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戸惑いの空間 ②

 シャワーを浴びているあいだに、彼は本当に着替えを用意してくれたらしい。

 替えの服とタオルらしき大判の布が、畳まれた状態でドアの外に置いてあったのだ。

 小祈の服からは潮と生臭さが香る。ありがたく借りることに決めた。


 彼が用意してくれたのは、黄色の刺繍で縁が飾られた薄緑色のTシャツと薄灰色のハーフパンツだった。

 だが、小祈より頭ひとつ分背の高い彼の私物だ。着用してみるとやはり大きかった。

 ハーフパンツに至っては、穿き口をぎゅっと絞らなければずり落ちてしまいそうだし、脚も長いのか小祈が穿けばクロップド丈のパンツだ。

 襟ぐりは前も後ろも緩やかな半楕円を広く描き、前側には半楕円の中央に留め具。そこからなぜか切れ目が入っている。着てみると、スリットは胸下あたりにまで伸びていた。


(……こっちが前でいいんだよね……?)


 着用感が心許ない気がするが、贅沢は言えない。

 まだ乾ききっていない前髪を下ろし、元の服をくるくると丸めて脇に抱える。意を決してドアの向こうへと足を踏み出した。


 あたたまった身体に、涼やかさのある空気が纏わりつく。

 この世界特有の空気だろうか。涼やかさの中にほんのりとした湿っ気があるように思う。だが、梅雨の時期に感じるような嫌な湿っぽさではない。


 青一色が広がる中に、銀混じりの金光が部屋を照らしている。

 小祈に用意された部屋にもあったあの丸い球が放っているようだ。

 あの部屋はある程度の家具が整然と設置されていたが、ここは彼の自室だと言う割には物が少ない。


 あるのは──青一色の中ではとても目立つ赤い珊瑚のようなものが生えた鉢と、全身を映せるような大きな鏡。それから丸形のベッドに円筒状の箱。そして丸い窓。あと、なんらかの設備。

 部屋は召喚されたあの場所のような半球型で、床も円型のようだ。その円の中心あたりで、部屋の主が座っていた。

 髪は解いてしまったのか、垂れ落ちた長い銀色が彼の背中を覆っている。

 銀糸を掻き分けるように生え出ている濃紺の背ヒレが目に留まった。


「あ、あの。……あ、ありがとう、ございまし、た……」

「おう。オフロ、使い方分かったか?」


 おそるおそる声をかけてみると、こちらの言葉を使って返事をしてくれた。先ほど設備の使い方を聞いたときに教えたのだ。


「は、はい。せっけ──む、ムゥクの実も、大丈夫、でした」

「そりゃよかった」


 しかし、彼はこちらを振り返りもしないで言う。

 丸いテーブルの前に座っている彼は、白い何かを手にしている。湯呑みのような円筒状のものだ。それを口元へと運び傾けているのを見るに、何かを飲んでいるらしい。

 彼の背ビレから、邪魔をして欲しくなさそうな雰囲気が感じ取れる。


 やはり、自分がここにいるのは困るのだろう。ちくりと胸が痛む。襟元で作った拳を握りしめた。

 ここで一言「部屋に戻ります」と告げればいい。

 だが、何も言葉にできない。


「どうした? ……よかったら座れよ」


 それは気遣いか、それとも社交辞令というものか。

 人との交流経験に乏しい人間には判断がつかない。

 しかし、どうせ部屋に戻ったところでひとりぼっちだ。何も分からないまま戻っても、結局落ち着けはしないだろう。

 少し迷ったあとで、小祈は内なる声に従うことにした。


 素足のままぺたぺたと移動し、しばし逡巡する。次の問題が現れた。果たしてどこに座るのが正解か。

 とりあえず──と腰を下ろす場所に選んだのは、彼の隣だった。一応、一人分ほどのスペースは空けてある。

 まさか隣に来るとは思っていなかったのか、彼が意外そうな眼差しをこちらに向けてきた。


 ディープブルーの瞳に小祈を映し、大きく目を見開く。それから視線が下へ──と思ったその直後、彼はそっぽを向いた。

 視線を逸らされた瞬間、重たい感覚がずしっと胸の奥に広がった。


 やはり帰るべきだっただろうか。泣きたい気持ちになって小祈は俯く。

 長い前髪の向こうで、彼が立ち上がる気配。そのまま気配は遠ざかっていった──と思ったら、何事かごそごそとしたあとですぐに戻ってきた。


 すると、頭の上から布のような何かがばさりと落ちてくる。長い前髪越しに見える景色に緑色が加わっていた。

 頭の布を取って広げてみると、それは上着のようだった。

 ポンチョのような形状に見えるが、腕を通せる袖がある。縁や裾には、サメの背ビレを思わせるような三角の染め柄が並ぶ。


 これはどういうことだろう、と小祈は彼を見上げる。

 彼は小祈から顔を背けながら、ぽつりとこう言った。


「フラル・ズエラとこっちじゃ、服の造りが違うみてぇだな」

「ふぉ、ふぉる? え……?」

「オレたちフィニディアの服には、背ビレを通す切れ目があって──つまり、それ前後ろ逆なんだわ。……悪ぃな言わなくて」


 彼の言葉を理解するまでに要した時間は、約十秒。

 ハッと我に返り、自分自身を見下ろした。

 座った拍子にシャツが膨らんで、切れ目が開かれていた。素肌がまる見えである。

 彼が貸してくれた着替えの中に、当然ながら下着の類は見当たらなかった。なので、小祈は素肌の上からシャツを被っている状態だ。

 切れ目から覗いている素肌。彼の目から見えていたであろう角度を想像して、全身がかっと熱くなった。


(み、み、見えちゃった……かな……)


 火が出ていてもおかしくないほどに頬が熱い。とんでもない失態を犯していたという衝撃は、小祈には大き過ぎた。

 気を遣われたことに感謝する反面、猛省しなければならない。

 単なるそういうデザインのものだと思って油断してしまった。胸元で切れ目が入っていると、こういうことが起こり得るらしい。持っている上衣はすべてTシャツである小祈には思い至らなかった。

 与えられた上着を被ったその中でごそごそと袖から腕を抜く。くるりと回して、逆だという前後を直す。

 上着は紐で前を閉じれるような造りだったので、しっかりと結んだ。


 そのあいだ、彼はこちらを見ないように配慮してくれていた。顔を背けたまま湯呑みを運び、何かを飲む動作を繰り返す。

 静かで気まずい空気が流れていた。


「…………あ、あの」

「なんだ?」

「そ、それ。な、なにをの、飲んで……るんです、か?」


 普段の小祈であれば、気まずい空気が流れる中ではずっと黙っていただろう。

 声をかけるかかけないか悩んで、そうして答えを出す前にその機会を失う。これまでずっとそれを繰り返してきた。

 なのに、今はいつもより勇気がある。極々小さな、でも普段の小祈からすればとても大きな勇気だった。


「これか? アルプイプスだ」

「あ、ある?」

「そっちにはねぇの?」


 聞き慣れない単語に首を傾げた。

 すると彼は何やら「あー」と考え込むような声を出す。

 きっと言葉を選んでくれているのだろうと、小祈は思った。住む世界が違う自分に伝わるよう説明するために。


「あー……飲むと、こう……ぐあーって喉が焼けるような感じがすっけど、うまいやつ。ラポムとかの甘い実を絞り出して汁にして、そんで飲み過ぎると酔っぱらっちまう……」

「らぽむ……? あ……も、もしかして、お、お酒のこと?」

「オサケ?」


 今度は彼が首を傾げる番だった。


「じゃあそれ、オサケだな。今の説明で、アンタが知ってるやつに近いモンがあるならそれだろ」


 彼がニカッと歯を見せて微笑む。

 噛まれたら痛そうなギザギザの歯が覗いている。美しい顔立ちをしていながら歯だけは凶器のようで、でもそのアンバランスさに小祈は見惚れてしまった。

 胸が、心臓がぎゅっと締まって苦しい。


 ──知りたい。彼のことをもっと。

 内なる自分がそう言っていた。


「あ、あの。そ、そ、その」

「今度はなんだよ? オレは別にアンタを取って食ったりしねぇし。そんな慌てなくてもゆっくり喋りゃいいさ」


 話し出すとき、小祈はいつもどもってしまう。これは昔からの癖というか、長年の孤独生活によって培われたものである。

 おかげで、誰かに話しかけるときには極度に緊張するようになってしまった。

 友達と呼べる人はおらず、家族とも誰とも会話をしない日なんて日常茶飯事だからだ。コンビニの店員に「お箸をください」と言うだけでも時間がかかる。

 そういうとき、大抵の人は嫌な顔をした。苛ただしそうに小祈を見つめて「用があるならさっさと言え」と無言の圧を送ってくる。するともう何も言えなくなり、諦めてしまう。


 なのに彼は優しい。言葉を詰まらせる小祈に苦笑しながらも、気遣いを掛けてくれる。

 そういえば部屋に来る前も、そうだった。自分としっかり目を合わせようとしながら、優しく気遣ってくれた。

 彼のような人は、生まれて初めてだ。


「あの……あな、あなたの、な、な、名前……が、し、知りたい、です」


 ようやく紡ぎ出せた言葉に、彼は瞳を大きく見開いた。

 そんなにも意外だっただろうか。

 すると彼はぷはっと噴き出し、笑い出した。


「それ、今になって聞く? なんなら、オレに会いに来たって言ってたときに聞いてくれてもよかったろ」

「あ、う……そ、その……お礼、言いたいって、そ、そればっかり、かん、考えてた、から……」

「そんだけ熱心に思ってくれたんなら、助けた甲斐があるってモンだ」


 彼はひとしきり笑ってみせてくれたあと、湯呑みの中にある残りを一気に飲み干し立ち上がる。湯呑みを持ったまま、壁際にあったよく分からない設備が並んだところへと歩いていく。

 カタン、キュポン、コトン、そしてトポトポ。いくつか小気味のいい音を鳴らしたあとで、彼は戻ってきた。

 その青白い手には、彼が持っていた湯呑みと同じ物がもうひとつ。


「そういうアンタは?」

「え?」

「え、じゃなくてよ。オレの名前が知りたいんなら、アンタの名前も教えてくれよ」

「あ、あ、えっと……龍海……小祈、です……」

「タト……?」


 再び首を傾げた彼を見て、小祈は失敗したと思った。

 ここは異世界だ。海外のように名前、姓の順に名乗るべきだっただろうか。しかし正解は分からない。


「こ、小祈、でいいです……」

「──そんじゃ、コノリ。これをどうぞっと」


 ひとまず名前だけ伝えると、目の前に白色の湯呑みが置かれる。

 中を覗き込むと、桜のようなピンク色の液体に満たされていた。


「遠路はるばるアティル・ズエラへようこそおいでくださった、フラルジェバ・コノリ」

「ふら……?」

「オレは──アルヴァ、でいい。よかったら、オサケをどうぞ」


 紺碧の眼差しが、飲んでみろと促してくる。

 彼──アルヴァの言葉から察するに、所謂ウェルカムドリンクというものなのだろう。

 そういえば、この世界に来てから小祈はまだ何も口にしていない。水も食料も。

 なのにそこまで空腹を感じていない──ということは、この世界に来てからまだそんなに時間が経っていないのかもしれない。


 白い湯呑みを手に取ってみると、石のような硬質さがあった。

 冷たくひんやりとした感触が気持ちいい。湯呑みを手にしたまま、しばし揺れる桜色の液体を見下ろす。


「味は保証する。なんてったって、オレのお気に入りだからな」


 小祈を後押しするかのように、アルヴァが二ッと口角を持ち上げて笑う。

 生まれて初めての飲酒だ。果たしてどんな味がするのか──ドキドキしながら口を付けた。


 まず甘味、それから微かな塩味といった風味が広がる。

 自身の知る物に例えるとすれば、しばらく塩水に浸していた林檎の味に似ているかもしれない。

 風味が口腔内いっぱいへと広がって、喉の奥へと流れ込む。

 彼の言った「ぐあーっと焼けるような」感じが喉でしたところで、小祈は咽込んだ。


「おい、大丈夫か? そんなに思い切って飲まねぇでもよかったのに」

「ぐ、けほっ、けほっ! だい、じょ、……っです、けほっけほっ!」


 初めての飲酒でせっかくの酒を吐き出すという失態からは免れたが、喉を焼かれるような感覚が想像よりも強かったせいである。


「お、おいし、かった、です」

「そんな状態で言われてもなぁ? 本当かよ」


 笑いながら疑いの目を向けられる。しかし本心なので、こくこくと一生懸命に頷いておいた。

 すると伝わったのか、「大袈裟だな」と笑われる。


「あの、は、はじ、はじめて、お酒、飲みました」

「はじめて? アンタ、歳は?」

「えっと……は、はたち……」

「ハタチ?」

「え、えっと……に、にじゅ……」


 言い直そうとして、留まる。通じない可能性に思い至ったからだ。伝え方を考えながら湯呑みを置き、小祈はアルヴァに向けて両手を見せた。

 ディープブルーが小祈の手を捕捉する。それを確認してから、ゆっくりと右手の親指から小指へ、そして左手の親指から小指へと順番に指を曲げていく。一巡したところで今度は逆から同じことをする。

 思いついた方法は、順に指折りして見せることだった。


「わ、わかり、ましたか?」


 彼の反応をじっと待つ。

 小祈が指折りをしているあいだ、彼は黙って見守ってくれていた。


「たぶん、同じだわ。オレも、それだ。二十だろ?」


 アルヴァの両腕が持ち上がる。次の瞬間には、掲げたままでいた小祈の両掌にひと回り大きな掌が添えられていた。

 薄青の手が小祈の手を包み込む。先ほどこちらがやってみせたことを再現するかのように、小祈の指を順に折り曲げてやりながら。


 そのあいだ、彼が紡ぐカウントアップが小祈の耳へと届いていた。

 聞いていたいのに集中できない。意識がどうしても彼の手の温度に注目してしまう。


 自身の手に被さる薄青の手をじっと見下ろす。

 骨格はこちらの人間とそっくりのようで、小祈と同じように指が五本ある。

 ごつごつと節張った手だ。指を曲げたときに見られる付け根の骨が、男性の喉仏のように強く存在を主張していた。

 折り曲げた小祈の指を押し上げるようにアルヴァの指が伸ばされる。広がった指間──みずかきは人間(自分)のものよりも大きいように思った。

 彼は背中にヒレもある。よく見てみると、彼の腕の側面に魚鱗のようなものが折り重なって並んでいるのが確認できた。

 アルヴァは所謂、魚人という種族なのだろうか。そういえば先ほど、ふぃ──なんちゃらと種族名と思われる単語を言っていたような気がする。

 あれこれと思考を巡らせるが、自分から鳴る音が邪魔をしてくるものだからどうしようもない。

 ──ああ、心臓の音ってこんなにもうるさく響くのか。


「わかったか?」

「あっ、え、あの、うん……」

「どっちの反応だよ」


 わたわたとする小祈を見て、アルヴァが楽しそうに笑う。

 彼の笑みを見た瞬間に襲ってきたのは、心臓を鷲掴みにされたかのような衝動だった。

 かあっと頬が熱くなる。

 ばくん、ばくんと強くなった鼓動が先ほどから苦しくて、そしてうるさい。本当にうるさいのだ。アルヴァにまで聞こえてしまったら一体どうしてくれる。

 鼓動を押さえるかのように胸元で拳を握りながら、小祈は俯いた。

 前髪を伸ばしていてよかった。これできっと、顔の紅潮に気づかれない。

 

「……あ、あの。お、同い年、なんですか?」

「ああ、どうやら同じみてぇだな」

「わ、私がいた世界と、ほとんど同じ、こ、言葉を、使うみたい、ですね」

「言葉が通じるってことはそうらしいな。でも、たまに通じねぇ単語とかあるみてーだけど」

「そ、そうなん、です。それが、知りたくて……」


 アルヴァ曰く、この世界の固有名詞のほとんどは古典語を語源としているそうだ。

 元々は種族ごとに言語も別々だったらしい。統一するにあたって今の形態に落ち着いたが、一部は古典語のまま使われているとのことだ。

 試しにこの世界の文字を書いてみてもらったが、見たことのない形状だった。会話は通じるが、文章となると難しいらしい。


「あ、あの、さっき言ってた、ふぃ、ふぃに……?」

「フィニディア? オレのような背ビレのある種族をそう呼んでる。ちなみに、意味はそのまんま『ヒレのある者』な」

「ヒレのある……者……じゃ、じゃあ、あの言葉は、なんて、いう意味ですか?」

「どの言葉だ?」

「ふ、ふらる、じぇば……?」


 それは、あのサメのような何かと出会ったときから何度も聞いた単語だ。

 ようやく機会が訪れた。おそらく小祈のことを示しているであろう、あの単語の意味をようやく知ることができる。

 アルヴァと同じくらい気になっていたことだ。

 きっとこれの意味を知れば、自分がこの世界へと連れてこられた理由が分かるはず──。


「アンタ、ティアハイレンから何も聞かされてねぇの?」

「てぃあ、はいれん、って……?」

「アイツだよ。……コノリを預けたあの……こんなふうに緑色の髪を編んでる陰険そうなヤツ」

「い、いんけん……」


 陰険かどうかはさておき。

 アルヴァが自身の長い髪を使ってまで教えてくれた人物に、心当たる者は一人しかいなかった。

 小祈を部屋まで案内してくれたあの男性のことだ。

 素っ気なくて言葉にツンとした刺々しさを感じたので、小祈にとっては苦手なタイプに該当する。


 首を振って「何も知らない」ことを示すと、ため息混じりに「マジかよ」と漏らす声が聞こえてきた。

 アルヴァの様子を窺うと、口をへの字に曲げて微妙な表情をしながらうなじを掻いている。

 面倒くさい空気を感じ取った人間がやる仕草に似ていた。


「……だ、だめ、ですか? アルヴァさんに、おしえて、もらう、のは……」

「だめっつうか……んー……」


 歯切れが悪そうにアルヴァは閉口してしまった。

 心臓の高鳴りがちくちくとした胸の痛みに変わる。

 もう、このあたりでお暇するべきだろうか。でも──まだ嫌だと内なる自分が叫んでいる。

 これは本能か、それともまったく知らない自分の意思なのか。

 どっちでもいいが、ここで引きたくはないと思っているのは確かだ。


「わ、私……あ、アルヴァ、さんがいいです。あなたに、お、教えて、欲しい、です」


 思い切って告げた。

 すると、葛藤するかのように銀色の髪をしゃかしゃかと掻き乱し始める。

 彼がそうすること数秒、再びため息を吐き出した。今度は深く深く。

 面倒くさそうな、もしくは諦めのため息か、そんなふうに聞こえた。


「……そんなふうに言われちゃ無下にできねぇよ」


 やはりだめだろうかと俯いたが、聞こえてきた彼の声に小祈は顔をぱっと上げた。


「ほ、ほんとう、ですか?」

「何にも知らねぇままでいんのも不安だろ。……まあ、しゃーねぇよ」


 ぱああっと心が明るくなっていく。

 まるで、胸の中で曇り空が散って晴れ間が広がっていくかのような。そんな明るい喜びが小祈を満たしていた。

 こんな気持ちは生まれて初めてだ。いや、アプリゲームのガチャを引いて、一回目で欲しいキャラクターを手にすることができたときのような喜びに似ているかもしれない。

 思わず膝立ちになっていた小祈は、その喜びの勢いのままアルヴァの手を取った。


「そ、それじゃ、の、の、ノートとペン、か、貸してください!」


 きょとんと彼が目を瞠る。

 そこに映った自分の眼差しは、キラキラ輝く星のエフェクトが飛んでいるかのように見えた。

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