町2 宿
雪花が用意した服は、茶色を基調とした地味な物だった。
スポンと被るタイプのシャツ、ポケットのないズボン。
フード付きマントは焦げ茶色。
踝までのブーツも茶色だ。
——まあ、俺はいいさ。
新しい服を買って着替えてきたというわりに、雪花は変わり映えのしないグレーのワンピースに黒マント姿のままだ。
新しい服はくたびれてはいないが、新鮮でもない。
「…………せっかくなんだから、もう少し可愛い服は無かったのか?」
「あなたバカ。ここは町だけど、これから旅は続くの。ヒラヒラした派手な服は邪魔じゃない」
「まあ、そうだけど」
小柄で人形めいている雪花には、ヒラヒラした服が似合いそうなので見てみたかったのだが。
「ああ、でも。町娘に見えるように、これを買った!」
彼女は淡いブルーの小花が刺繍されたスカーフを首に巻いた。
色白の顔が余計に青白く見える。
もう少し、こう、表情が明るく見える色を買えばいいのに。
「…………」
黙っていたら、口を尖らせて睨む。
「何か言ったら?」
「あー。うん。可愛くなくもない」
雪花は王子の脛を思い切り蹴って飛び上がった。
「い、痛ったい! 痛いじゃない!」
「…………雪花」
王子を恨めしそうに睨んでから、ムゥっと膨れた彼女は荷物を背負い直す。
「行くわよ、ボンクラ」
そこで、ハタッと動きを止める。
「………ボンクラはないわよね。町で王子とも呼べないし」
「ボンクラでいいだろ?」
彼女が微妙な顔で王子を見上げて首を振る。
「ボンクラはアダ名でしょ」
「じゃあ、普通に琥珀って呼べば?」
「ダメ。それだと、すぐ王太子を連想する」
ボンクラ王子が少し残念そうに眉を下げる。
「………朧でいいかな?」
「いいけど——」
「じゃあ、それで呼ぶ」
雪花が少し照れたような、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
——人の名前だよな。朧って。どこかで聞いたような気がする。誰だったかな。
気にはなったが、聞き損なってしまった。
彼女にあんな顔をさせる人物が少し癪に障ったのもある。
☆
雪花は王子の前を歩きながら、小声で文句を言う。
——やっぱりボンクラだわ。女は褒めろって言葉を知らないのね。
指でスカーフを引っ張り唇を尖らせた。
——可愛いじゃない。忘れ名草の刺繍。やっぱり……………似合わないのかな。
町にいた時も、あんまり服装を褒められた事がない。
どうも、そういうセンスに恵まれていないらしい。
気に入って買った服でも、皆んな微妙な顔をする。
……さっきの王子みたいに。
——まあ、いいけど。
王子が横に並んで聞いてきた。
「どうする? 先に宿を決めるのかい?」
「そうする。さっき屋台のオジさんに良い宿を聞いたの!」
雪花が王子を連れて行ったのは、オレンジ亭と言う宿だった。
大きくもなく、小さくもない。
一階が料理屋で二階が宿になっている。
宿主は背は高くないが恰幅のいい、赤髭の親父だった。
「一泊かい? え? 一人部屋を二つ? 悪いが空きが無いな。二人部屋なら空いてるんだが」
雪花は少し考え込む。久しぶりに一人でのんびりしたかったが。
「一人部屋を二つ押さえるより、断然安いがね?」
「そこにするわ」
赤髭の親父が破顔した。
「それがいい。兄妹バラバラに泊まるより安心だ。なあ、兄ちゃん」
ボンクラは曖昧に笑って頷く。
雪花は慌てて口を押さえた。
——似てないじゃない。どこ見たら兄妹に見えるのよ。親父の目は節穴なの? 客商売に向いてないんじゃないの?
親父が不思議そうに雪花を見るので、王子が愛想笑いを浮かべながら話を振った。
「ところで、この辺りに湯屋はあるかな。旅してると風呂が恋しくてね」
気の良さそうな親父は、心得たとばかりに目配せした。
「前の通りをまっすぐ行くと噴水公園があってな、突っ切っていけば湯屋だよ。その公園を右に抜けると酒を出す店がある。ウチはやってないがね、そこの女給なら金しだいだ」
王子はポカンとした顔になっていたが、雪花が物凄い視線で親父を睨みつけるもんだから、親父は少し引きつった。
「いや………お嬢ちゃんの前でする話しでも無かったな」
宿主はスケベ親父だが、部屋は清潔で居心地も悪くなさそうだ。
雪花が目を輝かせてベッドを触る。
「あー。何日ぶりのベッドかなぁ。寝るの楽しみなくらい。ふふ、フコフコだわ」
ピョンと飛び上がってベッドにダイブし、枕に顔を擦りつけている。
そんな彼女を王子は生温い目で愛でる。
——こうしてると、本当に子供みたいなんだがな。
町暮らしで学んだのか、雪花は、けっこう用心深い。
彼女に言われ、剣とブーツは古いマントに包んで袋にいれてある。
いわく、剣を見ればすぐ貴族だと分かるし、ブーツも高級品過ぎる。
盗人に襲って下さいと言うようなものだそうだ。
今は短刀だけをシャツに隠れるように差している。
それぐらいなら、用心深い街人でもしているからいいだろうと言われた。
荷物を整理する彼女の手は、指先が出る手袋に覆われている。
それも琥珀の指輪を隠す為だ。
高価な装飾品は人に見せるものではないと言う。
「ボンクラ、貴重品をベッドの下に入れて。結界魔法を掛けとくから」
念入りに警戒するのは、少女が一人で暮らしてきたからなのかもしれない。
怖い目や、悔しい目にも会ったのだろうか。
湯屋に行く用意をしながら、鼻歌を歌う彼女から、そんな素振りは微塵も感じられないのだが。
しかも彼女は王子に小遣いまで渡してきた。
一銭も持っていないのは不安だろうと言う。
小袋に入れてズボンの腰の内側に括り付けてある。
が——そもそも王子は買い物すらマトモにした事がない。
必要が無かったからだ。
正直に言って、どう使っていいか分からない。
薬草が幾らで売れたか知らないが、全てを十六歳の少女に頼るのは男として如何なものか。
確かに無一文なのだから仕方ないのだが。
——俺って使えないな。
少し落ち込む王子だった。




