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いにしえの喰み痕 入り口

 アティル・ズエラには、フォスタ地帯という巨大な窪みに際限なく水が満たされた水源地がある。

 世界を渡るシィピィを始めとする小海獣は至るところで姿を確認できるが、貝類はフォスタ地帯でしか生息が確認されていない。


 代表的なフォスタ地帯は全部で五つ。そのうちで最も広い面積を有しているのがプル・クラークの北に広がるガント=フォスタだ。ガント採貝場はそこにあった。


 通常より二倍の大きさとなったレオルカに跨り、立ち並ぶメル樹のあいだを駆け抜ける。

 採貝場までの道のりは、一定間隔ごとに置かれたコルチェ球が教えてくれているので迷わない。

 コルチェ球は部屋の明かりや巡りの経過を知らせる以外にも、道しるべとしての役割も持つ。球体の下に細長い棒を付け、大地に突き刺す形で設置される。

 アルヴァルクたちがガント採貝場へ辿り着いたとき、コルチェ球の光の色は青に混じる金色がその存在を強く主張し始めていた。


「……なんだこりゃ」


 アルヴァルクの口から困惑がぽろりと落ちる。

 メル樹の森を抜けると途端に開けた場所に出た。

 しかし、その先に広がっていた景色は話に聞いていたものとは随分と違っていた。


 巨大な窪みに際限なく満たされた水、それがフォスタ地帯のはずだ。

 その周囲は砂地で囲われており、レオルカから降りるとアルヴァルクの足もとで青砂が微かに舞った。


「水が干上がってんじゃねぇか……」


 ガリュークス本宮の敷地に匹敵するのではないかと思われる広さ。しかし、その巨大な窪みにはあるはずの水が一切ない。


 本来であれば水の下に隠れていただろう岩が露出し、それを隠れ家としていた貝が砂の上で転がっている。まだ干上がって間もないのか、アルヴァルクが立っているところよりも砂の色が濃い。水が満たされていた場所とそうでない場所の境目がはっきりと分かるほどだ。

 その境目まで歩くと、緩やかな下り坂になっていた。境界線を踏むと乾いた砂がさらさらと滑り落ちたが、色の濃い砂はぐちゃぐちゃと靴底にまとわりつく。


「ココってー……グランポポルが、たくさんいるんじゃなかったカ? 全然いねーゾ!」

「一体、何が起きたってんだ……」


 グランポポルはザゼ種の中でも巨体に分類される大海獣だ。体長は最大で6mとなることもあり、ずんぐりとした巨体に体当たりをされれば容易く吹っ飛ばされてしまうし、その鋭い歯で噛みつかれたらひとたまりもない。

 なのに、どこを見てもその姿が見当たらないのだ。露出した岩の影にさえ。


 目立つ巨体を見逃すということはあり得ない。しかし広がっている先は、元々は水中だった場所。

 水場の周囲には点々とコルチェ球が設置されているが、アルヴァルクが見ている先には明かりがない。水中にあっても大地は淡く光り続けるが、コルチェ球は水中には置けないのだ。

 故にこの薄闇に紛れている可能性もあるが、何かが動いている気配も感じなかった。シィピィなどの小海獣でさえ見当たらない。

 原因は不明だが、水が枯れたことで場所を移ったのかと考えた。


「とりあえず、警戒だけはしとけ。行くぞ」


 ここで考え込んでいても仕方がない。

 開いた掌に硬質な棒状の物を顕現させる。愛用の槍をその手に掴み、慎重に緩やかな坂を下っていく。

 この先は大地の青以外の明かりがないため、レオルカに近くのコルチェ球を引っこ抜いてきてもらった。


 グランポポルが見当たらないとしても、油断はできない。元々凶暴で知られる種類のため、万が一に対応できるようにしておく必要がある。

 警戒はもちろんグランポポルだけではない。襲撃してきた大男たちのこともある。

 泥に足を取られそうになりながらも、岩に隠れ、薄闇に目を凝らし、窪みの中心を目指すようにゆっくりと進む。


「な……!?」


 そして、到着した窪みの底でグランポポルに遭遇し、アルヴァルクは息を呑んだ。

 見つけたグランポポルは、すべて屍と化していたからだ。

 このガント採貝場を占拠していた全頭が揃っていると思われる数が、腹を上に向けた状態であちこちに転がっている。泥となった砂の上には、それらが流した赤い血で汚されていた。


 それからもう一人。

 男と見紛うほど短く刈り込まれた赤髪に見覚えがあった。


「クヴァリー・メデュ―!」


 プルディアの族長、クヴァリーだった。

 グランポポルの死体の囲いの中で倒れ伏している。その姿を見つけて、アルヴァルクは急いで駆け寄った。


「おい、大丈夫か!」


 小柄な身体を抱き起こし声を掛けるも、彼女はぐったりとしていた。

 胸が呼吸に合わせて上下しているので生きてはいるようだ。グランポポルに襲われたのか、プルディアの特徴である全身の紋様に混じるように傷が見られた。

 出血量からして、まだ傷を負って間もなそうだ。

 念のためにとカトルから手当ての道具を渡されたことを思い出し、アルヴァルクは腰から提げたポーチに手を入れた。


「う、うぅ……」


 傷の手当と水薬を飲ませてしばらくすると、呻きとともに閉じられていた瞼が持ち上がる。

 髪色と同じ赤い瞳にこちらの姿が映ったのを見て、ひとまずは大丈夫そうだと安堵した。


「お……まえ……第三、王子……か?」

「ああ。いつまで経っても帰ってこないんで、来てやったよ」

「は、は……相変わらず、生意気な口、ききやがる……そりゃ、悪かったな」


 目を覚ましたクヴァリーがゆったりと起き上がる。

 薬を飲ませたとはいえ、まだ回復の途中だ。力の入らない彼女を見て、小柄な身体を支えてやる。


「一体何があった?」


 彼女の背中を枕代わりのレオルカに預け、短く要件を問う。

 するとクヴァリーは、採貝場を目指している途中に例の大男が率いる黒い集団に遭遇したことを明かし始めた。


「オレも腕に覚えがあるほうなんだがなぁ……あのレウカスって野郎、案外やるみてぇだぜ」

「そうか……」


 アルヴァルクが本宮に来てまもなくの頃、武闘稽古がてらクヴァリーと手合わせをさせられたことがある。

 彼女は身のこなしが素早く、小柄な身体に見合わない重い拳を打つ。おまけに軟体であることを活かした、予測がつきにくい動きをしてくる。

 その頃は受け流すだけで手いっぱいだったが、今のアルヴァルクならギリギリ渡り合える自信があった。


 そんなクヴァリーが、負かされた。

 襲撃のとき、レウカス自身は動かなかった。そのため彼の力量は不明だったが、その一端がたった今見えてしまった。


 気が引き締まる。

 それとともに、一刻も早くコノリを助けたいという思いが焦り出す。


(焦ってもしかたねぇんだ。今は、話を聞き出せ……)


 内なる自分がアルヴァルクに冷静になるよう諭してくる。

 クヴァリーの話にはまだ続きがありそうだ。それを聞くために、先を促した。


「アイツら……いにしえの喰み痕を探してたんだってよ」

「いにしえ……? それはなんだ?」


 アルヴァルク自身、初めて聞く単語であった。


 かつてアティル・ズエラを混沌に貶めた太古の魔物ヴォア。

 その名前は、古代の言葉で「暴食」という意味を持つ。

 魔物は、その名前のとおりに世界を喰らい尽くすそうとした。それが可能なほどに、途轍もなく巨大な存在だったとされている。


 その話を聞かせてくれたのは、アルヴァルクの知人だ。

 あまりの巨大さに、ヴォア自体をまるごと封印するには難しく、ティブロクスとセイレーンによって四分割にされたのだという。

 そうしてその欠片を各地に封印した。かつて魔物が荒したその場所に。


 いにしえの喰み痕とはつまり、ヴォアが世界を噛んだ痕であり、ヴォアの欠片が封印された地のことだった。

 そして、その地は各種族長に護らせた。一般には秘匿され、ひっそりと長きに渡って護り続けてきたのだ。

 そんな大事な場所を探していると言われたら、簡単に口を割る訳にはいかない。


「だが、アイツらはとっくに当たりを付けてたらしい。オレを捕まえたのは、持ってる情報をチラつかせて反応を見たかったんだろーよ……ここにソレがあるという確信を得るためにな」

「ここに? だが、ここは水場だったんだろ? どこにそんなもんがあるってんだ」


 アルヴァルクの問いに答えたのは、「ん」という短い単語と目線による促しだった。

 あっちを見ろという眼差しを追いかけてみる。その方向は窪みの中心部だった。


 大地には水聖力が含まれているために、淡い青色に発光する。

 だが、クヴァリーが示した先は真っ暗闇だ。

 真っ黒な大地を目にするのは生まれて初めてである。

 世界を覆う物とは違った不気味さを纏う暗闇に、背ヒレの辺りが凍えたような錯覚がした。


 アルヴァルクが感じたのは恐怖だった。──そこに何かがある。

 よく目を凝らして、それを見つける。

 その様は、まるで大きな口を開けたザゼの如く。

 どこまで続いているのか分からない洞窟の入り口が、あったのだ。

 それを目にした途端、凍えはゾクゾクとした感覚となってアルヴァルクの背中を駆け上がった。


「遠い昔、オレの祖先が施したっていう水聖術を解くと、水が消えてアレが現れるって仕掛けだよ。……アイツら、フラル=ジェヴァを攫ってきたんだってな」

「……もしかしてここにいるのか?」


 レウカスはクヴァリーに水聖術の解除を求めたそうだが、彼女は当然ながら拒否。何をするのか分かったものではないし、気軽に立ち入っていい場所でもないからだ。


 しかし、そこへ別行動を取っていたらしい仲間が合流してきたというのだ。

 その仲間がコノリを抱えていた。

 異変を解決する重要な存在を人質に取られては、クヴァリーも従わざるを得なかったということだった。


「そのあと、現れたグランポポルの群れン中に放り込まれて……このザマさ」

「よく無事だったな……」


 見える範囲を確認するだけでも、グランポポルの死骸は五体ほど。

 それ以上の数に囲まれたというのに、身体を食い千切られることもなく怪我だけで済んだというのだから、やはりクヴァリーは強い。その実感を込めてアルヴァルクは息を吐いた。


「……中に行くんだろ? オレも、連れて行け」

「でも、アンタ怪我人だろ。カトルも心配してるし、戻ったほうがいいんじゃねーの? 足ならレオルカを貸してやる」

「水薬、飲ませてくれたんだろ? それにこんな怪我大したことねーさ。うちの都に滞在中にフラル=ジェヴァが誘拐されたとあっちゃ、長として責任を取らねぇと」


 ──まあ、そっちもなんでか少ねぇ人数で来たようだが? と護衛が少ないことを指摘されてしまった。


「……フラル=ジェヴァ、直々のご指名でね」

「そんじゃ責任は半分こで頼むわ。アルヴァルク第三王子殿」


 コノリが攫われたのは、自分の責任だ。

 クヴァリーに負わせることなど、アルヴァルクははなから考えていない。


「コノリ──フラル=ジェヴァ救出に協力してくれるだけで充分だ」

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