妖精の国5 仲良し
その夜は妖精の国で水仙の館に泊まる事になった。
妖精族の食事は大変に少ない。
彼らはあまり食べなくてもいいのだ。
だが——その夜は王太子と雪花のために、たっぷり食事が並べられた。
一つだけ難を言えば、肉類は一切ない。
彼らが食べないからだ。
それでも雪花は目を輝かせて新鮮な果物を頬張っていた。
水仙は膝をつく、とまで言った通り、まるで姉のように雪花の世話を焼いた。
「オレンジがお好きですか? ベリーは? 蜂蜜漬けの林檎もありますよ?」
「え、いえ、あの。流石にそこまでは」
「お茶は如何ですか? ジャスミン? ミント? カモミールもあります」
「ジャスミンがいただければ十分です」
王子は興味深く二人の様子を見ている。
ずっと雪花と二人だった彼は、彼女が他の誰かと親しく接しているのを見る機会がなかったからだ。
雪花は赤くなったり、眉を寄せたり、弾けたように笑ったり、相変わらず見ていて飽きない。
食事が終わると、水仙にソファーへ誘われ、育ての親でもある緑の魔法使いの話を熱心に聞いていた。
「朧様が滞在されたのは、私がまだ少女の頃でした。朧様もお若くて、とてもハンサムな青年でした」
「……青年? あのお爺ちゃんが?」
「雪花様、誰でも若い頃はあるものです」
そんな王子の横に、お茶のカップを持った薔薇の妖精が座った。
「面白いですね。あんなに喋る姉は初めてみました」
「ああ。面白いな。そうだ……君の事をなんと呼べばいいのかな」
美貌の妖精はご婦人方に見せていた甘い笑顔で言う。
「銀と。外ではその名で呼ばれますので」
「そうか。では銀で」
銀は雪花と水仙を見ながら聞いた。
「琥珀様は、なぜ指輪の意味を黙っておられるのですか?」
「口調は砕けてくれると助かる」
「なんで彼女に教えないんだ?」
王子は困ったように息を吐いた。
「まったく。姉弟ともに同じ事を聞くんだな」
「不思議ですからね」
銀がハッとしたように王子を睨んだ。
「まさか指輪を抜くだけ抜こうなんて思ってませんよね」
満面に苦渋の色を浮かべ、王子は横目で銀を見る。
「お前、アレを相手にそんな事ができると思ってるのか?」
彼は水仙の隣で興味深そうに頷く雪花を見た。
「………無理でしょうね」
「ああ」
「なら、どうしてですか?」
王子は何度目になるかしれない、深いため息をついた。
「あの娘が指輪をはめたのは偶然なんだ。望んではめたわけじゃない」
軽く目を伏せて、困ったようにカップの中を見る。
「彼女には、そんなつもりは微塵もなく。気持ちの準備も、覚悟もない」
「だからこそ、言わなきゃならないんじゃないですか?
——本当に姉弟ともに軽く言いやがる。
銀はジッと王子を見た。
「怖いんですか」
「…………ああ。怖いさ」
納得したように頷くと、銀は甘い笑顔ではなく、少年の笑顔で王子に笑いかけた。
「貴方が正直な人で良かった。それに、信じるに足る人みたいだ。ただ、言いますけど。彼女の右手に指輪があるうちは、誰が言い寄っても文句は言えませんよ?」
「分かってるさ」
王子は目を細めて、眠そうに船を漕ぎ始めた雪花を見る。
首の動きに合わせて黒い髪が揺れている。
——四、五日か。
銀は不思議な笑みを浮かべて彼を見た。
「なんだ?」
「いえ。分かってないのかなって」
「何がだよ」
「……教えませんよ。僕は彼女に振られたばっかりなんですから」
王子は苦い顔で美貌の青年を見る。
「なんですか?」
「あんたんとこは姉弟、そっくりだな」
立ち上がった王子は水仙に目配せすると、歩み寄って雪花を抱きかかえた。
雪花はボンヤリ王子を見ると目を瞑ってしまった。
「どこに運べばいい?」
「王太子様の寝床でも構いませんよ?」
「……水仙」
「冗談です。こちらへ」
銀は姉にも冗談が言えたのかと含み笑いを漏らした。
☆
水仙が哀しそうに雪花の手を握って言う。
「ずっと滞在して頂いてよろしいのですよ?」
今朝になって雪花が旅を続行したいと言い出したのだ。
銀も姉の横から口を出す。
「だから、鉄鉱山には行きたいなら僕が連れてくって言ってるじゃないか」
雪花が首を振って言う。
「自分でその場所まで行くっていうのは、すごく大切な事だと思うの」
「行ったって僕と同じ事を言われるだけだよ?」
「違うわ。自分の耳で聞くのは違うのよ」
王子は苦笑を浮かべて三人を見ていた。
——雪花は頑固だからな。
水仙が王太子を睨んで言う。
「琥珀様、雪花様を止めて下さいませ。何も自ら危険に晒されることはないのです。ここに居て下されば、安全に過ごせるのですよ? 雪花様はか弱い女性なのですから!」
雪花が水仙の発言にビックリして目を瞬かせる。
王子は込み上げてくる笑いを堪えた。
「水仙。雪花は閉じ込めてはおけない。野生の獣みたいなもんだ。野山を駆け回らないと弱って死ぬ。それにな、か弱くはないぞ」
ムッと顔を赤くした雪花は、テーブルの下で王子の足を蹴った。
「いっ、痛い! 痛いじゃない!」
「お前、学習しないんだな」
雪花は唇を尖らせて王子を睨む。
「あなたに言われたくないわ! 獣ってなによ。もう少し言い方があるでしょ!」
「猛獣が良かったか?」
「そんなこと言ってると、本当に咬み殺すわよ!」
「へぇ」
王子が挑発するように見たので、カッときた雪花は彼の腕を掴んで引っ張り、袖を捲って噛み付いた。思い切り噛んだので、自分の腕に痛みが走る。
「痛ったぁい!………痛い」
「バカかお前、見せてみろ。あぁ、赤くなったじゃないか。加減ってものをしらないのか?」
「……痛い」
王子は苦笑しながら雪花の腕を撫でる。
「痛くない、痛くない」
雪花は口を尖らせて、そんな王子を睨んでいる。
水仙と銀は、ポカンと二人を見ていた。
しばらくの間を置いて、水仙がポツンと言った。
「仲がよろしくて、けっこうです」




