74話 情報整理
不死兵の軍勢との戦いから数日経ったある日。レグリス王国のとある場所に、兵士長ダリアと勇者一党が集っていた。
「先の戦いではご苦労だった。まずは何より、皆の協力に感謝を述べたい」
「――いいや。まずは何より、何故ここに集まっているのかを答えろ。ここは人が集って談笑するような所ではないのだが?」
声を尖らせてダリアの感謝を否んだのはアズサだった。ダリアらが集まっているこの場所は、アズサが研究を行っている塔だったのだ。
中央にダリアが立ち、勇者一党はそれを囲う形で、壁伝いに各々寛いでいた。
「すまない。城の一室を借りる予定だったが、最近城が騒がしくてな。不死兵の進軍を魔王軍幹部の仕業だと思い込んでいる国王が、今回の件で"幹部を退けた"と早合点し、連日人を集めて宴会を催しているのだ」
ダリアは申し訳なさそうに、そして呆れた様子で説明した。
本来であれば国王も交えて今回の不死兵の軍勢について話し合うべきだが、国王はあまりに早合点で動転しやすいので、まともに話を進めることができないだろうとダリアは考えた。
人気がなく、円滑に話を進めることができそうな場所。それがアズサの研究施設であるこの塔だった。
「国王様のお人柄には参ってしまいますね~」
ミーリアの言葉にうんうんと頷くユリウス。
「それなら仕方ないですよね。大事な話し合いなので酒場を使う訳にもいかないし、ここ以外にうってつけの場所はないですよ」
そう言ってユリウスは近くの台に並んだ液体のビンを触ろうとして、アズサが急いでそれを取り上げる。
「勝手にうってつけるな。‥‥‥本当に呆れる限りだ。勝手に騒ぐのならともかく、ウチの私事が侵害されるとあってはいい加減放っておけない。直接国王に進言してくる」
我慢の限界を迎えたアズサは塔を出ようとする。
「待てアズサ。国王への文句は後からでも良いだろう。今は不死兵について情報を整理するべきだ」
止めたのはアーベルだった。アズサは怒りの形相で振り返る。
「ウチは現在進行で被害を被っているんだ!!」
* * * * *
――それからアーベルやミーリアによる必死の説得で、アズサはなんとか冷静さを取り戻した。そして、不死兵の件についての話し合いが始まった。
「ひとまず、各々の戦地で起こったことを共有しよう」
そう前置きしてダリアは、沼地での戦闘で起こったことを話し出す。
「作戦開始当初、沼地で確認された不死兵の数はおよそ八千。いずれも下位不死兵であったが、動きとしては対面する兵士から狙って攻撃していた」
「それは平野も同じでしたよ。群れを成して進軍している点を除けば、至って普通の不死兵って感じだったなぁ」
ユリウスが言った。それに頷き、ダリアは続ける。
「何よりの変化は、やはり上位不死兵の出現だろう。他の戦場でもこの変化は同様に見られた、ということで間違いないか?」
問いかけにユリウスらは皆頷いた。
「索敵を使って数を把握していたが、下位不死兵のちょうど半数が融合した。あまりに数字が整い過ぎている」
「やはり偶然ではなく、何者かの意図的な操作で不死兵が攻めてきていたのですね」
アーベルとミーリアの推測。それをアズサが鼻で笑った。
「不死兵の出所ならもう特定できている――というか、既に事は終息している」
「「!?」」
アズサの衝撃的な発言にダリアらは目を丸くした。それ以上に驚きを隠せないでいるのはユリウスであった。
「もしかしてアズサは親玉に会ったの!? 僕のところでもそれっぽい男が一瞬だけ姿を現したんだけど、結局その後は会えなかったよ?」
平野にて下位不死兵が融合する直前、ユリウスは不死兵の親玉であるハーレと会話をした。しかしその人影は煙のように消えてしまい、不死兵との戦いが終わるまでユリウスの前に現れることはなかったのだ。
事の顛末を知るアズサにはユリウスの話が可笑しくて仕方なかったが、笑いをこらえて平静を装う。
「‥‥‥さしずめ幻覚か何かでも見せられていたのだろう。何せその親玉とはクーゲラス森林で対峙したのだからな」
「――少し待ってくれ、アズサ。兵士らはユリウス、アーベル、ミーリア、そして私をリーダーとして四つのグループに分かれて動いていた。君は一人でクーゲラス森林に向かったというのか?」
アズサの話に理解が追いつかないダリアは額を押さえながら尋ねた。
「ああ。不死兵の進軍するルートがあまりに広域で不自然だったので、敵の目的は複数あると踏んだのだ。‥‥‥まぁ不死兵出現の報告が急過ぎたのと魔法陣の準備のおかげで、気付くのが遅くなってしまったがな」
アズサはジト目でダリアを睨んだ。ダリアは額を押さえたまま気まずそうに目を反らし、それから首を横に振った。
「それも申し訳ないと思っているが、如何せんユリウスが忙しそうだったのだ。‥‥‥いや、随一の頭脳を持つ君にだけでも、相談しておくべきだった」
ダリアの言葉に堪らずユリウスは反応する。
「ちょっと兵士長、またそれ掘り返すんですかぁ‥‥‥」
自分に火の粉が及んだユリウスは、苦虫を噛み潰したような表情でため息をついた。
「――それで? 事は終息していると言っていたが、森では一体何があったんだ」
「ああ」
アーベルが問いかけ、アズサはクーゲラス森林で起こったことを話した。