山3 我慢
沢沿いというのは石が多くて歩きにくい。
おまけに苔が生えていて滑ったりもする。
雪花は転びそうになって王子に腕を支えられること数回。
感謝してないわけじゃないが。
「気をつけろよ。体を濡らすと風邪をひくぞ」
そんな風に言われると、素直にお礼も言えなくなる。
「いちいち言わなくても分かってるわよ!」
思わず子供扱いにブン剥れてしまう。
ボンクラ王子は気にするでもなく、横目で彼女を見てヘラッと笑う。
その笑みにまた腹が立つ。
——なんだか、無限ループだわ。
前を歩いていた王子が急に止まったので、顔をぶつけてしまった。
「ちょっと、ボンクラ」
「雪花、音がしないか」
「ん?」
耳を澄ませば、確かに激しく雨が降っているような音がする。顔を見合わせてから進んで行くと。
「滝だな」
「……滝ね」
小川の先は崖になっていて、水が白い飛沫をあげて流れ落ちてくる。
崖は王子の身長の三倍くらいある——。
雪花が魔法地図を出す。
「突っ切るか、迂回するしかないけど」
「突っ切る?」
「無理よね」
王子が地図を覗き込む。顔が近くて雪花は軽く身を引く。
「魔物はまだ遠いな」
「そうね」
彼は身を起こすと、腕を組んで息を吐く。
「今夜はここで野宿する」
「ここで?」
「迂回していたら、夜が来るだろ」
雪花も息を吐く。そう。それが正しい選択だろう。
「分かったわ。魔法円を描く」
☆
雪花の描いた魔法円の中に王子がテントを張って、焚き火を起こす。
彼女は初めての野宿を思い出した。
王子が肉とパンを火で炙ってくれる。香ばしい香りが食欲をそそる。
滝の音がずっと聞こえているのが不思議な気がした。
やはり、森とは違うのだ。
空を見上げれば、今夜は月が明るい。
星が降るように瞬いて見える。
「雪花?」
「星が凄いわね」
二人で空を仰いだ。
王子も、そうだな、と呟くように言った。
彼が差し出した串焼きを受け取り、焚き火が弾ける音を聞く。
炎に揺れてお互いの姿が影を躍らせている。
なんとなく静かな夕食だった。
黙っていても苦にならないというのは、心地良いと雪花は思った。
食事が終わると、王子は今夜も剣を持って出て行ってしまった。
「まあ、鍛錬は大事よね」
雪花だって、その重要性は分かっている。
覚え始めの頃は、魔法の精度を上げるために何度も繰り返したのだから。
ただ、困った事に一人を寂しいと感じるようになっていた。
森では、ずっと、一人でいたはずなのに。
「………らしくないわ」
一人なら、一人でしかできない事をするべきだ。
彼女は思いついて立ち上がり、一番大きな入れ物を持って川へ行く。
たっぷり水を汲んできて湯を沸かした。
体を拭くつもりで荷物を開くと、妖精にもらった薔薇水が目に留まった。
「使っちゃダメかな」
いい匂いなのだから、本当ならマメにお湯に入れない時こそ使いたい。
だが、髪につけると言った時のボンクラ王子の目を思い出すと——。
彼女はため息まじりに瓶をしまって、代わりにレモンバームを取り出す。
爽やかなその香りも好きだから。
そういえば——。
妖精の彼は薔薇水を自分の名前だと言っていた。
彼はロズィエというのかもしれない。
薔薇の木の妖精なのだろう。
半分かもしれないが。
「きっと、薔薇の香りを褒めたからくれたのよね」
さすがに服を脱ぐのはダメだろうと、服の下に布を入れながら体を拭く。
それでもサッパリする。
髪も洗いたいけど、山は寒いし。諦めて、頭も丁寧に拭いて終わらせる。
手や足、髪にもオイルを塗りこむ。オイルにもレモンバームを浸してある。
爽やかな香りに気分が落ち着いて来た。
ゆっくり眠れそうだ。
彼女はテントの入り口をチラッと見る。
「早く帰って来ないかな」
やっぱり少し寂しく思いながら毛布に包まった。
王子がテントに戻ると雪花が好んで使う薬草の匂いがした。
彼女は毛布に包まって眠っている。
——体を拭いたのか。
王子は剣を振って汗をかいた自分の体を嗅いだ。
前に雪花に臭うと言われた事を思い出し、水を持って外に出る。
焚き火を少し起こして湯を沸かす。
外気は冷えているが、テント内は狭い。
冷たい夜気の中、熱い湯で体を拭く。
寒かったがサッパリした。
流れ落ちる滝が月明かりを受けて輝いて見える。
幻想的な光景だ。
ザーザーと流れ落ちる水音が響く。
山は好きだなと思う。
高低差のある景色が面白いし、人の気配がないのがいい。
「これで魔物がでなけりゃな」
王子は一人でそう呟いた。
テントに戻って毛布を被る。今夜も境界魔法が掛かっていない。
暗闇に雪花の香りが広がっている。
彼女に触れたい欲求を押さえ込み、大きく息を吐く。




