森11 カラスは友達
雪花達は早々に岩場戻って旅支度を始めた。
あんな輩がうろついているのでは、ゆっくりもしていられない。
ボンクラ王子ときたら、湖でもがいている男を横目で見て、まあ頑張れってエールを送ってたし。
まったく。自分を殺しに来た男に随分と寛容なことだ。
雪花は手で口元を塞ぎ、俯いてブツブツ呟く。
——刺客に情けをかけるなんて、この人は本当に王太子に向いてない。だいたい、こんな便利な指輪があったんだし、さっさと誰かにはめさせれば良かったのよ。そしたら、殺されたって自分は死ななくてすむのに。
王子が、また胡乱な目で雪花を見ている。
——ボンクラだし。いつ殺されたって、おかしく無いじゃない。
「雪花?」
名前を呼ばれ、彼女はハッとしたように口から手を外して顔を上げた。
「なに?」
「いや、俯いたままだから」
「うん。そうね……」
彼女は、少し黙り込んだと思ったら、また口の中で独り言を呟いてから言った。
「ねえ、出発するの、少し待ってくれない?」
おもむろに立ち上がり、指を咥えて甲高く指笛を鳴らした。
「なにをするんだ?」
「カラスを呼んで情報を集めてもらうの。彼らはネットワークが広いのよ。不吉だって嫌う人もいるけど、友達になれば、あんなに愉快な鳥もいないわ」
どこか楽しそうに空を仰ぐ。
指笛に応えたのか、一羽のカラスが彼女の肩に舞い降りて来た。
雪花が古語を使ってカラスに何か言うと、カラスはすぐさま飛び去った。
「………さっきも思ったけど、君は本当に魔女なんだな」
ボンクラ王子が感心した様に言う。
「会った時からそう言ってるじゃない。あなたこそ、本当に王子だったのね」
彼は軽く眉を下げる。
「何だと思ってたんだ?」
雪花がクスッと笑った。
「少し時間がかかると思う。お茶でも飲もう」
彼女がカップを両手で包むと、中に湯が沸いて出る。
乾燥カモミールを入れて王子に渡し、自分の分のカップに移った。
王子は受け取ったカップの中を見て呟く。
「なんど見ても不思議だな」
「ちっとも不思議じゃないわ。空気には、いつも水の粒が浮いてるし、振動のエネルギーで熱をおこせる。あたしは、自然にある物を少し集めてるだけだし」
王子が琥珀色の目を細めて笑う。
「それが、普通の人間には出来ないんだ」
彼女は黒目がちの目で、王子をジッと見つめた。
「それは違う。誰にでも出来るのよ。ただ、やり方を知らないだけ」
そう言って、お茶を一口飲んで頬を綻ばせる。
「美味しい。褒めるとしたら、カモミールの方よ。こんなに可愛くて、美味しくて、薬効まであるなんて」
「……俺も植物だったら、君に褒めて貰えたのかな」
王子がポツリと言ったので、彼女は不思議そうに彼を見た。
「褒めて欲しいの?」
「え、いや。ものの例えだよ。君は草木が好きだろ?」
「もちろん。大好きよ。友達だしね。でも、あなただって嫌いじゃないわ?」
うっ、と言って目を瞬かせ、王子は黙り込んでしまった。
「何か気に触る事を言った? あ、戻って来た」
彼女は立ち上がり、戻って来たカラスの鳴き声に耳を澄ませると、燻し肉を少しやった。
王子が彼女の後ろに立って聞く。
「何か分かったか?」
「うん、やっぱり見慣れない人間が、何人も森に入って来てるって言ってた」
彼女は指を広げて魔法地図を出した。
「地図が出せるのか。凄いな」
「あのね。討伐に行くなら見た事あるでしょ? 王太子が行くなら魔法使いくらい一緒なんでしょうから」
「出せない魔法使いもいた。なあ、この赤い点が魔物だろ?」
「………そうよ」
王子は背が高いので、彼女の後ろから覆い被さるようにして地図を見る。身体が近くて、なんとなく居心地が悪いけど仕方ない。
「この辺りには、結構な人数が入っているみたいね。やっぱり魔物を避けてるわ」
「…………まあ、魔法使いが一緒でもなきゃ、魔物は避けたいだろ」
「と、いうわけで。こっちを通る」
王子が身を乗り出して魔法地図を覗くから顔が近い。
「……………本気で言ってるのか?」
彼女は片手で王子の顔を押しやった。
「大真面目よ」
「赤い点が魔物なら、魔物だらけだぞ?」
「この辺りに魔物が多いのは、ここに沼地があるから。沼は湖や泉のように清廉な水じゃない。澱んだ水は瘴気を招ぶの。ま、逆に集めてくれるから、そこを避ければいいんだし」
「大丈夫なのか?」
雪花は少し険しい表情になる。
「賭けなのは間違いないわ。夜には絶対に通りたくない所よ。とにかく明るいうちに抜けて、少しでも離れなきゃ。でも、このルートは森を抜ける最短距離になる。あなたを狙う人間を避けながら野営するのと、どっちがマシかってこと」
王子も苦い顔で腕を組んだ。
「さっきはあたしを狙って来た。あなたが気づいて取り押さえてくれたけど、いつもそうだとは限らないじゃない。もし、あなたが狙われて殺されでもしたら、結局はあたしが死ぬんでしょ? それなら、あたしに選ばせて」
彼の口から深い溜息が出た。
「……君の言う通りだ。分かった。沼地を抜けよう」




