93話 新たな侵入者
「さてヒロトに仕える従者よ! 名は確かセシリーだったな?」
「はい。セシリーと申します」
ヘルブラムの問いかけにセシリーは答えた。俺は感心した。ヘルブラムはどこかの魔王軍幹部とは違って、セシリーの名前をちゃんと覚えてくれていたようだ。
「これから俺のライバルとなるべく特訓をする訳だが‥‥‥。知識量や戦略的な頭脳で言えば既にお前の方が上だろう」
「滅相もございません」
「俺から教えられることといえば、まぁパワーと根性くらいだわな」
――たった今、少しだけ雲行きが怪しく思えたが、俺は口に出さないようにした。
パワーも根性も、まぁ大事なことではあるだろうし、ヘルブラムの特訓だからこそ得られるものもたくさんあるだろう。せっかくの機会に水を差すべきでないと判断したのだ。
「果たしてこの特訓がセシリーさんにとって吉と出るか凶と出るか‥‥‥」
‥‥‥レベリアは心配そうにしているが、さて肝心のセシリーはと言うと。
「つい先日、自らの非力さを痛感することがございました。ヒロト様のお助けがなければ、そこで命果てていたかもしれませんでした。パワーと根性‥‥‥、確かに今の私に最も必要な要素と心得ます!」
どうやら、すっかりやる気に満ちているみたいだ。
後はヘルブラムが力の加減をミスって大惨事にならないよう気をつけるだけだな。――といっても正直これが最重要事項なんだが。
前回のセシリーとの手合わせを踏まえて、ヘルブラムもある程度感覚は掴めているだろうから、そこまで心配は必要ないはずだ。多分。きっと。恐らく。いや或いは――
「ヒロト様、ご報告が」
俺の不安を遮るように耳元に囁き声が入ってきた。俺の後方にティアナが立っていたのだ。
「冒険者と思しき人間が数人、森の深部へ侵入してきています」
俺の不安を遮ったのは、また別の不安の要因となるものだった。
「‥‥‥屋敷まで侵入しそうか? そうじゃないならこっちから仕掛ける必要はないよな」
冒険者だってこの森の魔獣を討伐することで生計を立ててる訳だし、珍しいことではないはずだと思ったのだが、ティアナは静かに首を振った。
「人間が普段魔獣の討伐を行う領域を既に外れており、真っ直ぐとこちらへ向かっています」
「何だそれ? まさか勇者一党か?」
「勇者ほどの魔力は感じられません――が、それに近いレベルの魔力を持つ者が一人いるようです」
おいおいマジか。勇者レベルに強そうな奴が仲間引き連れて俺のところへ? 魔王軍幹部は人気者だな‥‥‥。今度は何の用だ?
「私とターギーさんがいれば制圧可能かと思いますが、如何致しましょうか?」
面倒だから任せてしまいたいところだが、ティアナの言う"制圧"って言葉が何を意味するのかだけが懸念だな。
――とここで、俺はとある少女との会話を思い出した。少女とは、レグリス王国の魔法使い――アズサのことである。
『もし今後君の名前を聞くことがあれば、少なくとも俺達は真っ先に攻撃しないようにしたい』
『なんとも平和主義な魔王軍幹部だな。しかし実に合理的だ』
俺とアズサの間で交わされた、"相手の口から互いの名前が出た時、攻撃せずに可能な限り話し合いで決着させよう"という口約束。
そう上手く作用することはないだろうが、もしかしたらこちらへ向かっている冒険者たちがアズサの知り合いという可能性もない訳じゃない。
「‥‥‥レベリア、セシリーのことを頼んで良いか?」
「はい、お任せください。幹部様のお役目を妨げない為の従者でございます故」
レベリアの察しの良さとこの気遣い。とても頼もしいな。
「人間の国を手中に収めての晴れやかなご帰還、心よりお待ちしております」
俺を馬鹿にする姿勢も一切崩さない訳ね‥‥‥。
俺は溜め息混じりにティアナの方へ振り返る。
「俺とティアナで向かおう。あまり大勢で圧をかけたくないし、ターギーには引き続き家事を任せることにする」
「承知致しました」
こうして俺たちは、こちらへ向かってくる冒険者たちを探るべく屋敷を出た。