76話 食い違い
ダリアはアズサのユリウスに対する冷たい反応に苦笑しながらも、一拍間を置いて話を切り出した。
「アズサ、君が言っていたことは正しい」
「ふん、当然だ。ユリウスが勝手にショックを受けて勝手に脱力しているというのに、こちらから手を出すことなどあるものか」
「あ、いやそうじゃなくてだな‥‥‥」
ダリアは咳払いして話す。
「この国の政治についてだ。国王は自己中心的で、住民の貧富や自分に有益かどうかによる接し方の違い――即ち差別が酷い。だがそのやり方を通し続けるだけの権力がある」
「そんなことは疾うに分かっている。それを変えるために進言を――」
「その進言が難しいということだ」
アズサは黙った。国王の権威を前に、どのようにしてこちらの意見を通すのか。彼女はそれまで衝動的に発言していたので、進言のその方法まで考え及んでいなかった。
「我々に、協力させてほしい。私が管轄する兵士団は、恵まれず救いの手一つ差し伸べてもらえなかった者達を集めて結成している。これまでは私が希望を与えていけば良いと思っていた。しかし、君の言葉を聞いて自分の愚かさに気付いた」
ダリアは拳を握り締めて続ける。
「国民一人ひとりが、それぞれやりたいことをやれる国にすべきだ。何人たりともその存在を否定されることなどあってはならぬ」
ダリアの改まった考えにまず反応を示したのはアーベルだった。
「それぞれがやりたいことを、か。――よし、俺もアズサに協力しよう」
それはアズサにとって不自然な反応だった。
「アーベル、どういう風の吹き回しだ?」
「――誤解を与えていたのならすみません。アズサさん、私達は国民の命を軽んじるつもりなど全くないんです」
ミーリアが答えた。
「アズサさんの意見は正しい。ただ、それと同じくらい強い気持ちで私達は魔王軍を警戒しているってだけなんです‥‥‥。もちろん、私もアズサさんに協力しますよ」
アズサは、一年前に魔王軍幹部と戦闘したアーベルやミーリアを知らない。ましてや、アズサがこれまでに直接対峙した魔王軍幹部はヒロトのみ。
アーベルたちが国民の命を軽んじているのではなく、自分が魔王軍の非情さを軽んじていることにアズサは気付いた。
「‥‥‥それで、お前達が協力してどうするというのだ」
アズサの問いにダリアは迷わず答える。
「まずは王がこれまでに行ってきた過ちを調べる。さしあたってハーレ君について調べたいのだが、君の話を聞く限りだとハーレ君は既に‥‥‥」
「ああ。亡くなっている」
「‥‥‥そうか」
アズサの返答で、塔の中に沈黙の空気が流れる。
――この雰囲気ではしばらく話が進みそうにない。ダリアらの人の良さを鑑みて、そう判断したアズサは閑話を挟んだ。
「時に、そちらの不死兵戦の結末は如何だったのだ? 何か面白い事象でもなかったか?」
ハーレによれば、彼が指揮を放棄した時点で不死兵の軍勢は皆、土に還る。ダリア達からすれば、不死兵が一体残らず忽然と消えてしまうので不自然で仕方なかったことだろう。
当時、アズサは迂闊にもうたた寝してしまったせいでユリウスらを煽ることができなかった。今それを煽ることにしたのだ。肝心のユリウスが脱力し切っているのは残念だが。
「戦いの結末? 皆、最後まで諦めることなく勇敢に戦ってくれた」
ダリアはそう答えた。アズサは首を傾げる。
「岩山も問題なく殲滅した」
アーベルまでそんなことを。ダリアもアーベルもあまりの呆気なさに、ありのままを話すのが情けなくなって嘘をついているのか。アズサはそうだと確信していた。
「私のところは面白いこと、ありましたよ!」
「おお! ぜひ聞かせてくれ」
ダリア達が話さずともミーリアが教えてくれる。彼女は天然で素直だから、何事も包み隠さず話す。アズサは真実を聞くよりも先に笑みが溢れてしまいそうになった。
「上位不死兵が出現してから兵の皆さんを退避させたんですが、さすがに私一人では形勢が厳しく万事休すといったところで、コニーさんという若い兵士さんが冒険者のミェルさんと一緒に加勢しに来てくれたんです!」
「‥‥‥は?」
アズサの想定していたものと、全く異なる回答。
「おかげで無事に、全ての不死兵を討伐することができました!」
――ハーレの目的意識が潰えるより先にダリアたちが不死兵を全滅させたのか。 ――否。アズサはハーレの死後すぐに王国に転移したが、どの部隊も帰還してくる様子は全くなかった。それに不死兵の数は早々に決着できるようなものではなかったはずだ。
辻褄が合っていない。ハーレが嘘をついていたのか、或いは彼はただ無知で仮定の話をしていたのか。それらの可能性も充分に考えられる。
しかしアズサは、妙な寒気が全身に及ぶのを感じていた。
* * * * *
――魔界にて魔王軍会議が終了してから間もない時分。所在不明の崩れかけた屋敷。
「うーん。やはり惜しいな、不死兵召喚。これはもっと強力になれる技能だった」
暗がりの中で、古びた玉座に腰掛ける男は言う。その正面に二人の男――ルヴァンとトーゴ、そして一人の女が立っており、またもう一人――リオンが倒れていた。
「まだそんなこと言ってるのか。作戦前から耳にタコができるほどしつこく聞いてる」
「そんなことよりリオンは大丈夫なのか? あいつだけがもう何分も戻っていない」
ルヴァンとトーゴは口々に言った。女は答える。
「禁術の呪いでも使わない限り、捕らわれることはない‥‥‥はず」
「捕らわれないはず、ね‥‥‥。ところでゲイルの奴はどこだ? 最初に戻ってきたのはあいつのはずだろう」
ルヴァンは辺りを見渡してゲイルを探すが、全く見当たらない。玉座の男が思い出したように言う。
「ああ、彼には少し罰を与えているよ。さすがに言いつけを破り過ぎていたからね」
「可哀想なゲイル。でも自業自得」
女は哀れみの表情で呟いた。
ちょうどその時。屋敷の外から一筋の光が現れ、倒れているリオンの元へ真っ直ぐに向かった。そして光はリオンの身体に溶け込むように消え入っていく。
「んん‥‥‥」
ゆっくりと起き上がるリオン。玉座の男は微笑んだ。
「お帰り、リオン。無事でよかった」