
王子はふうっと息を吐いた。
「まったく、もう少し楽な相手ならな」
「手強いのがいいんじゃないのか?」
困った顔で首を振った王子は、椅子に座って靴紐を結んでいる。
仕方ないなと、銀は思う。
相手が悪かったかと。
「あんたが気付いてないみたいだから、親切におしえてやる」
王子は顔を上げて銀を見た。
「琥珀の指輪が選ぶように、相手も琥珀の指輪を選ぶんだ。あの指輪はそうでないと、はめていられない。琥珀はあんただろ? 言わなきゃ分からないか? 雪花は、とっくにあんたを選んでる」
王子が惚けたように銀を見てる。
銀は思わず美貌の顔を苦そうに歪めた。
「…………あんた、ボンクラ過ぎだ」




