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72話 会議終了

 ――俺は席を立ち、境界壁(シールド)内で衰弱している少女の元に歩み寄った。


 幹部らの話を聞く限りでは、どうやら侵入者らは予め逃げの算段がついていたようだ。それでこの一番若そうな少女だけが捕縛された。想定外の事態に、たった一人だけがぶつけられた。敵でありながらなんと可哀想な話だろうか。――捕縛したのは俺なんだけど。


 少女が他の奴らに唆されてこの魔界侵入に臨んだのかと憶測すると胸が痛む。こんな華奢な娘を魔王軍幹部の群れに放り投げるとか、無慈悲もいいところだ。俺がこの少女の立場なら命乞いの余地もなく絶望してるね。


 俺がこの境界壁(シールド)を解除すれば、少女は解放されて仲間のところへ戻ることができるだろう。その前に忠告だけはしてあげよう。


 少女は微かな体力を振り絞るようにゆっくりと俺を見上げ、懇願するようにじっと見つめた。


「今日は災難だったな。‥‥‥まぁ、なんだ。魔王軍のおじさんたちはおっかない奴らばっかだから、あんま関わらない方が良いぞ」


 そして小声で「俺だって関わりたくないし」と添える。


 少女の瞳は変わらない。話を聞く余裕がないのだろう。あと一言だけ。対立を――必要のない被害を減らす何かのきっかけにでもなればと願い、一言だけ。


「もしまた魔王軍に何かしたら、‥‥‥あの人たち多分、もう君らを生かして返すことはないだろうからさ」


 その言葉で、少女は目を見開いた。何か感じることがあったのかもしれない。しかし、もうこれ以上は限界だろう。


 俺は境界壁(シールド)を解除した。


 少女の肉体は瞬く間に煙となって、どこかへと消え入ってしまった。


 今ようやく、侵入者らによる魔王城襲撃は落着したのだ。


 俺は席に戻った。


「やっと終わったかあああっ」


 ヘルブラムが両腕を上げて思い切り背を伸ばす。終始こいつは暴れられずにいたからな。いつストレスが爆発するのかと俺は隣でヒヤヒヤしていた。魔王軍会議だとかなりまともになるんだな。さすが魔王軍幹部って訳だ。見直したよ。


「――それにしても"死神"とは。随分と傲慢な名よの」


 着物姿の幹部が感心してか嘲ってか、笑みを含めて言った。‥‥‥多分後者の方だけど。


「真に受ける必要はないでしょ。神を名乗るなんてただの間抜けだよ」


 アークは死神という名を信じていないらしい。魔族といえど、"神"に対する認識は俺たち人間と大差ないのかもしれない。ここにいる幹部らも皆、"死神"がただの呼び名に過ぎないと考えているようだ。


 俺もそうだと思いたいのだが。


 ――――"死神は語りかけてきた"――――"僕は死神の手を取ってしまった"――――。


 ‥‥‥以前"死神"という言葉を聞いたその時を思い出して、どうにも嫌な予感が拭えなかった。


「いマハこれニツいてハナしあっテモむダデショう。エンドール、カイぎをスすメテくダサイ」


 植物から発せられる謎の声で幹部らは沈黙し、空気は切り替わった。エンドールに視線が集まる。


 エンドールは咳払いを一つすると‥‥‥。


「――――――――議題はもうない。会議はこれにて終了だ」


 そう言って魔王からの言葉が記されているであろう紙をパタンと折り畳んでしまった。


「え!? もう終わり!?」


 カトレイヌが口元に手を当てて驚いている。他の幹部らも意外そうな面持ちである。俺は会議が終わるという喜びで飛びっきりの笑顔になりそうなのだが、空気を読むために目を丸くして必死でこらえる。


「"間者を忍ばせた組織の侵入者らを撃退"‥‥‥。それだけのために私たちは集められたのね」


 カタストロは呆れたように言った。しかしアークは顎を指先でなぞりながら、何か考えているようである。


「本当にそれだけかな」


「それだけだろ! 実際それ以外何もやってないぞ?」


 ヘルブラムは即座にそう断言した。‥‥‥ってことは侵入者撃退以外に何かあるんだな? ヘルブラムの考えが的中することはほぼないだろうからな。


 アークは腑に落ちない点を説明する。


「組織の連中が攻めてくると予測できたなら、わざわざ僕らを魔界(ここ)に集める必要はなかったはずだよ」


「まゾクヲあツメてムカエウてばいイダケでスカらね」


 植物の謎の声による捕捉で俺はようやく理解できた。確かに、そのやり方なら俺たちが領地を手薄にしてまで魔界に戦力を固める必要はない。事実、侵入者らとの戦闘は圧勝だったみたいだし、魔界の人たちを集めれば充分対処できただろう。


 何故俺たちはこのタイミングで集合させられたのか? 話題はこれだったのだ。


 ‥‥‥ところで、さっきからギルシュの貧乏ゆすりがすごいのだが大丈夫だろうか。


 ここでふと思い出したように着物姿の幹部が言い出す。


「そういえば侵入者らはこちらの能力にかなり対応しておったの。――まるで幹部が集まることを知ってたかのよう‥‥‥」


 それを聞いたカタストロは何かに気づいたようで、手のひらに握り拳をポンと乗せた。


「魔王様は組織の連中が『魔王城を襲撃すること』じゃなくて、『幹部の能力を探ろうとしている』ことを読んだのよ!」


 その言葉で幹部らは皆、得心したような面持ちになった。俺はまだよく分かっていないのだが周りに合わせて目を瞑って頷いておく。ほら誰か、自然な流れで捕捉してよ。俺が理解できるように。


「どういうことだ?」


 ヘルブラムは聞き返した。こいつもよく分かっていなかったらしい。正直な奴でとても助かる。ありがとう。


 そしてカタストロがため息をついて説明しようとしたところで――


「ちまちま長ぇんだよ!! 会議は終わった。組織による魔界への襲撃でどいつが間者かもおよそ絞れた。もう解散だろ」


 突然ギルシュがテーブルを激しく叩きながら立ち上がり、そう言い放った。


 ――このタイミングでキレるの!? 確かに会議は終わったし俺も帰りたいが、俺は話の内容を全く理解できていないんだ! というか、いつの間に間者の特定進んでたわけ?? 誰か説得して止めてくれ。そして説明を続けてくれ!


 ところが、そんな俺の願いをへし折るようにエンドールは一つ頷いて‥‥‥。


「ああ。特に話すこともない。解散だ」


 ちょっ! 俺はまだ話を理解できてないんだけど!? ヘルブラムの質問は当たり前のように無視されてんの??


 ――ギルシュの発言で驚くほどスピーディーに会議は幕を下ろしてしまったのだった。

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