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ボンクラ王子とお喋りな魔女  作者: 加藤小蛙
26/46

山5 山頂

 山の頂上に立っつと、眼下に南野の宿場町が見えた。

 歩いて来た道のりが一目で見渡せる。


「こうやって見ると不思議だね。町って色んな色があってオモチャ箱みたい」

「そうだな。城下町とは雰囲気が違ってたな」


 それに比べて——。


 これから向かう山の反対側は、奈落のように暗い。

 山の麓が低く削れ、谷になっているのだ。


 谷の底には黒川と呼ばれる中程度の川が流れている。

 そこを抜ければ火炎の町がある。


 鉄鋼山の恩恵を受け、大きく発展した鉄鋼の町、火炎は城下町に次ぐ大きさを誇る。

 そこまでたどり着けば鉄鋼山へ行くのは容易い。

 温泉の出る火炎町は観光地でもある。


 麓から吹き上がる風に雪花の髪が揺れた。


 ——ずいぶん遠くに来ちゃったわ。


 森と城下町しか知らなかった彼女は、感慨深く町を見て、その向こうにある森に目をやる。

 空には、まだ雨の名残の雲が薄墨を引いたように流れていた。


 頂上から幾らも下らない山の斜面、今夜はそこで野宿する事にした。

 斜面が抉れて空間が出来ていたからだ。


 王子が枝を集めて斜面に立てかけテント布を張っていく。

 風除けを作っているのだ。


 その間に雪花が焚き火を用意して湯を沸かす。

 今夜も水は雪花の担当だ。


 押し麦と燻製肉、薬草を少し入れて塩を振る、魔法で水を湧かせて鍋をかき混ぜた。雪花は作業を続ける王子の背中を横目でチラッと見る。


 雨宿りの後、王子は彼女に全く普通に接してきた。


 ——何だったのかしら? というか、世間一般にはアレって、キ、キスしようとしたって事になるんじゃないの? ち、違うのかな?


 彼女は一人で赤くなりながら、髪を引っ張った。


 ——まさかよね。王子があたしに、そういう事をするわけないしね。だいたい、ほら、あたしはチビでガリで、男性にそういう目で見られたこともないわけだし。


 自分で突っ込んでおいて軽く傷つく。


 経験値が無さ過ぎて彼女は混乱しまくっているのだ。

 特にその後の王子の態度が、あまりに通常運転だったものだから、何でもなかった気にすらなる。


 ——なにか、こう、身の危険的なものを感じた気もするけど、そうでもなかった気もするし。


 雪花の口から溜息が漏れる。


 王子とは、まだ旅を続けるのだし、こう、仲良くしていきたい。


 そこまで考えてハッと口を押さえる。

 聞かれていたら死にたくなるような恥ずかしい思考だ。


 王子をチラッと盗み見る。何事もないようにテント布を石で留めている。


 ——ほんと、何にもなかったみたい……って?


 彼女は自分の口から言葉が漏れていない事にやっと気づいた。

 思い切りテンションが上がる。


 ——え、本当? す、凄いじゃない!


 慌てて王子を振り返っても、黙々と作業している。


 ——聞こえてないんだ。聞こえてない。凄い、デイジーの言う通りだ。


 鉱物にも気持ちは通じる。

 嬉しくなった雪花は、思わず右手の指輪を見る。


 琥珀石は今夜もキラキラ光って綺麗だ。

 強く感謝しながら唇を寄せる。


 ——ありがとう。


 琥珀石にキスすると、王子がビクッとして振り返った。

 雪花は思わず身構える。


「な、なに?」

「…………願い事は朝じゃなかったのか?」


 良かった、やっぱり聞こえてない。

 指輪にキスしたのを見ただけのようだ。


 彼女はニッコリ微笑む。

「今のは願い事じゃないもの」


 王子は軽くため息をつく。

「………雪花、頼むから夜は止めてくれ」

 そのまま額を押さえてしゃがみ込んでしまった。


 ——何を頼むというのか。

 雪花は不思議そうに彼を見つめた。


 やっぱり今夜も王子は剣を持って出て行ってしまった。


 ずいぶん熱心に剣の鍛錬をするものだ。

 世の中では王太子をボンクラ扱いしているけれど、実際の彼は真面目で努力家なんだと感心する。


 彼女は毛布に包まって膝を抱え、そんな王子を失脚させたいのは、いったい誰なんだろうと考える。


 普通に考えれば第二王子である黒曜王子だが、ボンクラの話で黒曜王子は次期王には成りたがっていない。


 黒曜王子を支援する貴族なのだろうか?


 血筋には伯父や甥、従兄弟なんかもいるんだろうし。

 血縁のドロドロは彼女の想像の域を軽く超える。


 けれど——世間の話を考えても、王子の話を考慮しても、黒曜王子は愚か者ではなさそうだ。


 仲の良い兄を殺した相手を支援するとも思えないが——。


 もし、黒曜王子の妃に自分の娘でも押し付ける気でいるなら、また話が変わるのかもしれない。


 王族や貴族にとって婚姻は政治だ。

 国での影響力を手に入れる手っ取り早い手段だろう。


 剣を振っているだろうボンクラ王子の事を考える。


 城から追い出されたと言っていたけれど……違うのではなかろうか。

 彼もまた愚か者ではないだろう。


 弟想いでもあるようだから、安易に追い出されるような事はないように思う。

 自分が居なければ、直接政治に巻き込まれるのは弟なのだから。


 なら——彼はどうして城から出たのだろう?


 雪花は首を捻る。森で生きてきた彼女には、なかなか難しい問題だ。


 政治に関心を持ったことなどない。

 しかも家族という家族が老魔法いしかいない。


「……分かんないわ」


 獣の皮にコロンと転がる。

 ——お爺ちゃんが生きててくれたら良かったのに……。


 老練な魔法使いならば、きっと王子の力になれたのだろう。

 ——あたしと違って。


 溜息が出る。


「早く帰って来ないかなぁ」


 気づけば王子の帰りを待っている。そんな自分に苦笑した。

 いったい、彼をなんだと思っているのか。


 自分は森の魔女で、彼は王太子だというのに……。


 ——指輪が抜けるまでよ。


 それまでは、王太子ではなく、ボンクラのままで。

 彼女は目を伏せてため息をつく。


 ふっと、雨宿りでの出来事を思い出し、また一人で赤くなって目を瞬かせる。


 ——とりあえず今夜は。


 自分の周りに境界魔法をかけて、もぞもぞと毛布に包まり直して眠る。


「おやすみなさい」

 剣を振る王子を思って声かけた。





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