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闇が覆う

海龍語という独自の言語が登場するので、今までで一番ルビが多いです。


 闇に沈んだ意識が再び浮上したとき、小祈はもう身体を動かすには難しい状態にあった。

 嫌なものが身体中に纏わりついている。

 梅雨の煩わしい湿気感のような不快感を通り過ぎ──敢えて例えるのならば、口に出すのもおぞましいものが身体の上を這いずり回っているような。

 どうにか瞼を持ちあげる力は残っていたらしく、真っ暗な地面が目に入った。


 この世界の大地は──ゲームでよく使われる言葉に例えるなら、魔力が含まれているために青く発光するそうだ。アティル・ズエラにおける魔力はフォンスと呼ばれ、あらゆる生物や物質がそれを持っているという。

 青に淡く光るのは、フォンスが含まれている証拠。建物内を除き、どこの地面でもそういうふうになっているのだとか。


 なのに、目先にある大地は光っていない。

 加工されフォンスの含有量が減ったとしても、まったくの無になることはないと聞いているのに。


 意識が落ちる前の記憶によれば、洞窟のような音が反響する場所で淡い光を帯びた地面を確かに見ていた。


(……暗い……)


 小祈の身体は、顔の右側を下にしてうつ伏せの状態で置かれていた。

 身体はやはり動かせそうにないが、視線だけは動かせる。

 目だけを動かして辺りを見渡すも、ほとんど何も見えない。光の届かない海中のような真っ暗闇が広がっている。


 しかし、よく目を凝らしてみると人がいた。

 黒いフードを被った集団である。数人が小祈の前に並んでいた。

 もっとよく目を凝らしてみると、赤い目を見つける。一人がフードを下ろして、その様相を露わにさせていた。


「マシュティア・ロドン、このとおりフラル=ジェヴァを連れて来たぜ」


 小祈を酷く扱ってくれたあの大男、レウカスだった。

 世界についての知識をあらかた得た今では、色々な物事が理解できる。

 彼は巨人──アルヴァから聞いた種族としては、ヴァルディアに該当すると思われた。


「ご苦労だった、可愛い私の子どもたち(ラプシカ・ロドニー)よ」


 声を発したのは、レウカスが呼んだマシュティア・ロドンとやらだろう。

 嗄れているかのような、でも渋く低く、そして重みのある男の声が聞こえてきた瞬間、全身が粟立った。

 身体中を這いずる嫌な感じが震えたかのようで、ぞくぞくと悪寒が昇ってくる。まるで酷い風邪を引いたかのように、全身がぶるぶると震え出す。


(や、やだ……なに、なにがいるの……)


 声の主は、小祈の背中側にいる。

 身体を動かせないことを幸いとするか。後ろを見るのがひどく怖かった。


「貸し与えたゼネスの調子はどうだ」

「はっ! とてもよく身体に馴染んでいるようで、何の支障もなく扱えております」

「そうか、ならばそろそろ返してもらおう」

「はっ! ……え?」


 耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響き渡る。

 心の底から苦しんでいる、そのことが伝わってくる様々な声がたくさん──。小祈は耳を塞げない代わりに目をぎゅっと閉じた。


 悲鳴はレウカス以外のフードを被った者たちからだった。

 何が起きているのかは見えない。だが、ドサドサという物音から察するに倒れているのだろう。

 マシュティアとやらが何かをしたのだ。しかも、彼らが予想だにしていなかったことを。


「マシュ、ティア……どう、して……」


 声が闇の中に溶け消える。それを最後に静かになった。


「……可愛いラプシカじゃねーんかよ。いいのか? 駒を減らして」

「所詮は(むくろ)。闇に還すのが道理というもの。必要になれば再び蘇らせればいいだけのこと」

「ま、それもそうだな。力を扱えたところで弱けりゃ意味ねーし」


 むくろ。

 それが小祈の考える単語と一致しているのであれば、それは死体を意味する単語だ。

 先ほど響いた悲鳴の主たちは、元は死体だったということなのか。


 死霊使い(ネクロマンサー)というゲームや漫画でよく聞くジョブが思い浮かぶ。多くは恐ろしい敵として登場するが、蘇った死者の軍勢を率いての戦闘は圧巻だ。

 だが、それはファンタジーとして──フィクションの中で描かれているからこそ「すごい」と思えるもの。

 実際に目の当たりにしてみると、恐ろしいという思いしか浮かばなかった。

 彼らが本当に死霊使いなのかは分からないが、そうでなくても闇の魔法、禁断の魔術、そういった恐ろしい事象を扱うような者であることは間違いない。


(……私を、どうするんだろう)


 それが分かったところで逃げることもできない。

 この恐ろしく異様なものに満ちた闇の空間からは。


 こつ、こつ、と。硬質な音を響かせながら近づいてくる足音が迫る。

 その足音は、無礼にも小祈を跨ぎ、足元までを覆う黒い裾を翻した。


ようやく(ワルンツ・)巡り会えたな(ニトゥエ・ロイコモ)セイレーン(セイレッネ)


 これは海龍の言語だと直感したのは、知らない響きなのに意味がすぐに通じたからだ。

 少しだけ身体が動く。小祈は力を振り絞り、ほんの少しだけ上体を持ち上げる。

 辛うじて見上げることができた相手の眼差しは、白目の部分が黒くなった中に妖しい金色が揺れていた。雲も星もひとつも出ていない夜空に満月が浮かんでいるような目である。


「……貴方たちは(ロモコ・コケ・ヨ・)いったい(レーコレ・)何者なの(モメナマ・モマ)?」

ほう(サル)海龍語(ドラングル・)を理解するか(ユ・エトレ・フウト)お前の(ラノリ・マ)中にある(・モト・メ・ロウ)セイレーンの(・セイレッネ・マ)欠片は(・トティオ・ヨ)ちゃんと(・キョヤカ)目覚めて(・ニヴォニキ)いるようだ(・レウンルゴ)


 自然と海龍語(ドラングル)を紡げたことに驚く。

 彼が言うようにセイレーンの魂の欠片が反応しているのだろう。


だが(ゴド)お前は(ラノリ・ヨ)……いや、誰もが(レン・ボイナド)知らないだろう(・ヘオモレ・ゴアル)

知らないって(ヘオモレーキ)、……何を(モメ・ユ)……?」

お前の中に(ラノリ・マ・モト・メ)ある(・ロウ)欠片は(・トティオ・ヨ)────二つ、だ(スコク・ゴ)


 妖しい月光が近づいて小祈をひっくり返し、そして耳元で囁いた。

 その直後だった。水中に沈めるかの如く、身体の中にちゃぷんと何かが侵入したのは。


「──ぁあああああああああ!」


 内臓を掻き回されるような酷い苦しみに、自然と悲鳴があふれ出てしまう。


お前の(ラノリ・マ)覚醒が(・トトゥヒレ・ド)不十分で(・スピュルズヤ・ギ)助かった(・コフトーコ)

「あっ、あがっ、がぁあああああっ!」


 手だった。

 男の手が体内に侵入していた。

 何かを探しているかのような手つきで、ぐちゃぐちゃと小祈の中を掻き回し続ける。


 人間とは、酷い苦しみを味わうと鳴らしたことのないような音を発せられるらしい。

 喉の奥から強制的に絞り出される濁った声は、確実に喉を傷めつけている。


 自分の中に、他に何があるというのか。

 考えたくても、与えられる苦しみに思考力が奪われていく。


 一体、いつまで続くのだろう。

 異世界に来てからひどいことばかりなようにさえ思えてしまう。

 自分はどこにいても幸せになれない、と暗いものばかりが心へと落ちていく。


ああ(ロロ)感じる(・トヤベル)……感じるぞ(・トヤベルバ)! 我が(ヨド・)欠片の(トティオ・マ)気配を(・ティソレ・ヨ)!」


 男が歓喜に震えたように笑っている。

 

そうだ(ハルゴ)セイレーン(セイレッネ)もっと(ナーカ・)闇を(ンネ・ユ)感じるのだ(・トヤベルマゴ)お前が(ラノリ・ド)闇を(・ンネ・ユ)感じるほど(・トヤベルサガ)気配が(ティソレ・ド)強くなる(・クワトゥモウ)!」


 彼が探している物は、小祈の心に暗いものが落ちれば落ちるほど見つけやすいらしい。


 ──見つかってはいけない。


 小祈の中にあるそれが男の手に渡ったとき、大変なことが起こる。

 予感ではなく、間違いなく起こると小祈の中にいる知らない自分が叫んでいる。


 いや、もう知らない自分ではない。

 セイレーンだ。小祈に呼びかけていたのは、自分の前世の姿──セイレーンだ。


さあ(ホロ)この(タノ・)いにしえの(レメヘリ・マ)喰み痕(・ソネロマ)から(・トオ)始めようか(・ソベニワルト)復活への(スートク・シマ)第一歩を(ゴレレーパ・ユ)!」


 心を闇に染めてはいけない。

 ──だけど、もう苦しい。この苦しみから逃れられるなら、喜んで差し出してしまいたい。


 だって、誰も助けに来ない。

 早く助けて欲しいと願っているのに。

 ──そうだ、あの人がいけないんだ。

 あの人が、アルヴァが、自分を置いて行ってしまうから。


 あの人だけが私に優しくしてくれたのに。

 私の知らないこと、まだまだ教えてくれるって、不安も全部拭ってくれると思ったのに。


(……いっそ死にたい)


 闇が心を覆い尽くしていく。

 光はどこにもない。あるのは小祈を見下ろす、妖しい金色の輝きだけ。


 身を明け渡そうと、小祈は目を閉じた。


 すると──太陽の光に晒されて滴る水と共に燦々と輝く銀糸の髪が見えた。

 青空の下でもその美しさは失われない、薄青の相貌。


 瞼の裏に描かれたその姿が、心の中を占領し始めた闇を追い払っていく。


 まるで希望の光というかのように。

 小祈はほとんど無意識に、自身の中を探る男の腕を掴んでいた。


させ(ホヒ)……ない(モレ)……っ!」


 妖しい金色の瞳が大きく見開かれる。

 そしてすぐに地を這うような低い響きの哄笑があたりに満ちていく。


抗うか(ロオドル・ト)セイレーン(セイレッネ)おもしろい(ラナヘアレ)力比べ(ケトオトゥオジ)といこうか(・カレタルト)!」


 自分の中にあるものを奪わせてはいけない。

 そうなってしまえば、きっと()の身も安全ではなくなってしまうから。


 異世界の人なのに、随分前から知っているような不思議な感情を抱いてしまう彼を心の底から護りたい。

 その一心で小祈は動いていた。

 先ほどまで弱気になっていた心はもういない。

 小祈の中を満たしていたのは、彼という名の光だった。

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