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83話 記憶の中へ

「‥‥‥は?」


「それじゃあ始めるわよ!」


「おいちょっと待――」


 俺の声は間に合わなかった。カタストロはそのオッドアイを煌めかせ、自然技能(ユニークスキル)を発動させたのである。



 《核心破壊(コアブレイク)



 その瞬間、俺の視界は暗転した――。


 身体が自由に動かせない。全身がひっくり返ったかのような、水中に沈められたかのような。急激な変化で、しかしそれでいてゆったりとした時間感覚。


 これがカタストロの自然技能(ユニークスキル)‥‥‥。カタストロから聞いた技能(スキル)の情報が正しければ、これはまだ序の口だろう。恐らくこの後に俺は精神を破壊され、死を迎えることになる。


 どうにか抜け出せないものか? 境界壁(シールド)を発動しようと試みるが、全く反応しない。どうやら一度カタストロの技能(スキル)に捕らわれると、完全に肉体の自由を奪われてしまうらしい。


 警戒を怠った俺にも非はあるが‥‥‥、あまりに唐突だった。カタストロめ、俺に一体何を見せようというのだろうか?


 しばらくして、意識が遠退いていくのを感じ始めた。‥‥‥抵抗できない。俺はそのまま意識を手放した――。



 *  *  *  *  *



「‥‥‥ト」


 何か聞こえる。


「ヒ‥‥‥ト」


 誰かの声だ。ゆったりとした優しい声、とても懐かしい声。


「ヒロト〜〜」


 ――額をツンと押されて、ヒロトは意識を取り戻した。寝起きでボヤけた視界が、徐々に鮮明になっていく。そして目の前に一人の女性の姿を認めた。


 ヒロトは目を見開いた。目の前に居る彼女は、居るはずのない人だったから。


「私の話聞いてる?」


「は、話‥‥‥?」


 そう言いながら、ヒロトは人違いではないのかと舐め回すように女性を見つめる。


 艶がかった白銀のロングヘア、優しい碧の瞳、白い肌、若干の弱々しさを感じさせる細くスラリとした体型。


「‥‥‥ねえ、その珍しいものでも見てるような目は何? 私の身体に何かついてる?」


 ヒロトの記憶に残るそのままの面影。見紛うはずがない。


「シエル‥‥‥なのか?」


 かつて冒険者としてヒロトとパーティーを組んでいた女性、シエル。彼女が目の前に居ることは決してあり得ない。何故なら彼女は一年前に――――


「ヒロト、さっきから様子がおかしいよ。変な夢でも見てた? ‥‥‥っていうか、私が話してる時に寝るなんて酷くない?」


 ヒロトは自分が置かれた状況を整理しようとするが、それより先に次々と頭の中に"記憶"が流れ込んできた。


 ここはレグリス王国、冒険者ギルドに併設されている酒場の一席。ヒロトとシエルはそこで今日の予定を話し合っているところだった。


「‥‥‥‥‥‥ああ、悪かった。で、今日はどうするんだっけ」


 懐中時計を取り出して時間を確認するヒロト。針は十時を指していた。朝方であるにも関わらず、酒場は冒険者たちで賑わっていた。だが珍しい光景ではない。


 そう。何ら特別なことはなく、これはただの日常なのだ。


「だから、今シーズン最高難易度のクエスト――雷神インパルスドラゴンを討伐しに行こうって話!」


 冒険者ギルドでは四半期ごとに区切られた"シーズン"と呼ばれるものがあり、この期間内に収めた功績によって序列(ランク)が決まる。また、クエストもこのシーズンごとに大きく変動する。


「はぁ‥‥‥?」


 シエルの提案を聞くや否や、あからさまに嫌そうな表情をするヒロト。受付の隣に貼り出された発注されている数々のクエストを遠目に眺めながら、ため息をついた。


「どうしてわざわざ最高難易度のクエストを選ぶんだよ? 今シーズンももう終盤で、なのに誰も手をつけてないクエストじゃないか」


「だから私たちが挑むんでしょう? この好機(チャンス)を逃しちゃ駄目だよ」


「何の好機(チャンス)なのさ‥‥‥? 俺たちは既に団体(チーム)功績(スコア)序列(ランク)一位まで上り詰めている。お前に関しては個人(ソロ)も一位。金もそれなりに稼げてる。そこそこのクエストをこなせば十分だろう?」


 ヒロトとシエルは二人だけでパーティーを組んでいるが、パーティー間での功績を競うランキングにおいて暫定一位を保持していた。


「ヒロト。過酷な冒険をせずとも、向上心は大事だよ。私たちはもっと上を目指せるはずなんだ」


 輝かしく、真剣なシエルの眼差し。ヒロトは再びため息をついた。


「‥‥‥へいへい、行きましょう」


「そうこなくっちゃ!」



 *  *  *  *  *



 王国から北東に進んだ先に聳える岩山。黒い雷雲が立ち込め、山頂は見えなくなっていた。


 岩山の麓から少し離れたところに馬車は停まった。それまでは快晴だったというのに、岩山が近くなった辺りで空模様は急変した。


 暴風に晒されながら、馬車の御者が叫ぶ。


「到着致しやした!! くれぐれも! お気をつけて〜!!」


「どうも! ありがとう!!」


 シエルは声を張って御者にそう返し、ヒロトと馬車を降りた。岩山の方を一瞥したヒロトはボソッと呟く。


「雨降ってるじゃん」


「何か言った〜!?」


「‥‥‥何でもない」


 疑問符を浮かべるシエルを他所に、ヒロトは歩き出した。


 岩山の麓は鋭く険しい岩で覆われており、まともな足場がない。シエルは軽快に岩の頂点へ飛び乗り、そこから次の岩、また次の岩へと、暴風雨をものともせずに身軽に進んでいく。


 その一方でヒロトは境界壁(シールド)を岩の上に張って足場にし、また頭上にも張って雨避けにし、悠々と歩いていた。


 岩山を目の前にして、二人は足を止めた。


「‥‥‥来るね」


「ああ」


 山頂の方で一筋の稲光が走る。それは岩山を伝いながら地上へ降り、ヒロトたちの前に姿を現した。


 巨大な胴体、青白く発光する鱗、鋭利な牙と鉤爪。


 黒雲を起こし、その軌跡を忽ち雷雨で荒らし尽くす伝説の竜――雷神インパルスドラゴン。

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