表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボンクラ王子とお喋りな魔女  作者: 加藤小蛙
13/46

森13 魔女の本領

 息も絶え絶えになった王子は、大きな楡の根元に彼女を下ろした。

「……だ……大丈夫か」

「ええ。危うく目が回るところだったけど、大丈夫」

 王子がフウッと息をついて転がると、彼女は立ち上がって彼に微笑みかけた。


「ありがとう。お陰で少し休めた」


 黒髪の魔女を見上げながら、彼は目を細めて何か言おうとした。

 が、彼女がふっと視線を上げたので口を噤む。


「仕上げをしなくちゃ」


 ——まだ、何かするのか。


 彼女は赤く焦げる空を見つめていた。沼のある方だ。


 胸の前で祈るように手を組むと、低く、ゆっくりと古語を唱え出す。

 不思議な節のついた呪文だ。彼女の体が細かく震えてゆく。


 王子は跳ねるように上半身を起こした。

 ——雲が。


 赤く染まった空をなだめるように、湧き立った黒雲が集まってゆく。

 雪花が瞼を閉じ、静かに両手を広げて魔法を放った。


「命の泉、流れる血潮、清らかなる我が友、降り注げ、洗い清めよ」

 彼女はグラッと揺れると、楡の木に寄りかかるようにして崩れ落ちた。


 遠くで激しく雨が降り始めた音がする。


 気象を操る魔法は、最高峰の魔法だ。発現できる魔法使いは限られ、今のルシア国には居ないと言われていた。近隣の国を探しても、一人、二人、名前が上がるだけで実際に見たのは初めてだ。


 王子はあんぐりと口を開けて空を見上げていた。


 雪花はグッタリと動けない。魔法力は魔法使いの体力と気力に支えられている。

 そのどちらとも、ギリギリまで使ったようだ。

 森が炎で燃えてしまわないように、彼女は全力を出した。


 本当は例え草木の一本でも焼きたくなかった。

 薬にする、食事に使う、家や暖房目的で——人は草木に頼るけれど、どれも意味はあると思ってる。


 だが——ただ燃やすのはダメだ。

 沼地の瘴気が濃くなかったら、使わないでいるつもりの魔法だった。


 彼女は口の中で草木に小さく謝る。

 ——本当にごめんね。


 王子は目を見開いたまま、雪花を見た。


「………何者なんだ?」


 掠れたように小さな声で彼女は言った。

「魔女だけど?」


 彼女は白い手を上げて王子を呼ぶ。

「ねえ、少しこっちに来て」


 王子が戸惑うように彼女の側へ寄ると、冷たい細い指が額に当てられる。

 囁くように呪文が唱えられると、王子の体がポウッと光った。


「雪花? これは?」

「解毒魔法よ。ボンクラ、リトゥーチャに噛まれてたでしょ。しばらくしたら動けなくなるもの」

 彼女は自分の額にも解毒魔法をかけて、力なく腕を下げた。


「少し待って。ちょっと休めば動けるようになるわ。そういえば、その剣も魔法が施して——」

 言いかけた雪花の眉間に皺が寄る。


 王子の耳にも獣が唸る声が聞こえた。

 瘴気は彼らを休ませるつもりは無いようだ。


 振り返った王子は、赤い目をしたヴォルクを睨みつけた。


 息を大きく吸って剣を構える。

 ざっと見でヴォルクは五頭。


 ——雪花は動けない。やれるか?


 一番大きな一頭が頭を下げて唸る。

 跳躍したのが合図になった。


 王子は飛びかかって来たソイツを両断する、その横から襲いかかってきた一頭を雪花が魔法で搔き消す。

 新たに飛びかかってきた一頭を蹴り倒し、その首を断つ。ヴォルクは濃い黒い霧に戻って霧散した。


 王子が肩で息をつく。

 ——あと、二頭。


 動けない雪花を狙って牙を剥き、跳躍したヴォルクをその背後から断ち切る。

 彼女の目が大きく見開いた。

 左肩に違和感と重さを感じる。背を向けた所を噛みつかれたようだ。


「くそっ」


 剣を持ちかえて、体の横から後ろ向きにヴォルクを深く刺す。怯んで口を離した隙に踵を返し、ヴォルクに刺さった剣を両手で握り込む。力任せに引き上げると、ヴォルクは霧に返って霧散した。


 王子は、すぐさま雪花に走りよった。自分が噛まれたということは、雪花が噛まれたという事だ。

「雪花、大丈夫か? おい、雪花!」


 彼女はグッタリとして返事をしない。

 マントを捲ると、灰色の服が血液で黒く染まってゆく。


 頰は微かな赤みを失い、紅かった唇が紫へ変化している。もともと白い肌が蝋のように白さを増していく。

 グッタリと力のない体が冷たくなって、長い睫毛に縁取られた瞼は痙攣するようにピクピク波打った。


 王子の全身が強張る。

 ——死んでしまう。


 一瞬息ができなくなった。パニックを起こしそうだった。

 自分の代わりに、この娘が死んでしまう。

 そんなこと——。


 ギリッと奥歯を噛み締めて、自分に向かって怒鳴った。

「落ち着け、とにかく止血だ!」


 逆上しそうになる気持ちを、押さえつける。

 感情に飲み込まれている場合ではない。


 王子は自分の服の袖を千切って、彼女の左肩をキツく縛る。

 隙間に枝を入れ込み、絞れるだけキツくする。

 上半身を楡の木に寄りかからせ、傷口を心臓より上にする。


 ——火を起こして、湯を沸かしたい。風避けの出来る場所は何処だ?


 動かすことに躊躇いはあったが、このままにはして置けない。

 自分のマントで彼女を包み込み、ゆっくり抱き上げる。

 その体の軽さに不安を感じる。

 体の小ささは、失える血液が少ない事を意味していた。


 ——頼むから、死なないでくれ。


 王子の願いに答えるように、琥珀石の指輪が光っていたことを彼は知らない。

 彼女の右手はマントにスッポリ包まれていたから。

















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ