89話 何のために
レグリス王国北区、冒険者ギルド。
「うーん、今日はどのクエストにしようかな〜」
個人功績序列暫定五位のミェルがクエストを選んでいる。シーズンが変わり、ミェルのランキングは六位から五位へ、クラスはA-からAへと上昇していた。
「今シーズン最高難易度のクエストは――"上位豚人の群れ掃討"‥‥‥。魔王軍の情報が得られそうなクエストは見当たらないなぁ」
一人の女性がミェルの隣に立った。
「魔王軍に興味があるの?」
この国の冒険者界隈では、ミェルは誰とも協力しない冒険者として些か異端な存在だと認識されている。
そんな自分がまさか話しかけられるとは思っておらず、ミェルは驚きで肩をびくりと震わせた。女性の方を振り向いて、見覚えがあることに気づく。
「あなたはもしかして‥‥‥ジーナさん?」
「えっ、私のこと知ってくれてるの? 超嬉しい!」
ミェルの予想は間違っていなかった。彼女の名前はジーナ=カルヴァイン。二十七歳にして個人功績序列暫定六位のAクラス冒険者である。
「個人最上位の女性冒険者! 知らない方がおかしいですよ!」
「ありがと! ‥‥‥まぁ、もうあなたに追い越されちゃったけどね。私よりずっと若いのに凄いよ! 嫉妬しちゃう」
「そんなことないです‥‥‥!」
面と向かって褒められたのでミェルは恥ずかしくなって視線を足元に移した。すっかり縮こまったその肩にポンポンと手を乗せるジーナ。
「若者が謙遜するんじゃない! もっと素直に喜びなさいな」
「あはは、ありがとうございます」
やはり気恥ずかしいミェルは、ジーナと目を合わせることができない。
「ところでミェルちゃんさ、一つ相談があるんだけど‥‥‥」
「相談‥‥‥ですか?」
ジーナの元には二人の男性が歩み寄っていた。
* * * * *
レグリス王国中央区、王国兵士団訓練場。レグリス城のすぐ東に位置するそこでは、日々兵士たちが鍛錬に励んでいる。
今はランニングが行われており、兵士たちが会話混じりに場内を走っている。
「今日も居ないんだな、兵士長」
「ここ最近はあまり顔を出さないよな」
「まぁ、何かと忙しいんだろうよ」
訓練場には指南役が数人雇われているが、兵士長ダリアは毎日必ず兵士たちの訓練に顔を出し、また自分も鍛錬を怠らない。しかし不死兵戦より以降はそうではない。
「そういえば、団長はいつ帰ってくるんだろうな?」
「ああ、アルフラウド団長。‥‥‥確かに、もう二月以上になるか」
兵士たちの話題は変わり、王国兵士団の団長であるアルフラウドについて。
「本当に気まぐれで自由な人だ。もう少しダリア兵士長を見習ってほしいよ」
「そうだな。団長に毎度振り回される"SSS"が可哀想でならない」
「"特殊最強兵団"‥‥‥。王国兵士団の最精鋭部隊という憧れはあるが、ネーミングセンスがなぁ‥‥‥」
特殊最強兵団――通称SSS。王国兵士団の兵士の内、最も高い階級である一級兵士のみで結成された王国最強の兵団。王国兵士団の役目は王国の護衛であるが、SSSはアルフラウドを指揮官として主に王国外での特別任務にあたる。
只今のアルフラウドの不在もまた、特別任務によるものであった。
「SSSを引き連れて王国外をあちこち飛び回って、団長は一体何がしたいんだ?」
「特別任務と言い張って、ただ自分が剣を振るいたいだけだろう」
「‥‥‥しかし、今回はいつにも増して長旅だなぁ」
SSSのこれまでの特別任務は数日で終えるものがほとんどであり、長くても数週間ほどだった。特別任務によるアルフラウドの不在そのものは全く珍しいことではない。かつてない長期間の不在が奇怪で、兵士たちの話題に上がったのだ。
「いつものことだが、特別任務の内容を知らされないのが惜しいな。一体どこで何をやっているのやら」
「二月ともなると、いよいよSSSが苦戦しているんだろうか?」
「それはないだろう。勇者一党に次ぐ実力とさえ謳われる一級兵士の集まりなんだから」
「となるともしや、海を渡ってどこか別の大陸まで行ってたりして!?」
――他の兵士たちが談笑に浸る一方で、黙々と走る青年コニー。彼は真面目に訓練に打ち込みながらも、一人物思いに耽っていた。
"私がやらなきゃ駄目なんです!"
あの時のミェルの言葉が脳裏に繰り返される――。
* * * * *
不死兵戦の翌日。戦いに参加した兵士たちは休息が与えられており、コニーは冒険者ギルドの酒場でミェルと食事をしていた。
「あの、コニーさん。‥‥‥本当に良いんですか?」
「ああ、昨日はミェルちゃんのおかげで不死兵を倒し切れたんだから。遠慮せず食べちゃってよ!」
「わわ、ありがとうございます!!」
コニーとミェルは共に南西区の出身で実家が近く、幼い頃から関わりがあった。
「ミェルちゃんは本当に凄いよ。冒険者になってからあっという間に一人で六位まで上がっちゃって」
「そんなことないですよ。できる限りのことをやっているだけです」
「俺なんて全然強くなれなくて、ずっとその場で足踏みしてるような感覚だよ」
「何言ってるんですか! 私なんかよりコニーさんの方が凄いですよ。国民を守るっていう立派な理由の下に頑張ってるじゃないですか」
コニーはため息混じりに渇いた笑いを出した。
「俺は自分がちゃんと役目を果たせているのか、時折不安になる。理由なんて、口にするだけなら簡単なんだよ」
ミェルは大きく首を横に振る。
「いいえ、"人のために頑張ろう"っていう意志そのものが凄いんですよ!! 私なんて自分のことしか考えていないんですよ?」
ミェルのその言葉で、コニーはミェルに対する不安感が俄然と強くなった。
「‥‥‥ミェルちゃんは、今もまだあの目的のために冒険者をやっているの?」
「もちろんです。私は必ず――――――――魔王軍に復讐をします」




