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知らない世界で彼を探して

 今は朝なのか、それとも夜なのだろうか。

 おそらく数時間前に覗き込んだ窓の外には相変わらず闇が広がっており、この世界のことを何も知らない小祈には判断がつかない。

 変化しているのは、眼下に広がる街のあちこちに灯る明かりのみ。

 少し前に見たときは青色だったのだが、今は眩しい金色だ。振り返れば、外の光と同じ色を放つ球体が壁に掛けられていた。


(……もしかして、時間ごとに変化しているのかなぁ?)


 ぽつぽつと青白い建物の合間に灯る金色がファンタジックだ。夜空に浮かぶ星のようで美しい。


(……RPGみたいな、世界だなぁ)


 こんなグラフィックをどこかで見たことあっただろうか。記憶を掘り返すも、思い当たるものはない。

 何かのゲームの世界に入り込んだ、というわけではなさそうで少しがっかりする。

 ──あのシリーズの世界とか、行ってみたかったのに。


(……私、どうなるんだろ)


 自分の身に起きたことを理解する前に騒動があったせいで、詳細を聞かされる機会は流されてしまった。

 後処理など色々あるのだろう。エメラルドグリーンの髪を三つ編みにした男性から「とりあえずここで休んでいてほしい」と言われた以降、小祈は放ったらかしにされている。

 小祈がこの世界へ来て知ったのは、この世界を彩る青の多さだけだ。


 床も壁も天井も、出会う人々の肌色のほとんどが青い以外のことを知らない。

 加えて空がいつまでも暗闇なことも、先ほど自ら知ったばかりだ。

 それ以外を知らないのは、何も聞かされていないのだから当然である。自分のことなのに何も教えてもらえない状況など、不安で落ち着かないに決まっていた。


 変化のない窓の外を覗くのをやめ、小祈はとぼとぼと室内を歩いた。壁際にある丸型のベッドに力なく寝転がる。

 薄青のシーツはシルクのような滑らかな肌触りだ。さらさらとしていて心地よい。

 布地の向こうで微かにちゃぷちゃぷと音がする。

 ウォーターベッドというものだろうか。とても気持ちいいのだが、残念ながら睡魔はやってきそうにない。


 暇潰しができるようなものを何も持っていないからやることもなく、話し相手──いてもうまく話せなさそうだが──もいない。

 それにこの世界に来る前は深夜だった。この部屋に来てすぐ眠気に誘われた小祈はすでに一眠りしたあとでもある。


 ころんと寝返りを打って青い天井を見上げる。

 その片隅が金色に染まっていた。壁掛けの球体が放っている光だ。

 瞼を閉じても、それがチカチカと片隅にあって眩しい。

 睡魔に襲われていたときと違い、無理矢理寝ようとしている今はその眩しさが邪魔だ。仕方なく小祈は起こす。


(……身体中がべとべとする)


 海に入ったせいだろう。とっくに身体は乾いているが、小祈を包む潮の匂いが鼻を刺す。

 一眠りする前に入浴しようかと思ったのだが、シャワールームらしい部屋はあってもその設備が自分の知っているものと違うせいで使えなかったのだ。


 お風呂に入りたい。

 ほっとしたい。落ち着かない心を落ち着かせたい。

 ゲームが恋しい。手元にスマートフォンがあればもしかしたら遊べたかもしれないのに。

 ──ああ、投げるんじゃなかった。


 家には帰りたくないが、元いた世界が恋しいと思ってしまう。

 言い表し難い寂しさが心に募る。胸の奥がきゅっとなって痛くて、小祈は思わず薄青のシーツを握りしめた。


(そういえばあの人の肌色も、こんな青色をしていた気がする)


 明らかに自分とは違う種族の人。大男に落とされそうになったとき、助けてくれた青年の姿が脳裏に浮かぶ。


 落ちかけた自分を抱き留めてくれた腕には鱗のようなものがあった。さらに、間近で見た顔には(えら)のような紋様。そして耳は尖り、首の後ろにはヒレまである。


 きらびやかな月明りを閉じ込めたかのようなシルバー。彼の銀髪はあのサメのような何かが纏っていた光にも似ていた。

 だから、もしかして自分を丸呑みにした──正しくは迎えに来たのかもしれないが──サメがこの人なのではないかとつい思ってしまった。


(あの光はなんだったんだろう)


 彼と触れ合ったところからあふれ出した輝き、蒼銀の光。

 何故かは分からないが、あの光に包まれたとき小祈は懐かしさを覚えていた。


 心の奥がほっとあたたかくなって、自分を抱きとめてくれた彼の腕の中では心地よさを感じたのだ。

 名前も知らない彼の紺碧の眼差しを思い出すと、胸の奥をチクチクと突かれる。

 身体の真ん中が熱くなって、彼に出会えたことを嬉しいと叫ぶ自分がいる。

 出会ったばかりの彼に対してどうしてそう思うのかも分からない。自分ではない自分がずっと心の中にいる。きっとそれのせいだろう。


(……そういえば、お礼も言えなかった)


 見上げた彼の眼差しに向かって何かを言いたかったのだが、普段から人と接する機会が少ない小祈には難しかった。

 ──分厚い前髪は人を避けるための壁。

 込み上げる言葉は形にならず、兵隊らしき人に自分を預け静かに去っていく彼を見送ることしかできなかった。


(また、会えるかな……)


 むしろ、もう一度会いたいとさえ思う。

 彼の名前はなんというのか。この部屋まで案内してくれたあの男性に聞いてみたかったが、態度の端々からとげとげしさを少々感じてしまい諦めた。


 あなたはなんという種族で、あなたの名前はなんなのか。

 あの場所にあなたがいた理由、どうしてあなたを見ると懐かしいと思うのか──その全てを知りたい。


 彼のようで彼ではない姿が脳裏で重なった瞬間、小祈は立ち上がっていた。

 ──彼に会いに行こう、その思いに突き動かされて。


(……何も、聞こえない)


 部屋の外に続くドアにぴったりと寄り添う。

 木製のような感触からは、なんの音も通って来ない。防音が効いているのかそれとも本当に静かなだけか。

 ドアノブと思しき取っ手に手を掛けてそっと開けば、薄暗いが仄かな金色に照らされた廊下が目に入る。

 見張りくらいはいるかもと思ったが、誰もいない。


(……あ、靴)


 一歩を踏み出そうとして、はたと気づく。

 そういえばずっと裸足のままであった。

 新品当初は綺麗だった白色も、毎日のように履いているからくすんでしまったスニーカー。

 波打ち際に置いたままだ。


(あのまま放置してたら、入水自殺したように思われるんだろうなぁ……)


 何せ波打ち際で意味深に並べられているのだ。

 どう思われても構わないが、向こうに帰ったときの自分の扱いがどうなっているのかは気になる。


 ──帰る。

 その言葉が頭に浮かんだとき、胸に冷たいものがすーっと広がっていくのを感じた。


 いつかは向こうに帰らなければならないのだろうか。


 小祈が今まで生きてきたあの現実(せかい)は、誰も自分を愛さなかった。誰も小祈に見向きもしない。

 それは顔を隠すことで人と壁を作ってきたからではあったが、そもそもは──。

 帰ったところで独りぼっちの世界だ。そんな場所へ帰る必要はあるのだろうか。


 暗くなりかけた感情を払うように小祈は一歩踏み出した。


 床の感触が足の裏を冷やす。だが、悪くない感触だった。水に触れているようなそんな気がして不思議と落ち着く。

 床も壁も、すべて水色だからだろうか。

 小祈の背後で、ドアの閉じる音が静かに響く。

 しかし人一人見当たらない廊下の向こうから、物音を聞いてやって来る者の気配は感じない。


(見張りもいない……)


 小祈はずっと城のような場所にいるものだと思っていた。

 というのも、この世界に来て一番最初に出会った男性を王様のような偉い人だと思ったからだ。纏う雰囲気や服装から判断したことである。


 小祈の中で城というのは、警備が厳重であちこちに兵が立っており、その兵は一定時間ごとに一定のルートをぐるぐる回り警備しているのだというイメージだ。

 すべて今まで遊んできたゲームから得た印象である。


 廊下は薄暗いが、ぽつぽつと灯る金色のおかげで先が見えないほどではなかった。静かな廊下を小祈はゆっくりと慎重に進んでいく。

 城の間取りは分からないが、大体の方角は検討がついている。窓の外に見えた景色からは街が見えたのだ。


 ということは、小祈がいた部屋は推定城の正面側。

 ならば、自分の向いている方向さえあやふやにならなければきっと外に出られるだろう。


 頭の中に部屋を出てからの道筋を描く。本当は書くものかスマートフォンがあればいいのだが、残念ながらないので脳内で書き起こすしかない。

 四角と直線で描いた簡易的な地図。城の正面側を南と仮定して、今自身が向いている方向を把握する。

 大好きなロールプレイングゲームで、視点が変動し迷いやすいダンジョンを進むときにやっていたことだ。


 しかし、小祈が今いるのはダンジョンではなく城内。だから罠やモンスターはいない──だろう、たぶん。

 曲がり角に到達すると、壁に背をつけ進みたい道の先をゆっくりと覗き込む。気分は潜入または脱出ミッションである。


 そう考えると、とても楽しくなってきた。

 元の世界では経験できないことを今やっている。これはとてもすごいことだ。


 理由はまだ分からないが、この世界は自分を必要としているようだ。

 でなければ、自分なんかを呼び出したりしないだろう。たぶん。

 何かやっても、あっちの世界ほど酷い対応はされない──だろう。たぶん。


 ならば、今のうちに楽しめそうなことは楽しんでおいても良いのではないだろうか。

 どうせ向こうに帰っても、楽しみはゲームだけ。ゲームのような体験を今思う存分したっていいだろう。


 だんだんと慎重だった足取りが軽くなる。

 心がわくわくと踊り始めて、進めば進むほど小祈の心は昂ぶった。


 脳裏に思い描いた彼が、城の敷地内にいるとは限らない。

 だが、会いたいと思う気持ちは強い。

 どうしてこんなにもその人のことを思うのかは分からない。

 助けてくれたから、それ以上の理由が小祈の中の知らない部分にはあるようだった。


 やがて階段を見つけた。ここを降りていけばきっと外に出られる。


 ミッション名は『城内を脱出せよ』。

 失敗条件は誰かに見つかること。


 クリア条件は──銀髪の彼を探し出すこと。

 名も知らぬ彼を求めて、小祈は水色の階段に足を乗せた。

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