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ボンクラ王子とお喋りな魔女  作者: 加藤小蛙
12/46

森12 沼地

 当初のルートを外れ、森の暗い方へと向かう。

 雪花は辺りを囲う木々達に真剣に祈った。


「無事に森を抜けさせてね」


 流石にボンクラだけに荷物を負わせるわけにも行かず、集めた薬草は二人で分けて持つ。

「なあ、置いてくわけに行かないのか? それだけでも動きが変わってくるだろ」


 ボヤく王子をキツく睨む。

「あんたね。あたしが何年もかけて集めたモノを捨ててけっていうわけ? それに、町についたらお金がいるって言ってるじゃない。王太子様は持ち合わせがある? それとも王族権限でツケ払いにでもする気?」


「………ごめん」


 ボンクラはまた眉を下げて彼女を見る。

 雪花がパッと手で口を塞ぐ。


 ——その情けない目をするのは止め欲しいわ。どうも苦手なのよ。気を抜いたら、いいわよ、あなたの好きにしましょうって言っちゃいそうじゃない。


 じっと彼女を窺う王子の視線を避けて、彼女は口から手を外す。

「さ、気を引き締めて行きましょう」


 森というのは、ただでさえ湿度の高いものだ。

 草木は水を蓄えて、潤沢な水分を活用して生きている。


 けれど、沼地に向かう森は全体がシットリ濡れているように感じられた。生い茂った木々の枝葉は日光を遮り、昼間でも薄暗く、足元の苔も踏めばジワっと水が滲み、取り巻く空気は重く纏ついてくるようだ。


 それでも雪花は魔女である。

「あ、マンダラ茸だ! すごい。滅多に見つからないのよ。ちょっと待ってて」

「雪花。急ぐんだろ?」


「分かってるわよ。でも、滅多にお目にかかれないの! んふふ、この茸には猛毒があるのよね。んふ。乾燥させて粉にして、ほんの少しだけ服用すれば、相当に面倒な病気も持ち直すことがある。特に心臓には良く効く。これは高く売れるわよ」


 ボンクラ王子が呆れた目で彼女を見ている。

「見てないで手伝って。あ、素手で触っちゃダメだからね」

 彼は大きな溜息をついたが、しゃがみ込んで茸採取を手伝った。その方が話が早いと理解したようだ。


「面倒な事にも得点はついてくるのね」

 彼女はホクホクした顔で、毒茸を大事そうに布で包んで懐にしまった。他の薬草と分けておくようだ。


 王子はヤレヤレと首を振る。

「猛毒を懐に入れて、ほくそ笑んでる淑女には会ったことがない」

「それは、あなたがボンクラ王子だからでしょ? 見聞が狭いんじゃない?」

 シレッと言われては返す言葉もない。


 王子が眉を下げて彼女を見つめると、雪花はピクッと口元を引きつらせた。

「情けない顔をしないで」

 ふん、と顔をそむけて口に手を当てて、また何かをブツブツ言っている。

 そんな雪花を見ていた彼の中に、ジワっとある感情が湧き上がってきた。


 ——こいつ、面白い。


 彼女は彼の視線に気づくと、パッと口元から手を外した。

「ボーッとしてないで、ほら、さっさと行くわよ!」


 自分のしていた事を完全に棚上げした発言だ。

 ——よく言うよな。


 そう思ったら可笑しくなったが、笑えば不機嫌になるだろう。

 王子は込み上げてくる笑いを苦労して押さえた。


               ☆


 想定した道を進んで行くと、辺りがドンドン暗くなる。

 まだ昼前だとは思えない暗さだ。


「霧が出てきたな」

 王子が眉間に皺を寄せ目を細める。

 沼地の剣呑な雰囲気のせいか、ボンクラ王子も普段のボンクラっぷりが影を潜めていた。それどころか、周りを威圧するような濃い気配を纏っている。


「沼が近いの」


 雪花も辺りを真剣に窺っている。

 と——。


 真っ黒い影が二人の頭上を覆った。

 見上げた王子の口から言葉が漏れる。

「リトゥーチャか」


 魔性を帯びた蝙蝠は一匹、一匹が大きい。成猫ほどの大きさがあり、牙に毒を持つ。その毒で獲物の動きを止め吸血して殺す。ひと噛みされたくらいでは効かないが、彼らの強みは数である。


 王子が剣を握ったと思うと、数匹を一刀で薙ぎ払って霧散させた。構え直して右手に剣、左手に短刀を握った。軽く腰を落とした姿には隙がない。


「……へえ」


 雪花は感心したが、王子の勇姿を見ている場合ではない。

 彼女も両手の指を立て、魔法攻撃を開始する。

 古語を唱え、指先から浄化の光を放つ。


 王子が彼女を見て軽く口の端を上げた。

 まるで、やるじゃないかと言われたようでムカつく。


 彼女はフードをかぶり直してリトゥーチャの攻撃に備え、目につく限り浄化の光を放ってゆく。王子は王子で転りながらリトゥーチャをかわし、何匹も霧散させているが、何しろ相手は数が尋常ではない。


 動きながらリトゥーチャと戦っていたからか、気づけば沼が見えている。

 雪花は軽く息を飲んだ。


 沼の上には灰色の瘴気が揺らめき、早朝の霧を思わせる。その瘴気は次々と凝ってリトゥーチャへ変わっている。

「じょ、冗談じゃないわ」

 首筋が総毛立つ。


 これではいくら霧散させても切りがない。

 王子も雪花も何回かリトゥーチャに噛まれている。

 毒のせいで動きに精彩を欠いてきていた。


 ——このままでは。


「ごめん!」

 先に草木に謝る。

 本当なら、それだけは避けたかったのだが——。


 雪花は攻撃を止めて王子の前に走り込み、仁王立ちになると、両手を頭上に掲げて魔法呪文を唱え始めた。瞳が赤みを帯びて、暗い森の中で怪しく光る。黒髪が静電気を帯びたように逆立っていく。


 彼女自身が魔物のように見えた。


 古語の後に王子にも理解できる言葉が続いた。

「古き友、我が精錬なる熱き同志につぐ、汝の息吹にて邪なるものを焼き払え!」

 答えるように、真っ赤な火柱が立ち上がる。


 彼女はすぐさま魔法呪文を続けた。

「気まぐれにして清廉な我が友人、我が同志に告ぐ。吹き荒れ、逆巻き、紅蓮と踊れ!」

 森の木々を軽々と追い越す大きな火柱を、さらに風が巻き上げ沼に向かって踊るように進んで行く。


 炎に炙られ、飲み込まれ、リトゥーチャ達は次々と霧散していった。


 吹き荒れる炎の風で雪花の黒髪も踊る。

 濃い灰色のワンピースと黒いフード付きマントが熱気に揺れ、振り向いた彼女は荘厳にさえ見えた。


 王子は熱気に目を細めながら、その様子を息を飲んで見ている。

 言葉が出ない。


「走るわよ!」


 雪花が弾けるような声で言った。森を指差し全力で走り出す。

 王子もすぐさま後を追った。


 とにかく沼から遠ざからなければ、雪花は前だけを見て走る。

 途中で転びかかったら、王子がヒョイと彼女を抱きかかえ、そのまま脇に抱えて全力疾走してくれた。


「さすが王子、足が長いから速いわね」

 雪花の呟きにも気付かず、彼は息が上がって動けなくなるまで走った。










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