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ボンクラ王子とお喋りな魔女  作者: 加藤小蛙
23/46

山2 山の神

 雪花は毛布に包まったまま、ブルッと身を震わせる。

 寒さで目が覚めた。


 ——ううっ。山の朝は本当に寒いなぁ。

 人から聞いたことはあったが、実際に体験すると身にこたえる。


 目をやると、少し離れた所に獣の皮を敷いて、王子が毛布に包まって眠っている。いつ帰って来たのかはわからないけれど、自分の体調は悪くない。

 彼もちゃんと眠ったようだ。


 彼女は起き出して火を起こし、薬缶をかける。

 王子が毛布の中で眠そうに目を開けた。

 雪花は小さく笑って言う。


「おはよう。寒いね」

「……おはよう」


 ゴソゴソと起きだした王子は、自分の荷物を探っている。

 雪花は何のお茶にしようか考える。


 そうだ——生姜を買ったはずだ。


 彼女が立ち上がろうとした時、王子がフワッと雪花の肩にショールを掛けた。

「雪花にあげようと思って町で買ったんだ」


 彼女は目をパチクリさせている。

「あ、ありがと?」


 王子は彼女の頭をグリグリと撫でると。

「似合う。可愛い」


 そう言って水の入った小鍋を掴んで外に出て行った。

 残念なことに、彼は雪花が真っ赤になったのを見損なった。


 彼女はピンクのショールを引っ張って、照れくさいような気持ちになる。

 自分では絶対に選ばない女の子らしい色だ。


 ——可愛らし過ぎないかな。暖かいけど。


 そんな事を思いながら首にショールをきちんと巻きなおした。


 生姜とハチミツにオレンジを絞って、二つのカップに湯を注ぐ。

 さて……。


 彼女は今日も琥珀石に願いをかける。


 外で王子が俯いて耐えていることは、もちろん知らない。


             ☆


 山を登るというのは、お互いに無言になると言うことだったか——。

 雪花はしみじみ思う。


 二人は黙々と足を進める。

 とにかく明るい内に進めるだけ進まなければ、山の夜はとても早い。


 上に登るほど、広葉樹から針葉樹の割合が増えていく。

 伸びきった木々の枝は空高く広がり、鳥の声も遠くで響く。


 うねった木々の根は、土から飛び出して足元を邪魔する。


 山には森ほどの瘴気を感じない。

 ただ、やはり独特の雰囲気がある。


 雪花は魔女なのでどの神も信仰していないが、山を神と崇める人たちがいるのは知ってる。そう感じる気持ちが少し分かる気がする。


 と、王子が足を止めて雪花の腕を取った。


「山の神だ」


 その視線の先には、立派な角を持った雄鹿が立っていた。


 丸くて黒い瞳、すらりと伸びた鼻筋、引き締まった肢体。

 なんとも大きくて美しい生き物だ。


 雄鹿はクルリと踵を返し、白い尾を見せて瞬く間に走り去った。


「初めて見たわ。綺麗な生き物ね」

「森にはいなかった?」

「鹿はいたけど、あそこまで大きくはない。それに、筋肉の付き方が違うみたい」


 見上げた王子の目が穏やかなのでビックリする。

 町に居た時より、ずいぶんリラックスした感じだ。


 ——山が好きなのかな。


「近くに沢があるみたいだな」

「え?」

「音がするよ。水の匂いもしてる」

「匂いって……やっぱり、あなた犬なの?」


 王子が久しぶりに眉を下げて気弱に笑った。

 雪花はその笑みを見て少し嬉しくなる。

 この表情は可愛いと思う。


「水は貴重だよね。行ってみよう」


 王子の言う通り、いくらも歩かずに川を見つけることができた。

 小川だが森よりずっと流れが早く、水が澄んでいる。


「少し休んで行こう」


 雪花は靴と靴下を脱いで、さっそく小川に足をつける。

「うわっ。冷たい」


 王子も足を浸して笑っている。

「でも気持ち良いな」


 彼はそのままゴロンと転がった。


 水の流れる音と、風が木を揺らす音、息を大きく吸い込むと緑の匂いがする。


 お茶を飲みながら雪花が魔法地図を出す。


「どこまで来た?」

 王子が覗き込んで目を細める。


「移動してる魔物がいるな。ずいぶん、大きい」


 雪花も眉を寄せた。


「山の魔物は数より大きさって聞いた事があるわ」

「ああ、俺も何度か山の討伐に出た事があるが、山の魔物は単独で動く凶暴なものが多い」

「避けて通りたいよね」

「沢沿いを上がって行くか? 魔物は水気を嫌うんだろ」


 彼女が髪を引っ張って唸った。


「絶対じゃないのよ、種類による。でも……その方がいいかな」

「魔法地図じゃ、種類までは分からないか」

「そこまで万能じゃないのよね」


 王子が魔法地図の魔物をシゲシゲ眺める。

「山の魔物っていうと、猪か熊だけどな」


「ちょ、熊ってやめてよ。あたしの中で熊は最強の動物なのよ」

 彼は面白そうに喉の奥でククッと笑った。


 雪花はムッとしたように彼を睨んだ。


「笑ってるけどね、森で魔熊のメドヴィーチに追いかけられた時は死んだかと思ったわよ。足は速いし、毛は硬くて物理攻撃が効かないし、牙もあって爪もあるんだからね!」


「ああ、分かってるよ。俺も討伐で出会った時は肝が冷えた。一人じゃ太刀打ちできなくて、五人がかりで退治したよ」


 雪花は心底ゾッとした。

 あんなものに襲われたら、ボンクラと二人で生き残れるんだろうか。

 もしかしたら、刺客を避けながら麓の道を行くべきだったかもしれない。


 王子がふっと山を見る。


「まあ、鹿を見かけるくらいだから、昼間なら襲われる心配は少ないと思うけど」

「……そうね。移動はしてるけど、動きは緩慢みたいだし」

「よし。明るい内にできるだけ進んでおくか」


 雪花も大きく頷く。

 慣れない山で魔物に遭遇したくはない。





















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