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ボンクラ王子とお喋りな魔女  作者: 加藤小蛙
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町7 山口

「兄妹は仲良くしろよ?」

 宿を出る時、赤髭の親父がそう言って王子と雪花に一つずつ茹で卵をくれた。


 最後まで兄妹と信じていたようだ。

 まあ——普通は家族でないなら、年頃の男女が一つの部屋には泊まるまい。


「それで、どうするんだ?」

「まず、市場によって食料を買い足さないと。薬草は自分達で使う分は残してあるし。あとは……靴?」


 王子が背負った荷物を叩いて言った。


「なあ、使い古しでもブーツは売れるか?」

「え、そりゃ、あのブーツは物がいいから売れるだろうけど」

「なら、売って行こう」


 雪花が戸惑うように足を止める。


「……でも、本当にいい物だよ? 装飾も凝ってるし、皮だって上等だし」

「雪花。これから行くのは山だ。荷物になるだけだろ」

「それは……そうだけど」


 あのブーツは王子の為に仕立てられ、彼の足にぴったりだった。

 色も、形も、王子に良く似合っていたから少し残念な気がする。


「似合ってたのに」

「また買えばいいさ」


 王子は俯く雪花に笑いかけた。

 確かに、彼の身分なら新しく買うのも容易いだろう。


「……そうね」


 雪花は力なく笑って、小さく小さく呟く。

 ——きっと、新しいブーツを履いた彼を側で見る事はないわね。


 王子が城に戻る頃には、旅は終わっているだろうから。


 気をとり直して、彼女は王子が荷物から出したブーツを掴む。

「よし、高値で売ってあげるわ!」


 彼女は気合い十分に古道具屋へ向かった。

 さすが王太子のブーツだった。


 傷だらけでも、薬草分を上回る値で買い取って貰えた。

 王子は経費だと言って紙幣を雪花に渡そうとする。


「宿代もあったし、食料分だってあるだろ。雪花の売った薬草代だけに頼るわけにいかない」

「いいわよ。これはボンクラのブーツ代じゃない」


 ガンとして渡そうとするから、半分で手を打ってもらった。

 ボンクラ王子は意外に頑固だ。

 でも、これで余裕を持って買い物が出来る。


 雪花が粉物を見ている時、店の前で待っていた王子は、隣の店先にあるショールに目を留めた。

 淡いピンクのウールに濃いピンク色の花が幾つも刺繍してある。

 縁は赤い飾り糸でかがってあって大変に可愛らしい。


 彼は気づけば、店主らしい高齢の女性に聞いていた。

「これは、幾らなのかな?」


 粉物、大麦、乾燥パン、香辛料。乾燥肉と乾燥果物。チーズ、蜂蜜、調味料。

 靴下を数足と、替えの靴、新しい布を何枚か、等々。


 なんだかんだと、空いていた大きな薬草袋が一杯になる買い物だった。


 王子が感慨深く言う。


「買ったなあ」

「でも、町を出れば店もないし、必要な物ばっかりだし」


 どこか言い訳じみたことを言う雪花を彼は笑って見た。

「別に責めているわけじゃない」


 町を出れば整備された道が続く。

 木々に囲まれた茶色の道は馬車や馬でも難なく通れるようになっている。

 山の向こうにある町からやって来る商売人や、流れの芸人、旅をする人々とすれ違う。


 そう。山を越えなくても次の町へは行ける。

 麓をぐるりと迂回して行けばいい。


 その道ならば魔物も少なく、道も整備されている。

 だが、人が多いということは刺客に出会う確率が上がるということだ。


 だから二人は山越えを選ぶことにしたのだ。


 雪花と王子は山の入り口に立って、鬱蒼とした山道を見上げた。

「さて……行こうか」

「そうね」


 行き交う人々から離れ、二人は山道に入って行った。


 荷物を抱えた人々は山越えを選ばない。

 迂回した所でいくらも日数が変わらない上に、やはり山は厳しいからだ。


 山道は緩やかな登り坂から始まった。

 細い道が蛇のようにうねながら続いていく。


 町の喧騒もここまでは届かない。

 森で育った雪花にとって慣れた静けさが広がっている。


 彼女は木々を見上げ、清廉な空気を吸い込んで思う。


 ——山の木々は厳しさを孕んでいるのね。


 森の草木は友人だった。穏やかで優しく、鳥や獣を育んでいる。

 歌うように日差しを浴び、雨を受け、風に踊る。


 山の木々は斜面に深く根を張って、土や石を掴み込み、風雨に耐える強さを誇っている。

 だからと言って冷たいわけではない。


 ——お爺ちゃんに似てる。


「雪花? 何を呟いているんだ?」


 王子が不思議そうに彼女を見た。

 やはり口から言葉が溢れていたようだ。


「山は山なのね。森とは違うなって」

「あぁ……山は異界だからな」


 木々を見上げて軽く目を細めた王子の横顔は、ずいぶん精悍に見えた。

 雪花は目を伏せて考える。


 沼地を超えてから、王子は雰囲気が変わった。

 口調は随分と砕けているのに、時々、威圧感すら感じさせる。


 本人にその気はないようだが、気を抜けば圧倒されそうで怖い。

 もう雪花に自分の素を隠す気がないのだろうか。


 ——ボンクラでいてくれる方が楽なんだけど。


 また呟いていたのだろう。

 王子が雪花を見下ろして微妙な表情をしている。


「なに?」

「いや。結局、町でも朧とは呼ばなかったなと思って」


 雪花の顔にはにかんだ笑顔が浮かぶ。


「やっぱり呼びにくくて。朧っていうのは、お師匠さまの名前だから」

「魔法使いの?」

「うん。お爺ちゃんは……育ての親で、お師匠さまだから」


 王子が額に指を当てて考えている。

「……朧。聞いたことがあるんだ。森に住む、年老いた魔法使いで朧って——。もしかして、緑の魔法使いのことじゃないのか?」


「知ってるんだ」

 雪花がニッコリ笑う。


 王子は彼女の腕を掴んで目を見開いた。


「雪花は緑の魔法使いの弟子だったのか?」



















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