町1 南野宿
「城の南にある野っ原だったから南野って、捻りも何にも無いわよね」
雪花は町の手前で感慨深く言った。
「名前は生まれや場所を表すんだから、分かりやすい方がいいだろ」
ボンクラ王子はボンクラのくせにもっともな事を言う。
南野町は宿場町である。
鉄鋼山からの物資や、ルシア国の南側から入るキャラバンなどが宿を取る。
大きくはないが、流れ込む物資と様々な人々の出入りで活気に溢れた町だ。
王子が野宿に選んだ岩場は的を得ていた。
森の端、すぐ町へ続く道に出られる場所だったのだ。
お陰で二人はまだ陽の高いうちに町の前まで来ていた。
「それでね、ボンクラ。まず、あたしが町に行って着替えを買ってくるから、あなたはここで待ってて」
彼女は王子の頭の先から、足の先までをゆっくり見た。
食事の後で彼も体や頭は洗った。
だが、いかんせん、王子は着替えを持っていない。
服は血のシミだらけで、ボッロボロである。
元が仕立ての良い服だけに、その様は野盗にでもあったかのようだ。
「一人で大丈夫なのか?」
王子が心配そうに雪花を見る。
「あのね、ボンクラはすぐ一人で大丈夫かって聞くけど、あなたはあたしの保護者じゃないから!」
ツンと横を向いた雪花は、口の中でブツブツ呟く。
——どっちか言ったら置いていくのが心配なのは、あなたの方よ。
「どっちにしろその格好で町に入ったら、憲兵に捕まるわよ? 城に強制送還されたいわけ?」
王子がグッと言葉に詰まる。雪花は目を細めてキッパリ言った。
「大人しく待ってて」
「…………分かった」
彼女は王子に小さな魔法をかけた。
「認識され難くなる魔法よ。そこの繁みに転がってれば、まず刺客に見つかることはない。頼んだわよ? あなたの命はあたしの命なんだから」
流石のボンクラ王子も、ヴォルクの件が答えたらしく深妙に頷く。
彼女は長い黒髪をおもむろに一本の三つ編みにしだした。
「編むの?」
王子は彼女のタップリ量のある、軽くカールした髪が好きなので勿体無い気がしたのだ。
「森ならともかく、町で髪を下ろしっぱなしは目立つのよ。人が多い所では目立たない方が安全でしょ」
彼女は編んだ髪をスッポリフードにしまった。
雪花は王子が狙われている以上、側にいる自分が覚えられては不味いと思ったのだが——。
腕を組んで雪花を見る王子の目は、何か含みを持っていた。
「そうだな。閉まっとこう。町には男も多いしな」
「世の中には女の刺客もいるわよ?」
「まあな」
どこか会話が噛み合ってない。雪花が呆れた顔で王子を見た。
「あなた……やっぱりボンクラね」
身支度を終えた雪花は、半分になってしまった薬草を背負う。
半分はヴォルクに襲われた時にばら撒いてしまったらしい。
それは仕方ない。
取りに帰るほどの危険はおかせない。
それでも——。
まだマンドラ茸がある。きっと高値を引き出してみせる。
彼女は自分に気合を入れた。
「薬草売りは交渉次第よ。高値で売って来るからね。楽しみに待ってて!」
☆
王子は言われた通り、フードを被って転がっていた。
雪花が回復して本当に良かった。
ただ——少し気にかかる事がある。
あの森の沼地で、彼女は本当に死にかかっていた。
ああいう状態になって死んで行った騎士や兵を見た事がある。
ショック状態に陥ったはずだ。
心臓が止まらなかったのが奇跡だ。
あそこから、今の状態に持ち直すのは尋常ではないと思う。
出血も思ったよりは少なかった。
それが生死を分けたようにも思う。
彼が魔法使いで、回復魔法を使ったなら分かる。
だが、彼女は自分で回復したのだ。
雪花が上級の魔法使いなのは、気象魔法を使うことからも分かる。
——が魔法使いだとて人間である。
意識を失えば魔法は使えない。
あの時、いったい、何が起こったんだろう。
——本当に何者なのか。
ぼんやり考えていたが、答えは分からない。
分からない事は無理に答えを見つけない方がいい。
彼は大きく欠伸をした。
雪花が回復魔法をかけてくれたが、さすがに積もった疲れ全てを拭うことはできない。王子はトロトロと眠りに誘われていった。
「ボンクラ、ボンクラってば!」
揺り動かされて目を開くと、目の前に雪花の顔が合った。
「うわぁ!」
「痛い!」
飛び起きて、彼女の額に頭突きしてしまう。
彼女は涙目で口を尖んがらせた。
「痛いじゃない。化け物でも見たみたいに。失礼だわ!」
「ごめん、顔が近かったから」
——唇が近かったんだよ。
王子は言葉を飲み込んだ。
「もう。はい!」
雪花が手に持っていた物を差し出す。
芳ばしい油と肉の匂いがする。
「揚げパン。お腹空いてるでしょ?」
甘辛く味付けされた肉を小麦の皮で包んで揚げた物だ。
「…………ありがとう」
自分も揚げパンをパクつきながら、雪花の口が止まらない。
「あたし、南野宿は初めてだったのよ。城下町には住んでた事あるけどね。面白い町だわ。屋台が沢山出てたの。道端で芸をしてる人もいたし、楽器を演奏してる人もいた。それに、ここの薬屋は目がいいわ。あたしの薬草を全部買い取ってくれた。もちろん、マンドラ茸も高く買ってくれたし。お菓子もいっ——」
王子の目が軽く細められる。
「雪花。食べるか、喋るか、どっちかにしろ」
「……………ごめんなさい」
彼女はシュンとしたくせに、口の中で喋り続けていた。




