82話 子供のような幹部
「"一緒に"って‥‥‥、俺なんかにできることがあるのか?」
「あるっ!! ヒロトにしかできないことよ!」
自信と期待に満ち満ちたカタストロの眼差し。‥‥‥何か怪しい。俺は顔をしかめた。
「信じがたい話だな。だって俺、人間だぞ?」
少し考えるカタストロ。
「もちろん普通の人間じゃ無理よ。魔族にだって務まらないもの。でもヒロトならできる!」
「いやいや、尚更解せないって。俺は普通の人間より弱いんだから」
「私の技能を防いでいるんだから、弱い訳ないでしょう?」
「あれは偶然。お前からその技能のことを聞くまで何も気づかなかったし、俺は攻撃的な技能を一つも持ってない。紛れもなく弱いんだよ」
弁論する俺の視界の端に、全力で首を横に振るセシリーが見える。‥‥‥見なかったことにしよう。
その一方で、カタストロは面倒臭そうにジト目で俺を睨んでいた。"どう説得しようか"と苦悶しているように窺える。
「悪いが、俺じゃ力になれないよ。他のもっと強い魔族とかに協力してもらった方が――」
「嫌だ!!」
俺の言葉を遮ってカタストロは大声で叫んだ。突然のそれに俺は目が点になった。
「他に協力できる奴なんて居ない!! ヒロトしか居ない!!!!」
駄々をこねる幼子の如く言い張るカタストロ。
「お、大袈裟だな‥‥‥。そんなことはないだろう。魔族なんてはちゃめちゃに強い奴らばっかりなんだから、探せば誰かしらは――」
そこまで言いかけたところでカタストロが勢い良く駆け寄り、俺の両腕をぎゅっと掴んでブンブンと振り回し始めた。
「居ーなーいー!!!! ヒロトしか居ないヒロトしか居ないヒロトしか居ないいいい!!!!」
その凄まじさのあまり俺の両腕に激痛が走る。
「痛い痛い痛い!!!! 分かった協力する! 協力するから離してくれ!!!!」
* * * * *
「腕もげるかと思った‥‥‥」
俺は両腕をぶら下げて深くため息をついた。カタストロはソファーベッドの上で満面の笑みを浮かべている。
「私の最強の技能‥‥‥、これからもっと強くなる!!」
ウキウキのご様子である。――と、カタストロのこの発言で、俺は心の中で一つ引っかかっていたことの正体に気がついた。
「そういえば、お前は自分の技能を"最強"と称しているが、俺の技能でそれを防がれることに抵抗とか感じないのか?」
カタストロを屋敷に迎え入れる直前のやり取りのことである。
カタストロが"初見の相手を対象とする技能"をセシリーに発動してしまうのではないかという懸念について、カタストロは俺の技能で防げば良いと言ったのだ。
「抵抗‥‥‥? どうしてそれで私が抵抗を感じるのよ?」
カタストロはそんな反応だった。
「最強の技能を当たり前のように防がれるのはプライドに触るかなと」
「‥‥‥何それ、現実から目を背けているだけじゃない。私がそんなわがままな子供に見える?」
"有り得ない"と言いたそうな面持ちで尋ねるカタストロ。しかし俺は直前までのカタストロの様子を思い返して、こう答えてしまった。
「うん、見える」
「‥‥‥ふ〜ん」
カタストロはソファーベッドの上に仁王立ちし、微笑みながら拳を構えた。
「私の言う"最強"がただのわがままかどうか、今ここで確かめてあげようか?」
「嘘です冗談ですとても聡明で強かな大人の女性に見えるでございますえぇえぇ」
俺は全身に大量の冷や汗を伝わせながら口早に訂正した。俺としたことが、とんだ失言だった。どんな容姿であれ、相手は魔王軍幹部。間違っても怒らせるようなことなどあってはならない。
「まぁいいわ‥‥‥。あのね、技能それぞれに特性がある以上、表面的な有利不利の関係は否めない。でも、勝負は技能だけで決まる訳じゃないでしょう? 私が言ってるのは、これを踏まえた上での"最強"なの」
至極まともな弁論だった。カタストロはヘルブラムのように漠然とした"強さ"を求めているのではなく、根拠のある確かな"強さ"を求めているらしい。
考えていることはまともなのに、時折子供みたいな立ち振る舞いになるところがとても気になる。接し方が難しい。
「‥‥‥で、俺は何をすれば良い?」
「心配せずとも難しいことは何もないわ」
じゃあ俺じゃなくても良いだろう――と喉元まで来ていた心情をぐっと堪えて呑み込んだ。
カタストロは一呼吸おいてから、笑顔でこう告げた。
「ヒロトには私の自然技能を受けてもらうわ」




