80話 凄い魅力
閑静になった屋敷で、私は一人考え事をしていました。
ヒロト様は無事なのでしょうか? 何故カタストロ様はこちらに向かって来ているのでしょうか?
それからふと、こんなことを思うのです。
少し前の自分だったら、こんな考え方はしていなかった。
前任の幹部様はとても強く、心配など寧ろ無礼なほどでした。ヒロト様のことは尊敬していますが、自分の弱さを隠さない堂々たる立ち振る舞いは、何かとどうしても心配になってしまいます。
自分の命の心配だって、それまで一度もありませんでした。従者の命に価値はなく、ただ主人のために使命を全うするのが常識だったから。けれど今はそうではありません。
ヒロト様の考え方はとても前衛的なものです。ヒロト様が魔王軍幹部としていらっしゃってから、私の考え方も大きく変わりました。
"ヒロト様だったらどうなさるのか?"
自ずとそう考えてしまうのです。
ですが今回、私は一つだけヒロト様の考え方に背く行動を取っています。
それは私がこの屋敷に残っていること。
ターギーさんには「魔王様のご命令があるから」と説明していますが、ヒロト様の考え方に基づけばこれが間違いなのです。
死ぬまで使命を全うすること。それこそただの自己満足に過ぎないのです。
ですがヒロト様、どうかこれをお許しください。私は決して命を顧みずに使命のみを全うしようとは思っていません。この手の震えが、確かな証拠です。
ただ――
私は貴方様のお帰りを信じて、ここで待っていたいのです――。
* * * * *
「‥‥‥ヒロト様、ご無事で本当に何よりです」
セシリーは安堵したように吐息混じりでそう言った。
俺が帰ってくるまでに屋敷でどんなやり取りがあって、ティアナたちは今どうしているのかを聞いたところである。
‥‥‥話の限りでは、どうやらセシリーたちは酷く緊迫した雰囲気だったみたいだ。カタストロがどれだけ恐れられているのか、改めてよく分かる。
「心配をかけた。‥‥‥まぁ、問題はこれからなんだけどな」
「はい。一体、どのような経緯でカタストロ様がこちらにいらっしゃることになったのです?」
うーん。何と説明すれば良いのやら。
「端的に言うと‥‥‥気に入られたみたい」
「気に入られた‥‥‥?」
――としか言えないよな。だって俺は何もしてないし。カタストロが勝手に絡んできて、勝手に俺を"面白いヤツ"認定したんだから。
そのまま俺の意思は一切考慮されることなく、今に至っている。
そんな俺の表情を窺って、セシリーは微笑んだ。
「また面倒ごとに巻き込まれた、ということですね」
――なんと。全くその通りである。セシリーが俺の心情を完璧に捉えている‥‥‥? 俺は愕然とした。
「仕方がないですよ。ヒロト様には、きっと何か人を惹きつけるような凄い魅力があるのです」
セシリーにしては珍しく、とても抽象的な言い方だった。
「何だよ、それ‥‥‥」
そして俺たちは笑った。
* * * * *
「カタストロ」
俺は玄関のドアを少し開け、そこから顔だけ出してカタストロを呼んだ。
「従者との話し合いは終わった?」
「それなんだけどさ。初見の相手に発動するお前の技能、うちの従者のセシリーは対象か?」
セシリーによれば、カタストロとセシリーとは初対面ではないらしい。魔王軍会議で何度か会ったことがあるが、面と向かって話したりしたことはないんだと。
カタストロは初見の相手に否応なく発動するというおっかない技能を持っているので、これは確認しておかなければならない。
「あぁ、そういうことね」
俺の質問の意味を理解したところまでは良かった‥‥‥が。
「‥‥‥どうだったかな?」
少し悩んだ後にカタストロは首を傾げた。
「"どうだったかな?"って‥‥‥。これまで出会った中で技能を発動した相手とそうじゃない相手、把握してないのか?」
「だってどうでも良いし。いちいち覚えてないわ」
あっさりと言うカタストロ。
おいおい‥‥‥。人の命に関わるってのに適当過ぎるだろ。他人と関わりたくない年頃の学生みたく言っちゃって。「興味がないから」じゃ済まされないぞ?
そこら辺の気遣いを心がけてないんじゃ、そりゃあ周りから怖がられる訳だ。
「ヒロトの技能で守ってあげれば良いんじゃない? 初見さえ防ぐことができれば、私の意思と関係なく技能が発動することはないんだし」
「え? それは‥‥‥いや、まあ‥‥‥そっか。そうだよな」
カタストロは至極真っ当なことを言っただけ。俺の《境界壁》でカタストロの技能を一度防げば良い。その通りだ。
だが、俺はカタストロの発言に妙な違和感を覚えて、一瞬戸惑ってしまった。
俺はその違和感の正体を探ろうとするが、いつの間にかカタストロが玄関前まで駆け寄ってきていた。
そして俺にぐっと顔を近づける。
「さっ! 話はまとまったんだし、早く中に入れてよ!」
期待に満ち満ちた輝かしい瞳。まるで子供。魔王軍会議の時のしっかりした雰囲気が嘘のようだ。
「‥‥‥そうだな。待たせて悪かった。――いらっしゃい」
俺はカタストロを屋敷へ迎え入れた。