77話 《核心破壊》
俺は魔界の赤黒い空の下をカタストロの後ろに続いてせこせこと歩いていた。小柄な容姿の割に足が速い――というか、カタストロはもはや小走りになっていた。さらにはフンフンと鼻歌まで添えておられる。一体何がそんなに楽しいのやら‥‥‥。
「俺の屋敷に行って、何か用でもあるのか?」
とりあえず、改めて訊いてみることにする。
「話をする場所は必要でしょう?」
テンションが高揚しているのか、カタストロは少し高い声音で答えた。
「‥‥‥それだけ?」
「うん」
躊躇いの欠片もない即答である。‥‥‥いや、それ俺の屋敷じゃなくても良くないか? 先の魔王軍会議、どうもカタストロは何かヤバい能力を持っていそうだ。あのヘルブラムですら俺とカタストロが対面したことを知って動揺していた。
カタストロの言う"話"の中で、俺の屋敷にいつ、何が起こるか分からない。不安で仕方がない。
「そ、それで、話って何?」
俺は質問を重ねる。カタストロは早足のまま答える。
「技能よ」
‥‥‥。俺はしばらく黙って待ってみるが、捕捉は一切ない。シンプルな回答のみ。困る。何も理解できない。え、もしかして面倒臭がられてる? これ質問し続けたらどっかのタイミングでキレられるよね俺?
――しかしだからといって黙ってカタストロについていくではまだ懸念が大きい。屋敷で何か起こってからでは手遅れだ。ある程度カタストロの目的を理解しておきたい。
質問尽くしはカタストロにストレスかもしれないので、ワンクッション入れて話題を広げよう。
「そういえば、カタストロの自然技能は相手の記憶を見る‥‥‥みたいなことを言ってたよな」
「ええ、最強の技能よ。――今のところね」
「今のところ‥‥‥?」
うーん。イマイチ要領を得ない回答である。カタストロが自分の能力に自信があるということはよく分かったが。
――と、ここで周囲に紫がかった霧が立ち込めてきた。架け橋によって魔界から人界へと渡っているのだろう。
魔界じゃ何が潜んでいるか分からなかったから念のために全身を覆う境界壁を展開していたが、特に何事もなかったな。まぁ、魔王軍幹部のカタストロが一緒にいる訳だし、誰も手の出しようがないか。
霧で周囲の景色はほとんど何も分からなくなり、俺はただカタストロの背を追う。
境界壁を展開している影響は大きいだろうが、架け橋を渡ることにはすっかり慣れてしまったようだ。方向感覚もなんとなく分かる。
霧が晴れていく。俺は境界壁を解除した。
長いこと境界壁の中に籠るというのはあまり良い気がしない。カタストロとの移動中は新しい空気を取り入れるために足元に僅かな隙間を作っていたが、それでもやはり常に全身で新鮮な空気と触れている方が良い。
セシリーによれば魔素濃度の高い空気だが、それにも慣れた。俺は歩きながら深呼吸をする。
肺の中に新鮮な空気が取り込まれていくのを感じる。それが全身の血脈に行き渡り、心地良い。そしてゆっくり息を吐く。
その一連を終えたところで、カタストロが足を止めてくるりとこちらに振り向いた。何か思い立ったように明るい表情で俺を見る。
「そうだ! まずは私の自然技能について教えておくわ!」
改めて正面からカタストロと向き合って、その天真爛漫な笑顔に思わず見惚れてしまう。そして同時に、何故か強い悪寒のようなものを直感的に感じた。
すぐに我に返り、俺は少々慌て気味に「ああ」と返事する。‥‥‥む。ここで自然技能の話をするということは、本題もそれに関連しているのだろうか。カタストロの自然技能なんて、面倒な匂いがプンプンするんだから勘弁してほしいのだが。
カタストロは話し始めた。
「この技能は相手の記憶を覗くことができるけど、それは技能の効果の媒体でしかないわ」
「会議でもそんなことを言っていたよな。相手の記憶を見て、何をするんだ?」
「そう、相手の記憶を見て何をするのか。ここからが超すごいからよく聞いておきなさい!」
カタストロは張り切って俺をピッと指差す。俺はそんなカタストロの目を見て一つ頷く。
「私の技能を受けた相手は、その精神をある空間に閉じ込められてしまう」
「精神を‥‥‥?」
「ええ。つまりその間、相手は肉体を自由に動かすことができなくなるの。――といっても、一秒もかからない内にそれは終わるけど」
カタストロの説明が、よく理解できない。言葉では分かるのだが、精神をどこかに閉じ込められるというのは、今一つ想像しがたい。
「‥‥‥で、精神が閉じ込められる"空間"ってのは?」
「相手の記憶を改変して再現した空間よ」
カタストロは続ける。
「記憶を盗み見て、それを残酷に改変して相手に見せる。目的は、相手の精神を崩壊させること。――その生を諦めるほどにね」
何やらえげつないことをする技能であることは理解できた。だが、どうもそれで終わりではないらしい。
「私の技能で精神が崩壊した相手は、絶命する。自然技能、《核心破壊》。発動条件は――」
カタストロは身体を少し傾けながら、両手でそのオッドアイを指差した。そして明るい笑顔のままで言うのである。
「私と目を合わせること!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」