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ボンクラ王子とお喋りな魔女  作者: 加藤小蛙
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妖精の国3 告白

 連れて来られた部屋には、王子がぼんやり立って外を見ていた。


 彼も湯浴みをしたのだろう。赤みのある金髪が鮮やかに見える。

 少し硬い髪は伸びたようで彼の目にかかっている。

 琥珀色の瞳にどこか憂いを滲ませていて、別人のようだ。


 光沢のある白いシャツブラウスを着て、黒いゆったりした仕立ての良いズボンを履いている。

 背が高く、長い手足の彼は、やはり王太子の気品を纏っていた。

 雪花は琥珀石を見ている時のように、魅入られてぼんやりと王子を見ていた。


 水仙がそっと雪花の手を離し、王子に声をかけた。

「お待たせしました。あちらに席を設けますので、もう少しお待ちいただけますか?」


 ハッとしたように二人を見た王子は、動きを留めて雪花を見つめる。

 王子と雪花に微笑みを浮かべ、水仙が静かに部屋を出る。


 王子は微動だにしないで雪花を見つめている。

 彼女がクスクス笑い出さなければ、何時間でもそうしていたかもしれない。


「鳩が豆鉄砲食らった顔って知ってる? あなた、犬を止めて鳩になったの?」


 自分の額に手をやって、王子は大きく息を吐いた。

「……仕方ないだろ」


 雪花に歩み寄った王子は、手を伸ばして雪花の髪に触れ、優しく目を細めた。

「綺麗だな。本当に花みたいだ」


 今度は雪花が動きを留める番だった。

 ボッと音がしそうな勢いで真っ赤になってゆく。

 色の白い雪花は顔が赤くなるとすぐ分かる。


 王子は面白そうに笑いながら、彼女の頬に手を移してゆっくり撫でた。

「このまま、指輪にお願いしてみないか?」


 雪花がムキになる性格だということを、王子は失念していたのだろうか。

 ムッとした表情になった雪花が、真っ赤に頬を染めたまま、見せつけるように右手をあげた。

 彼女は琥珀石ではなく、王子の瞳を見つめたまま、ゆっくり指輪に唇を寄せた。


 雪花の熱を帯びた視線が絡んで、王子の背中にゾクゾクとした感覚が這い上がってくる。


「……あっ」

 王子が身を引いて口を手で覆う。

 雪花を凌ぐ勢いで赤く染まってゆく。


 隣の部屋から小さな女の子が顔を覗かせて呼んだ。

「支度ができました。おいで下さい」

 二人が真っ赤になっているので、彼女は不思議そうに目を瞬かせた。


 王子は軽く咳払いをして、女の子を向いた。

「ありがとう。いま、行くよ」

 彼女が扉を閉めると、王子は天井を仰いで大きく息を吸い込んだ。


 視線を逸らしたままで、雪花の手を掴む。

「行くぞ」


               ☆


 隣の部屋はサロンと呼べばいいのだろうか。

 白い丸テーブルに幾つか椅子がセットされている。


 すぐ横の大きな窓は開かれていて、レースで編まれたカーテンが揺れていた。

 その部屋も装飾は少なく、テーブルにはスミレが飾られた花瓶と、茶器が用意されているだけだ。


「黒曜様の伝言をお伝えしたいので——」


 水仙が大きく開いた窓に目をやると、銀様が立って笑っていた。

 王子の目が剣呑になるが、口を出す事はない。


「庭を案内しよう。おいで、雪花」

「言葉に気をつけなさい。この方をぞんざいに扱ってはいけません」


 姉に睨まれた銀は軽く頷く。

「姉さん。僕は僕なりに最上の扱いをしていますよ」


 雪花はチラッと王子に目をやった。

 彼は苦い顔をしたまま頷いた。


 銀に連れられて庭に出た雪花は、やはり太陽がどこにもないな、と思う。

 ここは閉じられた世界なんだと改めて感じる。


「その服、よく似合う。やっぱり雪花は可愛い」

 銀が機嫌よく雪花に笑いかける。

 作り物の笑みではなく、少年のような笑みを浮かべている。


「ここはまるで常春ね」

「そうだね。妖精の国は穏やかだ。外界を遮断しているからね。僕らは静かに暮らすのが好きなんだよ」

「……そうね。ここは静かね」


 咲き乱れる花々は、雪花を歓迎してくれる。

 鳥の囀りも、風の匂いも、均整と調和に整えられているようだ。

 瘴気の気配もどこにもない。


「ここに座ろうか」

 真っ白なバラのアーチの下に、愛らしい小さなベンチが置いてあった。

 銀様が薄紫の瞳を揺らして空を仰ぐ。

 雪花もつられて空を仰いだ。


 ——雲もないのね。


「さて、指輪をみせてごらん」

 雪花は言われるままに右手を出す。

 彼は水仙とよく似た、白く、細い指で雪花の手に触れる。

 ジッと琥珀石を見た彼は軽く首を振る。


「この呪いはすごく強いね。外すのは——僕らには無理だよ」

「僕らって、ドワーフでも?」

「ああ。外せるとしたら一人だけだ」

「それって……」

「指輪の主だけだね」


 彼女は首を傾げる。

 王子には抜けないだろう。

 雪花が指輪をはめた時、二人で懸命に引っ張ったのだ。

 けれど、ビクともしなかった。


 銀が不可思議な目で彼女を見る。

「抜けないと何が困る?」

「王子と離れられないことかな。長く離れていると、二人とも死んじゃうから」

「それだけ?」


 彼女は考えた。思った事が口から出てしまう事はもうない。

 王子の身に起こる事を引き受けるのは——嫌ではない。

 彼が死んでしまうくらいなら、自分が引き受けようと思うくらい。


 雪花は静かに言った。

「それだけ」


 銀はジッと彼女の横顔を見ている。

「一緒にいるのが嫌なだけ?」


 水仙と同じ事を聞くんだなと思う。

「一緒にいるのは嫌じゃないのよ。彼は面白いし、親切なところもあるし、けっこう強いわ。それに——」

「それに?」


 雪花は弾けるように笑った。

「見ていて飽きない」


 彼はふうっと息を吐いた。

「君にもっと早く会いたかったな。気づいてる? 君は人を惹きつけるよ」

「まさか。そんな事を言われたことは一度もない」


 銀色の髪を揺らして、彼は首を振る。

「雪花は僕の外見に興味を持たなかったね。でも、僕の本質をはっきり見てくれた」


 彼は雪花の手に自分の手を重ねる。

「君は僕を惹きつけた。僕は君が好きだよ」


 雪花はビックリして銀を見る。

 彼は薔薇水を渡した時と同じ、真摯な目で彼女を見つめていた。


 男性に好きだと面と向かって言われたのは初めてだ。

 なのに、どうしてなのか。嬉しいとか、ときめくとか、そういう感情が湧かない。


 それよりも——切ない思いがした。

 この少年のように笑う妖精は、どんな思いでそれを口にしたのかと。

 誰かが真剣に伸ばした手を掴めないのは哀しい。


 それでも——その思いには誠実に答えなければならない。


 雪花は戸惑いながら、そっと彼の手から自分の手を外した。

「ありがとう。でも、それは、あたしだからじゃない。あなたの本質を知る人は他にもきっといる」


 銀はふうっと息をついて俯くと、苦笑を浮かべて彼女を見る。

「まさか、僕を振る女性がいるとはね。考えた事もなかったよ」


 雪花が弾けるように笑った。

「すごい自信だわ。そこは、あなたの魅力ね。きっと素敵な人に出会えるわ」




















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