表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボンクラ王子とお喋りな魔女  作者: 加藤小蛙
29/46

山8 魔蛇

 王子の背後に光る四つの目が見えた。

 鬼灯のように赤い、魔物の目だ。

「ボ、ボンクラ!」


 雪花が叫ぶと王子はすぐに反応して、彼女を抱えて横に転がった。

 王子が立っていた場所に赤い舌が伸びて消える。


 魔性を帯びた蛇——ズミヤだ。


 ズミヤは二つの頭をもたげている。

 軽く樹木を超える背丈だ。


 雪花はすぐに呪文を唱え始めた。

 王子が彼女の前に立って剣を構える。


 ズルズルと重たい体を引きずって、ズミヤはシュウシュウ音を立てて舌を操っている。その口からは鋭い牙が見えた。


 胴を伸ばして長い舌先を吐き出すように伸ばしてくる。

 王子が剣でその舌を払うと、ビッと音がして傷が生まれた。


 そこから黒い瘴気が蒸気のように吹き上がる。


「地と影の精霊に告ぐ。主なき幻影を引き裂け」


 雪花の魔法が放たれた。

 空気を劈く魔法が双頭のズミヤに降りかかった。


 ズミヤはカマイタチにでも合ったかのように、長い胴のそこかしこに切り傷を作って黒い瘴気を吹き上げた。


 ——だが。


「霧散しない!」

 雪花が悔しそうに叫ぶ。


 王子は走り込んで下から上に剣を振るう。

 ズミヤの首が一つ切り裂かれてぶら下がったが、切り落とすことはできなかった。


「くそっ!」


 長い舌が王子の体へ伸びてゆく。

 彼は剣を振って、その舌を払い切る。


 舌はうねりがら空を舞った。


 雪花は両手を合わせて古語を唱える。

 髪が震え、瞳に赤みが差す。


 王子は長く伸びる蛇の体に飛び乗って、首まで登るとぶら下がっていた首を切り落とした。

 首から真っ黒な瘴気が多量に吹き出す。


 隣にあるもう一つの首が大きな口を開いて、王子に噛みつこうと牙を見せる。


「我が古き母、抱かれし眠りを覚まし、我が呼びかけに答えよ!」


 雪花が放った魔法は地割れを起こし、ズミヤの胴体を飲み込んだ。

 そこまでは良かった。


 だが、バランスを崩した王子がズミヤの頭から滑り落ちる。

 慌てた雪花も背後に足を踏み外す。

 グラッと揺れて切り立った谷へ落ちて行く。


 彼女の目に大きく牙を剥いた真っ赤な口が、王子を飲み込もうとするのが見えた。


 自分の体も浮いている。


 王子がズミヤに背中を向けて走り、雪花に手を伸ばそうとしている。

 自分が谷に落ち、彼が飲み込まれれば。


 ——ダメ、死んでしまう。


 二つの魔法を放つ時間はない。


 雪花は落ちながら呪文を唱えた。

「古き友、我が精錬なる熱き同志につぐ、汝の息吹にて邪なるものを焼き払え」


 彼女が放ったのは、自分を守る魔法ではなかった。

 王子の背後で炎が立ち上り、大きなズミヤを飲み込んだ。


 燃え上がって灰になり、霧散していくズミヤを見る。

 王子が手を伸ばしているのが見えた。


 怖くて体が震えていた。

 谷底に落ちてゆく。

 結界魔法で自分を包む以外に方法が思い浮かばない。

 だが、さすがの雪花も、この高さから落ちて自分を守りきれる自信はなかった。


 彼女が震えながら、呪文を唱えようとした時、指輪が激しい光りを放った。

 思わず息を飲んで呪文を唱えるのを忘れる。

 彼女の右手が何かに引かれてゆく。

 浮かんだ体ごと引っ張られた。


 王子の伸ばした手が雪花の手を握りしめた。

 雪花は強く引っ張られ、彼の腕の中に飛び込んでゆく。


 抱きしめられて、ボンヤリと王子の体に手を回す。

 二人は膝から崩れるように、その場に座り込んでしまった。


 体の震えが止まらない。

 気づけば涙が溢れていた。


「……怖かった」


 王子は声も出さずに彼女をキツく抱きしめている。


 ——本当に怖かった。あなたが死ぬかと思った。


 雪花は王子の体を強く抱きしめて、ポロポロと泣いた。

 王子は何も言わずに、ゆっくり雪花の髪を撫で続けた。


               ☆


 ズミヤが燃え落ちた付近は黒い炭になっていたけれど、木々に燃え広がる事はなかった。雪花はホッと胸をなで下ろす。


 二人はその場所で休むことに決め、雪花が魔法円を描き、王子がテントを作った。

 作業の手順はいつもと同じだが、二人が言葉を交わすことはない。

 ただ、手を取り合って離すことがなかった。


 焚き火を見ながら、雪花が王子に言った。

「ごめんなさい。使う魔法を間違った。あたし——あなたを死なせる所だった」


 彼女の体が震えている。

 王子は痛いような顔をして雪花を見る。


「違う。もう少しで死なせてしまう所だったのは俺だ」


 彼女は自分を投げ出して、王子を助ける為に魔法を放ったのだ。

 そうでなくても、例え彼女が自分を守る魔法を使ったとしても、蛇に噛まれれば自分ではなく——。


 王子はもう少しで、彼女に提案してしまうところだった。

 もう旅を終わらせよう。

 一晩我慢してくれれば、君を自由にしてやれるからと……。


 雪花が小さな声で聞いた。

「ボンクラは怖かった?」

「……ああ、すごく怖かったよ」


 彼女は王子をギュッと抱きしめた。

 そして、彼の背中を撫で始めた。


「怖くない。怖くない。大丈夫よ。あなたは強いわ。怖くない」

「せ——」

「あなたが抱きしめて、こうしてくれたじゃない? あれって、魔法ね」


 彼女は驚くくらい綺麗な顔で笑った。

 胸を掴まれたように苦しい。


 ——無理だ。


 王子は背中を撫でる彼女を強く抱きしめた。

 指輪から自由になる為に体を差し出せなんて言えない。


 一緒に居たい。それが、指輪の呪力で縛り付けているのだとしても。

 卑怯でも、エゴだったとしても。


 ——俺は絶対に離したくないじゃないか。


「ボンクラ、痛い。離して」

 彼女が唇を尖らせて文句を言った。


「嫌だ」

 王子は手を緩めたが、彼女を離さなかった。


 けっきょく、王子は食事を作っている間も、片付けている間も。

 ずっと後ろから雪花を抱きしめて離さない。


「……もしかして、このまま眠る気なの?」


 少し呆れて彼女が言うと、王子は眉を下げて気弱な笑みを浮かべる。


「何もしない。誓うよ」


 仕方なく二人で一つの毛布に丸まる。


 王子は雪花の頭に顔をつけ、彼女を抱いたまま静かに眠った。

 雪花も王子の温もりと鼓動の音に誘われて、ゆっくり眠りに落ちていった。

































評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ