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行方知れず

 コノリたちを置いてきた族長邸までの道のりは、ゆるやかな登り坂だ。

 走り続けるには辛い道中だと分かっていても、それでも足は止められない。


 どうか無事でいて欲しいという願いも虚しく、族長邸に戻ったアルヴァルクを出迎えたのは一匹だけだった。


「アルヴァ! ……アルヴァァアアアアアア!」


 飼い主の帰りをずっと待っていたのだろう。こちらを見つけるなり飛びついてきたレオルカの勢いに、危うくひっくり返るところだった。


「お、おせーんだヨ! ほんとにほんとに、おせーんだヨ!」


 主人を見つけて安心しきった相棒の顔を見るのは初めてだ。

 レオルカの様子にただならぬ事態が起きたことを察する。レオルカが一人でいる時点で、何があったのかは明白だった。


「こ、コノリが! 黒いのに、黒いヤツの中に、消えちまっタ!」

「──クソッ!」


 やはり置いていくべきではなかったと、強い後悔が襲う。

 そばにいて、アルヴァルク自身の手で護ってやるべきだった。彼女は自分を信頼して、旅の同行者に指名してくれたというのに。


 アルヴァルクは周囲の様子を伺う。

 族長邸はヴァン=プル・クラークの騎士たちであふれている。

 それから邸の中にいた者たちが外で治療を受けていた。ある者は毛布に包まりぶるぶると震え、ある者は冷静を保ってはいるものの顔色はすこぶる悪かった。騎士の中でも治癒を専門とする癒者(ゆしゃ)が、すでに対応をしている。


 アルヴァルクはカトルの姿を見つけた。人だまりの奥で、上級騎士から聴取されているようだ。

 カトルの顔色もひどく悪い。おそらく彼も何かしらの被害を受けたのだろう。

 腰に巻いていた上着を急いで羽織り、アルヴァルクは二人に声を掛けた。


「おい、一体何があった?」

「アルヴァルク第三王子……! 申し訳ありません……護衛もやられてしまい、フラル=ジェヴァ様が……」

「俺の責任だ。アンタが詫びる必要はねぇ」


 カトルに彼女を任せたのは自分だ。役目を放棄して起きた事態の責任はこちらにある。

 苦々しい思いが胸の奥に広がる。そばにいたら守れたかもしれないと、屋敷までの道中で何度考えただろう。

 だが、この後悔をずっと胸に留めておく気はない。


「アルヴァルク第三王子! お初にお目にかかります。私はヴァン=プル・クラークの長ドワン・ミフィンです!」


 アルヴァルクの存在に気付いたドワンの言葉を聞ききつけた周囲から、「あの第三王子?」と驚いたような呟きがちらほらと上がる。

 高貴である称号が与えられた家門や上級の位を持つ者だけが参加する式典には顔を出すのに、下級の位を持つ者や一般民衆の前には一切姿を見せない第三王子。

 各組織の中で、上級の位を与えられるのはほんの一握り。下級騎士が多い中で驚きの声が上がるのも無理はなかった。


「ご苦労、ドワン騎士長。状況を報告してくれ」

忠誠の紫を掲げよピス・ティス・ヴィレル!」


 紫色の籠手に包まれた掌をアルヴァルクに向けるように胸の前で広げ、了承の意が返ってきた。


 ▼▽▼


「音もなく静かに……か」


 聞かされた言葉を反芻するかのような呟きを落とす。

 ドワンから状況の報告を受けたあと、アルヴァルクは小祈たちが使っていた客室に移動していた。


 彼の報告とおり、部屋を始めとする族長邸内には目立った損傷は見られなかった。

 客室は誰かが滞在した痕跡──寝台の僅かな乱れや、円卓の上の食べ散らかしがそのままにされている程度で荒れてもいない。


 ここが、彼女が連れ去られた現場だった。

 僅かに残るコノリの痕跡に胸がちくちくと痛む。


「はい。私は執務室にいたのですが……気付いたときには足元から闇が迫っていて」


 苦々しい声に振り返ると、いまだ顔色の悪いカトルが長椅子に座っていた。


「慌てて部屋を出ましたが、人の気配を感じられないほどの静けさで……そのときにはもう、屋敷全体で事が起こっていたようです」

「悲鳴とか、なんにも聞こえなかったんだゾ! オレたちも、コノリがメシのおかわり頼みに行くまで気付かなかったんダ!」

「なるほど。あのときとまったく同じだな……」


 コノリが召喚された後を見計らったかのように現れた、あの黒い集団が過る。

 あのときも彼らは音もなく祭儀殿へと侵入し、突如として姿を現した。


 まるで闇から生まれたかのように。


「……もしかしたらアイツら、普通とは違う力みてーなモンがあるかもしれねぇな」


 例えば闇そのものに身体を変化させられるなど。

 凶暴化現象はあの黒い集団と関連があるのかもしれないと、アルヴァルクは考えた。


「……実は私、多少は水聖術の心得があるのですが……あれは絶対に、違います。あんなこと、水聖術では成し得ない……!」


 アルヴァルクの言葉を拾ったカトルが、苦しそうに顔を歪めていた。

 そのときの事を思い出してしまったのか、頭を抱え込みながら椅子の上で蹲ってしまう。


「おい、大丈夫か──」

「あの闇に覆われたとき、些細なものから大きなものまで、とにかく嫌なことばかり思い出させられました。繰り返し繰り返し、何度も何度も悲しい思いにさせられて、そのうち嫌な想像しかできなくなって……何をしてもうまくいかないと絶望して……死にたくなる。まるで心まで、闇に囚われてしまったかのように、死にたい死にたい死にたい死にたいって……!!」

「カトル、落ち着け!」


 これ以上はいけないと大声を出せば、カトルは我に返った。

 まだ冷静な部分が残っているとはいえ、彼も限界のようだ。

 先程のことを繰り返せば、カトルの心が壊れかねない。


「……申し訳、ありません。取り乱して、しまい……」

「おかげで相当やべぇってことが分かったわ。無理させて悪かった。あとは休んでくれ」

「……これから、どう、されるのですか」

「当然、奴らを追うさ。大事なモンは取り返さなきゃな」


 しかし、正直に言ってまだ情報が足りない。

 ここで分かったことといえば、出没が自在である集団の得体の知れなさのみ。


 彼らは消えたあとどこへ向かったのか、コノリをどこへ連れ去ったのか、肝心なところが判明していない。

 一応、ドワンにはコノリ捜索を指示している。現在、プル・クラーク内で騎士たちが情報を集めているところだろう。


 しかし、このまま報告を待っているだけというのは性に合わない。

 なので、アルヴァルク自身もこれから外に繰り出すつもりでいた。


「……あの……クヴァリー様の……こと、なのですが」

「……そういえばまだ戻って来てねぇみたいだな」


 アルヴァルクたちが訪れたときから不在にしている、プルディアの長クヴァリー・メデュー。

 この緊急事態でも、その姿をちらりとも見かけない。


「さすがに……長く戻らないのは、おかしいと思うんです。この、襲撃のこともありますし……もしかしたら何かあったのかも、しれません」

「……確かにその可能性は否めねぇな」


 ガント採貝場は現在、ザゼ=グランポポルの占拠により封鎖中だ。

 そこの様子を見に行ったのだというのだから、もしかしたら襲われてしまい、怪我で動けなくなっている可能性がある。


「分かった。俺は採貝場へに向かう」

「よろしく、頼みます……」


 何も情報がない今、そこへ向かうというのもひとつの手である。

 これで目的地は決まりだ。

 あとはそこにコノリがいることを祈るのみだった。


「騎士の、同伴はどうされますか?」

「あー……」


 カトルから尋ねられてアルヴァルクは言葉を濁した。

 本来であれば第三王子である自分も護られる側だ。

 しかし、アルヴァルクは今までレオルカ以外の伴を連れて歩いたことなどなかった。


「……まぁ、任せるわ。何かあれば、レオルカのヤツを飛ばすし」

「お? おぅ! 任せロ!」


 “はぐれ”は“はぐれ“らしく群れには入らない。


 いつもなら不要だとはっきり告げていただろう。

 だが、返事を曖昧にしておいた。

 今はコノリのこともあるからだ。


 彼女は必ず助け出す。

 そのために必要ならば進んで力を借りたいが、本音を言えば真っ先に彼女を見つけるのは自分がいいだけだった。

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