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ボンクラ王子とお喋りな魔女  作者: 加藤小蛙
19/46

町5 薔薇精

 王子には悪いが酒場は苦手だ。


 一人で噴水公園を歩くと夜の空気が清々しい。

 空を見上げると、星が幾つも瞬いて見えた。


 目を戻すと公園に植えられたサルスベリが目に止まる。確か異国の木だ。

「こんな所まで連れて来られちゃったの?」

 そっと手を当てると、枝を小さく震わせた。


「お嬢さん。なにしてるんだい?」

 振り返ると薔薇水の詐欺師が立っていた。相変わらず人間離れした美貌だ。


「今晩わ、詐欺師さん」

「詐欺師は酷いな」


 彼は噴水の縁に腰掛けた。

「瓶の値段も考えたら、別にボッタクってないよ」

「だって、あれは薔薇水じゃないでしょ。でも……」


 これは、商売の邪魔をした事を謝る良い機会かもしれない。

 雪花は詐欺師の隣りに座った。


「商売の邪魔してゴメンなさい。いいのよね、彼女達は薔薇水が欲しいんじゃないもの。美貌の男性との出会いにお金を払ってるのよね。薔薇の香りが薄くたって、あなたから買った瓶を眺めてウットリすれば満足なんだし」


 詐欺師は口元だけで笑った。

「ずいぶん、辛辣なんだね」


「そうかな。薔薇水を知ってるからかな。本物は、もっとずっと豊潤な香りがする。濃厚で優しい、本当にとても良い香りだもの。アレが薔薇水だと思って欲しくなかったの」


「………薔薇の香りが好きなのかい?」


 雪花がにっこり笑った。

「薔薇の香りは好きよ。妖精さん」


 詐欺師は薄紫の目を軽く見ひらく。

「分かるのか?」


「あなた人間離れしてるから」

「半分だけだよ。半分は人間だ」


 薄紫の瞳が面白そうに揺れた。

「それで、君は何者?」

「何者か? 最近よく聞かれるわね。あたしは魔女よ」


 詐欺師が破顔した。初めて人間らしい表情を見た気がする。

「魔女か。なるほどね。君が来た時、サルスベリが喜んでたから気になったんだ」


 その時、ボンクラが呼ぶ声がした。


「雪花!」


 少し離れた所に立っているが、凄く不機嫌な顔をしている。

「連れが呼んでるみたい」

 急いで立ち上がると、妖精は雪花の腕を掴んだ。


「君は雪花って言うんだね」


 彼は自分のポケットから小瓶を出して、彼女の手に握らせた。


「これが僕の名前だ」


 薄紫の瞳が雪花を真摯に見つめる。

 彼女が戸惑っていると。


 もう一度、ボンクラが呼ぶ声が聞こえた。


「雪花!」


 彼女は妖精にお礼を言った。

「ありがとう。じゃあね」


 彼女が走り出すと、妖精が呼び止める。

「雪花!」


 足を止めて振り返ると、美貌の妖精が少年のように笑って手を振った。

「おやすみ!」


 彼女も小さく手を振る。

 小さく——何しろボンクラが恐ろしく不機嫌な顔で見ていたから。


              ☆


「お前は先に宿に戻るって言ってたな? お前の宿は公園なのか?」

 ボンクラは物凄く不機嫌だ。


 宿の前まで来たというのに、グチグチと。

「だいたい、女が夜道を一人で歩くのはよくないだろ。だから、素性も知れない詐欺師に声を掛けられたりするんだ。どうせ良い男だから安心だとでも思ったんだろうが、相手は詐欺師だからな」


 つい、雪花の声にも棘が出る。


「商売の邪魔をした事を謝ってただけじゃない。ボンクラには関係ないでしょ」

「詐欺師にお詫びか。お前は随分と殊勝な魔女だったんだな」

「ちょっと、突っかからないでよ。グラマーさんと交渉が上手く行かなかったから苛ついてるの?」


 何か勘にさわる事を言ったらしい。

 王子が物凄い目で睨む。炎でも吹きそうだ。


「お前が先に帰ったから、絡まれて大変だったんだぞ。急いで追いかけてみれば、詐欺師と仲よく談笑か? お前は自分が年頃の娘だって自覚があんのか!」


 何故にボンクラに怒鳴られなければならないのか。


「煩い! 親でもあるまいし、なんで、あんたに干渉されなきゃいけないのよ!」


 ボンクラ王子がグッと詰まる。

 雪花はフンっとばかりにそっぽを向いて、一人で宿屋の戸を開く。


 赤毛の親父が咎めるような目で雪花を見た。

 声が聞こえていたらしい。


「嬢ちゃん。干渉するのは心配だからだろ。兄貴なんか、そんなもんだ。あんまり邪険にしなさんな」

 訳知り顏でそんなことを言った。


 彼女は慌てて口を塞ぐ。

 ——あんなの、兄貴じゃないし!


 そこに王子が入って来た。すっかりショゲて、情けない表情だ。

「……………親父さん。ランプ借りるよ」


 カウンターには宿泊客用に、幾つものランプが並べてあった。

 とぼとぼ階段を上ってゆく王子の背中を、親父と雪花がそっと見送る。


 親父が雪花を責めるように見るので居た堪れない。

「おやすみなさい」

 それだけ言って、そそくさと部屋に戻る。


 部屋ではボンクラ王子がベッドに腰掛けて靴を脱いでいた。

 俯いてショゲ返ってる。


 雪花は自分のマントを外し、大きく溜息をつく。


「ねえ、せっかくベッドで眠れるっていうのに、そういう顔をしないで」

「こういう顔なんだよ」


 王子は、まだ不貞腐れてる。

 雪花はもう一度、溜息をついた。


 荷物からカップを二つ取って、魔法でお茶を淹れる。

 一つをボンクラに差し出した。


「ジャスミンのお茶。気分が落ち着くわ」

 彼は上目遣いに彼女を見ると、素直に受け取って飲み始めた。


 雪花は、やれやれとばかりに自分もベッドに腰掛けて靴を脱いだ。

 髪をほどいて、お茶のカップを持つ。


 しばらく、ランプの光の中で二人、静かにお茶を飲んだ。


 ふっと思い出して、ポケットから小瓶を取りだす。

 水薬入れのような、小さな瓶だ。


「それは何だ?」

「詐欺師に貰ったの」


 王子の目が剣呑になった事に雪花は気づかない。


 雪花は瓶の蓋を開けて、匂いを嗅いだ。

「本物の薔薇水だわ。いい香り」


 彼女が薔薇水を髪につけようとしたら。


「どうする気なんだ」

 王子が眉間に皺を寄せて睨んだ。


「え? 髪につけようかと………」

「つける? 髪にか?」

 また火でも吹きそうな目で睨む。恐い。


「えっと、止めとくわ。ジャスミンの香りが消えちゃうものね」


 彼女は瓶に蓋をしてしまった。

 王子は目を伏せて、静かにお茶の残りを飲む。


 雪花は口元に手をやって、溜息のように呟く。

 ——きっと、あたしが、なにか気に触る事を言ったのよね。思ったことが口に出たんだろうけど。


 彼女は琥珀の指輪を見つめた。

 ——ねえ、せめて、思ったことが口に出る呪いだけでも解いてくれない?


 口元から手をはずし、彼女は小さく言った。

「お願い」




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