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召喚の儀

 この世界は、海という大量の水で埋め尽くされた空間の下に広がっている。

 そんな場所に世界が存在するなら、アティル・ズエラも水の中にあるはずだろう。しかし、水源はあれど大地が飲み込まれるほどの水量はない。

 創世の龍セイレーンが、大地そして生命を創造ならびに保護をするために、世界を膜のようなもので包み込んだからだ。アティル・ズエラの住人にはフロン境海の名で知られており、この世界が常に暗闇に覆われているのはこの膜があるがゆえだとされている。


 海の下に世界があるならば、海の上には世界はあるのか。

 結論からいえば、ある。


 大地も草木も青い常闇の世界、青の大地アティル・ズエラ。

 それに対し、海の上は色彩豊かな光明の世界だという。それが光の大地フラル・ズエラだ。

 これの存在は、長らくセイレーンを発祥とする伝承として語り継がれてきた。しかし、その存在を確かめた者は誰一人としていない。セイレーン以外には。

 フラル・ズエラが光にあふれていることも、色とりどりに包まれていることも、海の下と同じように人々が住んでいることも、それが真実かどうかを知っているのはセイレーンだけである。


 世界の基本的な知識だとしても、もはや伝説でしかない光の大地の存在をなぜ信じられているのか、そもそもなぜそんなところから人を呼び寄せようとするのか。


 それはセイレーンがアティル・ズエラの創世主であるのと同時に、いにしえの魔物ヴォアから世界を護った救世主でもあり、そして彼女が最後に遺した言葉があるからだ。


 ──我が魂の欠片を持つ乙女は、光の大地で産声をあげる。

 悪しき魂再び蘇るとき、光の先へと声を届けよ。

 乙女は光より馳せ参じ、運命の輪を廻らせる。

 その果てに出会うとき、眠りし龍は再び目覚めるであろう。──


 召喚の儀は、この遺言に基づいて執り行われる。

 遥か昔に封印されたヴォアが復活しないよう、セイレーンの生まれ変わりである乙女にもう一度封じさせるために。



 ▼▽▼



 ガリュークス本宮の居住区から北東に、半球形の建物がある。

 儀式の準備はハイレンの采配によって滞りなく進められたようだ。

 アルヴァルクが「第三王子」として祭儀殿に到着した頃には、まもなく儀式が始まるというところだったらしい。入り口の前に立っていた下級騎士に扉を開けさせて入場すると、紫の正装姿で統一されている参列者たちの注目を一身に浴びた。


 儀式の参列者は、ガレオン国を支える三族──“龍に連なる者(リヴィディア)”、“軟らかき者(プルディア)”、“大いなる者(ヴァルディア)”の族長をはじめに、アルガレオス王家から承認を得た家々の当主ならびに長子、それからヴァン=ガリュークスの上級騎士に、ヴァン=フォンシュアの上級術師、そして歴史研究を専門とするテル=イシュの学者たちと聞いている。


 ──あれが噂の。


 まるでそう言いたげな視線を感じ取る。


 第三王子は一族のはぐれ。

 アルヴァルクは公には「生まれつき身体が弱く、長く療養していたために存在を伏せられていた」とされている。

 だが、人の口を塞ぎ続けるのは困難だ。公開していないはずの情報もやがて噂となって流れてしまうものだ。

 

 そんな視線を逐一気にしてはいられない。しぃんとした静けさに包まれている空気を断つかのように、アルヴァルクは堂々と足音を鳴らし進む。


 祭儀殿の中央にある吹き抜けの下では、アルヴァルクの身の丈よりも大きな水晶が鎮座していた。

 アルガレオス王家一族は、その水晶を見下ろせる位置に並んで座ることになっている。


 ハイネリアレオス国王を中心に据え、その横には妻の──アルヴァルクにとっては継母にあたるピスナクローリア王妃。

 それから二人の両脇を固めるようにティブルカロン第一王子とティアハイレン第二王子。ちなみに二人は一卵性の双子だ。

 そして、ティアハイレンの隣にはハインスクローリア第四王女が背筋を伸ばして座っている。

 アルヴァルクが座るのは、第一王子の隣だ。そうして現在のアルガレオス王家が揃うことになる。


 ハインスクローリアと目が合うと、彼女がにこやかに手を振ってきた。

 血の繋がりはないというのに、彼女はアルヴァルクによく懐いてくれている。

 アルヴァルクも可愛い義妹へ微笑みを返そうとしたが、背後からドスンと突っ込んできた衝撃に体勢を崩しかけた。


「おせーよアルヴァ! オレ、腹減ったんダ!」

「レオルカ、お前なぁ……飯なら自分で取ってこれるだろうが」


 振り返って睨むと、ぷんぷんと不満げな様子を露わにするザゼがふよふよと浮かんでいた。

 アルヴァルクを略称で呼んだこれの名は、レオルカという。ザゼにしては小さな個体で海狼(アクルト)のような脚が四つあり、立派な三角の背ビレと、ツンツンと尖った特徴的なたてがみを持つ不思議な生物だ。


「嫌ダ! オレはシィモウのテリッカが食いたいんダ!」

「今からは無理だっつの」


 レオルカの出現によって静かだった空気があっという間に騒がしくなる。仰々しく空腹を知らせるレオルカを宥めようとするも、彼の声が祭儀殿いっぱいに広がってしまう。

 すると、どこからか咳払いが聞こえてきて二人して動きを止める。

 咳払いが聞こえた先を予想して目を向ければ、視線の先でティアハイレンがこちらを鋭く睨んでいた。


「……とにかく今は我慢しろ。終わったら付き合う。いいな?」

「ぎょ、御意ぃ……」

 

 義兄に鋭く睨まれながら、おとなしくなったレオルカを伴い自分の位置へと収まる。

 そのとき、隣のティブルカロンより柔和な眼差しをちらりと向けられ据わりの悪さを覚えた。

 陰険なティアハイレン(二番目)とは違って、ティブルカロン(一番目)は温厚な性格だ。

 彼から嫌われているわけではない──とアルヴァルクは認識しているが、かといって特段可愛がられているわけでもない。

 ティアハイレンやハインスクローリアのように嫌悪や好意をはっきりと向けてくれさえすれば分かり易いのだが、まったく読めない。そういうところに苦手意識を覚えてしまう。


「近頃頻発している海獣の凶暴化それに伴う黒靄化現象を、太古の魔物ヴォア復活の兆しであると判断した。よって、古より伝わる創世の龍セイレーンならびに英雄ティブロクスの遺志に従い、召喚の儀を行うことをハイネリア・レゼニア・エス=アルガレオスが宣言する」


 アルヴァルクが着席してまもなく、中心にいるハイネリアレオスが立ち上がった。


忠誠の紫を掲げよピス・ティス・ヴィレル!」


 国王による儀式開始宣言がされ、参列者の賛同の声が祭儀殿内に響き渡る。

 海獣の凶暴化、黒靄化現象。それらが近頃この世界を悩ませている問題だった。


 生息域を越えてまで人を襲い始めた海獣たちは、死すると黒靄と化す。その靄はしばらくすると別の海獣へと乗り移り、凶暴化させることがテル=イシュの学者によって確認済みだ。


 黒い靄の正体は世界のどこかで封印されているヴォアの力が漏れ出したもの、つまり欠片であるところまで聞いている。


 それに対抗できるのが、セイレーンの魂を継ぐ者──フラル・ズエラより召喚する光の乙女(フラル=ジェヴァ)というわけだ。


 儀式の進行を担うのは、主にハイネリアとティブルカロンだ。それから三族の長と上級術師が補佐をする。


 静かに、厳かに、儀式は進んでいく。


 フラル=ジェヴァを呼び出すために紡がれる唱言はまるで子守歌のようで、参列しているだけのつもりであるアルヴァルクには退屈だった。

 あくびが出そうである。だが、こちらの姿勢に目を光らせているだろうティアハイレンにそんな場面を見られれば、あとで小言が飛んでくることは想像に容易い。

 そう思っていたところで、アルヴァルクの隣でレオルカが平然と大きなあくびをする。しっかりと小突いておいた。


 ハイネリアレオスが手にした水差しを持って、注ぎ口を大きな水晶へと傾ける。

 いつの間にか水晶は薄ぼんやりと青い光を放っており、その球状に沿うように銀の光を纏った水がとくとくと流れ落ちていく。

 青と銀、二つの色を纏う水の流れが美しい。

 退屈を持て余していたアルヴァルクもその様には興味を惹かれ、無意識に背筋を伸ばして儀式の進行を見守る。


 水晶が鎮座している周囲の床に、紋様が彫られていることに気が付く。

 水晶から滑り落ちた水がその紋様に沿うように広がっていく。やがてすべてへ水が行き渡ると、床に大きな術陣が浮かび上がった。


 儀式の進行も佳境に入ったということなのだろう。

 いよいよだとそう思ったとき、アルヴァルクの胸中に長らく滞在している騒めきが震え出した。


 どくどくと心臓が強く鼓動を打ち始め、胸の奥に僅かな苦しさをもたらす。今までにない騒めきに無意識に胸元を押さえる。


 どうしてこうなるのか、意味が分からない。

 ここ最近ずっと見ている夢も、鏡の中に現れる錯覚も、心にずっと留まる騒めきも。まるで知らない自分がそこにいるようで不快だ。


 この儀式に、一体何があるというのか。

 一体これは、何の予感を感じ取っているというのか。


 術陣がひと際眩しい光を放って、大きな体躯の──ザゼとも龍とも見て取れる何かが光を纏って現れ、吹き抜けの先へと消えていく。


 そしてまもなく戻ってきたことで、アルヴァルクはようやく予感の正体を知ることとなった。


 光の中に女がいた。

 彼女の肌色からして、まずこの世界の住人ではないことは明らかである。濃さの程度はあれどこちらの住人は薄青の肌をしているのに対し、彼女の肌は黄味がかった白色だ。


 それから髪色。この世界では珍しい黒だ。世界を覆う境海と同じ色がプアレの触手のようにうねって広がっている。


 瞳の色は分からない。眠っているのか、瞼が閉じられているせいだ。


 そして衣服。なんの柄も描かれていない真っ白な上衣に、二本の脚を通した濃紺の下衣。光の乙女と呼ぶからには大層な物を身に着けているのかと思ったら、意外にも簡素な衣服である。

 あちらでは足に履き物なんてしないのか、そのつま先はなんと素足だった。


 ずっと半信半疑であったフラル・ズエラの存在を、誰もが信じた瞬間だった。

 光に包まれている彼女に思わず目を奪われてしまう。それほどに美しく、水面に落とされた雫のように胸中で騒めいていた予感が静かに波を広げる。


 ──何故だろうか。

 彼女を見ていると、懐かしいと思えてしまう。


 やがて女のつま先が祭壇の床に届いた。

 彼女の足裏全体が乗ったと同時に光は完全に消え、閉じられていた瞼から髪と同じ色の瞳が露わになる。


 その刹那になってアルヴァルクは実感した。

 この予感は、彼女との出会いに震えていたのだと。

 彼女が降り立ったと同時に騒めきは姿を消していた。

【用語解説】

◆アティル・ズエラの組織


・ヴァン=ガリュークス

ガリュークス本宮所属の騎士団


・ヴァン=フォンシュア

水聖術(いわゆる魔法)を使う者たちの集まり


・テル=イシュ

ガレオン国最高峰の研究機関


◆アティル・ズエラの生き物


・シィモウ

所謂ウシさん。ミルクも出す。レオルカが一番大好きな美味しいお肉。見た目はセイウチに似ている。ずんぐりしていて、後ろ足が短い。力持ちなので荷馬車を引く役目として使われることも。


・シィブゥ

ブタ。まんまるとした見た目が可愛らしい。短足。歩くと遅いが走らせると何故か速いので、シィブゥレースが開催されたりする。


海狼アクルト

オオカミ。モデルはイヌイットに伝わる怪物から。

アティル・ズエラの中で一番獣っぽい見た目をしている。熱したような赤褐色の身体が特徴。仲間意識が高く群れを形成して暮らす。


・プアレ

くらげのこと。


・ラクォ

タコのこと。


・ザゼ

サメです。

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