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行き先は知らない ②

「ひーまーだーナァー……」

「……そだね……」


 プルディアの長はいまだ帰らず、部屋に落ちるは暇を持て余した二つの呟き。

 小祈はベッドの上に転がり、つんつんとしたたてがみを持った不思議生物──レオルカはひっくり返ってぷかぷかと宙を泳いでいた。


「……腹減ったナァ」

「……まだ食べ足りないんだ……」


 レオルカのぼやきを拾って、小祈は苦笑しながら身体を起こした。

 滞在中はここを使ってくれと案内された部屋は、やはり青を基調とした調度品が並ぶ部屋。

 貝殻のような絵柄が彫られたテーブルの上には、使いの人が持ってきてくれた軽食の残骸がある。


 そう、残骸だ。


 一日ぶりの食事だというのに、小祈は慣れない味に食が進まなかった。それでほとんどをレオルカにあげることにしたのだが、どうも足りなかったらしい。

 試しにいつもどれくらい食べるのかと尋ねたら、少し悩んだ後で「たくさん!」と抽象的な答えを元気いっぱいに返されている。


「……レオルカの、ごはんは、いつもどうしてるの?」

「ン―? 狩り行って好きなだけ食ったりすることもあるけど、たまにアルヴァと飯行って食うこともあるゼ!」

「……そう、なんだ……」


 レオルカが出した名前にちくりと胸が痛む。

 ここまで一緒に来たが、今はいない人。

 考えないようにしても、どうしても気になってしまう人。


「……ねぇ、レオルカ」

「なんダ?」

「……ぁの、アル……アルヴァ、ルクさんって……い、いつも、どんな感じ、なの?」


 知ったばかりの本名を呼ぶのに、ためらいがある。

 国王との謁見の際、まさかとは思ったのだが、やはり彼があの場にいなかった第三王子だったのだ。

 小祈が我儘を告げたあと、国王が要望を受け入れる旨を告げてくれ、それから彼が呼び出された。

 本名を知ったのは、そのときだ。

 ──もう二度と会いたくなかったと言いたげな紺碧の眼差しを、今でも忘れられない。


「どんなってどんな?」

「……その、不機嫌、に、見えたから……」

「フキゲン……? わかんねーけど、どうしたんダ?」

「……わから、ない……」


 落ち込み始めた感情の流れを悟ってくれたのだろうか。

 レオルカがころんと宙返りをして、そよそよと小祈の隣に降りてきた。


 ぬいぐるみを抱くようにレオルカをそっと寄せると、ざらついた鮫肌が頬に当たり、たてがみがつんつんと顔を突いてきた。

 でも、気にはしない。彼の大きさは、寝室に置いてあるサメのぬいぐるみにサイズ感が似ていた。だから、そばに来てくれるとついつい抱き締めたくなってしまう。


「……私、何か、しちゃったのかな」

「アルヴァとケンカしたのカ?」

「うぅん……違う、けど。話しかけても……冷たい感じがする。目も合わせてくれないから……嫌われちゃった……んだと、思う」


 小祈にとって喧嘩というものは、殴り合いのイメージが強い。

 まだ出会って間もない相手と殴り合うなんて小祈には難しいことだ。

 それにまだお互いの事をそれほど知ってはいないのだから、そもそも喧嘩のしようないのだが。誰かと喧嘩したこともない小祈には、状況説明のために相応しい単語がそれ以外思いつかなかった。


 アルヴァルクはずっと不機嫌だ。

 二度目の再会から、本当にずっと目が合わないでいる。


 ナウィム・カエムとい名の、クジラに似た形の飛行船に乗り込んだときも。

 それが飛行中も、目的地に到着したときも、ずっとずっと小祈と目を合わせてくれない。

 意識して避けられているのは明らかだった。何故なら、目が合ったと思ったらすぐに逸らされてしまうから。


 自分を助けてくれたときとは違う。

 自分を見つけてくれたときとも違う。

 突然変わった態度に小祈は戸惑っていた。


(……やっぱり、あのときがだめだったのかな……)


 思い当たるものがあるとすれば、それはやはりあの刹那のひとときしかない。

 吸い寄せられるように触れ合いかけたあの瞬間は、今でも鮮明に思い出せる。

 小祈の中では、大事なものを手にしたときのような出来事として記憶に刻まれているからだ。


 せっかく会えたのにと、知らない自分が顔を出して心を苦しめてくる。

 自分でさえ把握できていない場所で根付くこの想いは、一体どこに持っていけばいいのだろう。


 まるで氷の息吹を吹き込まれたかのように胸の奥が冷たかった。

 身体が凍えそうな錯覚がして、レオルカをぎゅっと抱き締める。


「ケンカしてないなら、大丈夫じゃねー?」

「……どうして?」

「ンー……わかんねーケド。でも、アルヴァ、好きなモンは最後に食うんだゼ!」

「……え?」


 脈略のないレオルカの話にきょとんと首を傾げる。

 言葉は話せても、言葉を巧みに扱えるかは人でも同じ。一生懸命何かを訴えようと、おそらく少ない語彙からレオルカは言葉を弾き出そうとしてくれている。


「どれだけうまそーでもカイソーから食って、シィブゥのブランレーヌは絶対最後まで食わないんだゼ! ヒトクチも! シィモウのテリッカは普通に食ってるのに! だから、絶対そうなんだゼ!」

「ぶ、ぶらんれ……? ご、ごめん、それはなんのこと?」

「んえ? うーん、えーとな、うーんとなぁ……肉をグチャグチャってして、コロコロってして、ベチャってして焼いたヤツ!」

「……ぅ、うん……?」

「だからな、だからな、えーっと、そうダ! きっと、最後に食うつもりなんだゼ! きっと!」

「食う」


 あんなに美しい人でおまけに地位も高い。

 彼が第三王子だったことには驚いたが、地位も容姿も恵まれているとなれば異性が放っておかないだろう。

 そう思っていたからか、小祈は食うの意味を少し違う方に捉えそうになってしまった。

 そして、結局のところブランレーヌもテリッカの正体も分からなかった。


「いや、食うじゃねーナ。んーと……仲良く?」


 レオルカの言葉は要領を得ないが、なんとなく分かってきた──ような気がする。

 アルヴァルクは楽しみをあとに取っていると言いたいのだろう。たぶん。

 その楽しみというのは、小祈と交流することを指す。

 だからきっとそのつもりだから、アルヴァルクは決して小祈が嫌いではないと言いたいのだ。たぶん。


「……ふふっ」

「あっ、何で笑うんダー!? オレ、面白いコト言ってないゾ!」

「んふふっ、ごめ……一生懸命、な、レオルカが、可愛くって……ふふふっ」


 レオルカなりの気遣いが、とてもとてもくすぐったい。

 今まで誰にも触れられたことのない心の裏側を撫でられたかのようだ。笑みが次から次へとこみ上げてきてしまう。


「なんだヨー! ぎゅってさせてやんないゾ!」

「ふふ、ごめん、……ごめん……ふふっ」


 レオルカは笑い続ける小祈にぷんぷんしつつも、そばを離れなかった。代わりに尾ヒレで太ももをぺしぺしと叩かれる。


「……そうだったら、いいな」

「何がダ?」

「……アルヴァ、ルクさんのこと。……もうすぐ、帰ってくるかな」

「そうだナー、もう暇だしナー! オレ、腹ペコだゼ!」


 グォオオ……とモンスターの呻き声のような音が立つ。レオルカの腹の音だ。

 それにつられるように、小祈の腹もきゅるりと切ない音を立てた。


「……おかわり、頼んだら、もらえるかな? ……私も、食べたくなってきた」

「オゥ! おかわり!」


 落ち込んだ感情が少し回復すると、不思議とお腹が空き始める。

 食べ慣れない味ではあったが、食べられない味ではない。ちょっと塩気が多いような気がするけれど。


 アルヴァルクを気にしていたから、食欲が追いつかなかったのだろう。

 きゅう、ともう一度泣いた腹を擦りながら小祈はベッドを降りた。


「……じゃ、頼みに……行く?」

「オゥ!」


 すっかり食欲のスイッチが入ってしまったのか、レオルカがヒレを羽根のようにぴちぴちと震わせている。瞳に宿るのは、爛々としたきらめきだ。


 レオルカがいてくれてよかった。いなかったら、向こうでは慣れていた孤独に押し潰されていたかもしれない。


(ブランレーヌも、テリッカも……また、アルヴァルクさんが教えてくれるかな)


 そんな希望を抱きながらレオルカの頭を撫でて、小祈はドアの方へと歩いて行った。

 カトルが護衛として手配してくれた人が、二人ほどドアの向こうに立っているはずだ。

 何か用事の際は護衛を通じて、と先ほど軽食を運んできてくれた使いの人が言っていた。

 話しかけるのは少し緊張するが、食事の追加をお願いするべくドアを開ける。


 ドアを押して開いた向こうには、誰も立っていなかった。

 いや、誰かが立っていたとしても分からない。

 この世界の空よりも、途轍もなく深い暗闇が広がっていたからだ。


「……え」


 コルチェ球が灯す明かりでさえ見当たらない。

 まるで光もすべて飲み込んでしまったかのような闇が広がっている。


 一体何が起きているのか、それを考える前に闇が手を伸ばしてきた。

 闇は小祈の腰を抱き、包み込むように全身を覆う。


 逃げる隙など一瞬もなかった。


「コノリ!? コノ────」


 レオルカの叫ぶ声もあっという間に飲まれて、小祈は闇の中へと連れ去られていた。

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