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ボンクラ王子とお喋りな魔女  作者: 加藤小蛙
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妖精の国4 忠誠

 王太子が水仙の口から聞かされたのは、当初の予定通りに進んでいるという話だった。


「黒曜様が討伐に出られたので、動きが活発になりました。洗い出しは、ほぼ完了です。このままでしたら、そうですね。あと四、五に日のうちには全てが終わる事になるでしょう」


 琥珀は静かに頷く。黒曜のことだ、抜かりはないのだろう。

 ——あと、四、五日か。


「全てが終わったら、迎えをよこすと仰いました」

「そうですか。ありがとうございます。黒曜に承知したとお伝え下さい」

「請け負いました」


 王子が窓の外を見ていたら、水仙が言った。

「弟が気になりますか?」


 彼は少し苦い顔になって気弱に笑う。

「……いや」


 水仙が席を立って窓際まで歩く。

 優雅で無駄の無い動きだ。

「心配には及びません。アレでも立場は心得ております」


 彼女は軽く振り返って王子を見た。

「——断言はできかねますが」


 美貌の妖精は不思議な笑みを浮かべた。

「相手があの方では……。私達には抗いようもない。分かるでしょうか? 彼女は緑の魔女なのです」


 王子は気弱な笑みを引っ込めて、威圧するような目で彼女を見る。

「どういう意味でしょう」


 水仙は窓の外の雪花を追うように目を細める。


「そのままの意味です。あの方が望めば、草木に関わる自然霊から我々妖精に至るまで、喜んで付き従う事になるでしょう。それだけの魅力をお持ちなのです。かくいう私だとて、主を定めていなければ膝をつくでしょう」


 王子が驚いて息を飲む。

「貴女がですか?」


 彼女は少女のように微笑んだ。

「ええ。あんなに愛らしい女性には会った事がありません」


 王子を挑発するように、水仙は少し強めの口調で言った。

「なぜ、指輪の意味を説明されないのですか? あの方は王太子の妃として十分な素養をお持ちです」


「それは——わかっています」

 溜息をついて彼は目を伏せる。


 ——雪花が、はい、そうですかと言うもんか。


 そんな王太子を見て彼女はクスクスと笑った。


「貴方は気づいていないのですか? 気づいていて黙っているのですか?」

「どういう意味でしょうか」


「………教えません。私は貴方に妬いていますから」


 水仙は楽しそうに王子を見つめた。


                ☆


 薔薇の茂みの向こうから、弾けるような雪花の笑い声が聞こえてくる。

 王子の胸にジリッと燃える感情と、深く静かな慕情が同時に湧く。

 身を二つに裂かれるようで足を止めた。


「一つだけ提案があるよ。指輪をしたままでも、君の身にも、王子の身にも異変は起こらない」


「……そんな方法があるの?」

「君がここに住めばいいんだ」


 王子は竦んで動けなくなる。


「それは却下だわ」


 彼女がはっきり断言する声が聞こえた。

 薔薇の妖精の声が言う。


「なぜ? ここに彼が居ないなら、指輪の呪いも効力を発揮できない。外界からの干渉は全て遮断されてる。君たちが離れていても何の問題もない」


「だからよ。ここは、まるで閉じている。瘴気の気配もない。ねえ、私にも願いはあるのよ?」


「願い?」


 雪花の静かな声が聞こえる。


「瘴気は何から生まれるか知ってる?」


「知ってるよ。瘴気は人から生まれる。人の心の暗い感情、その底の底を流れるモノが瘴気になる。だから、僕は君に、ここに住んで欲しい。ここなら、あんなモノに煩わされることはない」


 妖精の声は懇願しているようにも聞こえた。

 雪花は彼をなだめるように続ける。


「あたしの師匠は言ったわ。暗い思い、汚く、醜く、浅ましい思い。それは、人のもう一つの側面だと。人の側面だという事は、世界の側面なんだよって……消してしまうことはできないし。受け入れることもできない」


 強い意志を持って彼女は語っていた。

 その事が王子にも伝わってくる。


「それでも、目を逸らしてはいけないよ、と。それは世界の部分だからね。知っておかなきゃならないよ、と。師匠の願いなの。知っていること。知って、成すべきことを成すのだと——ね。あたしは師匠を心から尊敬してる。彼のように生きる事が、あたしの願いだわ」


 小さく笑う雪花の声が聞こえる。


「ね、ここに住むのは却下よ」


 王子は目を閉じた。

 ゆっくり息を吸って、目を開くと一歩踏み出す。


 薔薇の妖精が雪花の手を取って片膝をつくのが見えた。

 銀の髪がサラサラと揺れる。


「雪花様。貴女は私の主です。私の名を呼べば、何処にいても駆けつけ、この身を挺して盾となり、剣となって命に代えても貴女をお守りします」


 それは騎士が主君に誓う忠誠の言葉だ。

 王太子は静かに彼らを見つめていた。


 雪花はビックリした顔で銀髪の妖精を見ている。

 美貌の妖精は立ち上がると、少年のように微笑んで彼女の手を引いた。


 立ち尽くす王子の前に雪花を引いてくる。

 彼は王子がそこにいる事を知っていて、忠誠の儀を見せたらしい。


「お返しします。琥珀様」


 妖精はそっと雪花の手を王子の手へ移す。

 彼は満足そうに笑顔を浮かべ、雪花に言った。


「私を呼びだす時は本当の名で呼んで下さい」


 雪花は答える事もできないで、薔薇の妖精、銀の髪の銀様の立ち去る背中を見つめていた。黙っている王子を見上げ、彼女は困ったように言う。


「今の何?」


 王子は圧倒するような琥珀色の目で、雪花を静かに見つめた。

 彼女の胸が急に鼓動を早める。

 魅入られて、ジッと彼の目の奥を覗くように見つめ続ける。

 二人は、しばらく見つめ合っていた。


 彼は瞬きすると、眉を下げてふっと気弱に笑った。


「あれは騎士の忠誠の儀だ。彼は君の騎士になった」

「なった? あたしはいいよって言ってないわ。断れないの?」


 王子は呆気に取られたように雪花を見つめた。


「嬉しくないのか?」

「……嬉しくないわ、そういうの」


 彼女は本当に迷惑そうに眉を寄せた。


 ——これだから、雪花は。


 王子の喉の奥から笑いが込み上げてきた。

 クククっと抑え切れずに声が漏れる。


 ——あの男に膝をつかれて喜ばない女は、城にはいなかったろうな。


 彼女は笑う王子を睨みつけてから、困ったように聞く。

「ねえ、ああいうのは、勝手になるものなの? いらないって言えないの?」


 王子は困ったように首の後ろに手を当てた。さすがに妖精が不憫に思えてきた。


「どうだろうな。ただ、雪花は彼の本当の名を知ってる。妖精族にとって、本名は人に明かすものではない。本名で命令されれば抗う事はできない。もうすでに、それだけで彼は君の従者だ」


「え? そうなの? そういうの、知る前に教えて欲しかったわ」


 唇を尖らせる雪花を、王子が複雑そうな表情で見る。


「雪花。彼の本当の名は他人に漏らすな。慎重に扱ってやれ。それが忠誠に応える主の義務だ」


「……面倒なモノを押し付けるのね」


 苦い顔をした雪花を見て、王子は妖精に悪いと思いながら、また笑いが込み上げてきた。























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