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69話 次の議題

 魔王軍幹部らの視線が一気にカタストロに集まる。空間はまるで、時間が止まったかのように静まり返った。


「その女とヒロトは、一切関わりがないわ」


 カタストロはきっぱりとそう言い放った。


 ‥‥‥いや、もちろんその通りなんだけども。証拠もないのになぜ断言できようか。それで通じるなら俺は最初から間者などと疑われてはいない。そんな当てずっぽうでは魔王軍幹部らは納得しな――――――


「そうか。ならばこれ以上議論を続ける意味はないな」


 エンドールは目を瞑ってあっさり言った。


「良かったぁ!! やっぱり若くて可愛い人間君が敵な訳ないわよね!!」


 カトレイヌは両手をパチパチと合わせながら喜んでいた。


「チッ‥‥‥面白くねぇ」


 ギルシュも諦めているようである。


 ――――――――――――は?


 何が起こっている? カタストロの言葉一つで魔王軍幹部らは揃って考えをひっくり返した。俺が何を言っても反論してきていたのに。


 ま、まぁ‥‥‥、俺の疑いが晴れるならそれでいいか。


「一応聞くけど、他の三人とも面識はないんだよね?」


 アークが尋ねた。飽くまで少女以外の侵入者らとの関わりを確認しようとしているだけであり、彼もカタストロを疑う様子はない。


「そうね。でも青い炎の男はヒロトのことを知っているようだったわ」


 カタストロの思わぬ発言に俺は目を丸くした。


「ちょっ!? 俺は知らないぞあんな奴!!」


 さっき言ったことと思いっ切り真逆じゃないか!!


 そもそも"関わりがない"とか"俺を知っている"とか、何を根拠に言っているんだ? 占い師か? 魔王軍幹部として働く傍ら、裏で占い師もやってますってか? 器用だな。


「大丈夫よ。向こうがヒロトを知っているだけで、直接ヒロトと何かあった訳でもなく、今回が初対面なんだから」


 感嘆しまくる俺に対して、カタストロはそう説明した。


 依然として目を丸くしている俺に、隣のヘルブラムは腕を組んで言う。


「まぁ落ち着けヒロト‥‥‥。カタストロはな、相手の記憶を見ることができるんだ」


「相手の記憶を?」


 ‥‥‥つまり、それがカタストロの自然技能(ユニークスキル)ということなのか。それならまぁ、カタストロの発言にも合点がいくが。


 ――いや、何それ。記憶見るって、本人の思い出したくないあんな思い出やこんな思い出まで覗き放題だってのか? 強すぎない? モラルの欠片もないじゃん。――いやいや、この異世界にモラルとかプライバシーとかを求める俺が間違ってるのか。


「そんな便利なモノじゃないわ。そもそも記憶を見るための技能(スキル)じゃないし」


 カタストロは呆れた顔で言った。


 記憶を見ることができるのに記憶を見るためじゃないって、どういうことだ? 俺がその技能(スキル)を持ってたら百パーセント相手の記憶を探りまくってるぞ。


 ‥‥‥それはいいとして。カタストロの言っていることが正しいなら、なんで侵入者が俺のこと知ってるんだ? 長いこと魔王軍幹部の座に居座り続けている他の奴らが知られているなら分かるが、俺は新人幹部だぞ‥‥‥。どこから情報を得ているのだろうか。魔王軍関連の情報誌でも出てるのか?


「ヒロトの件はこれで終わりだ。話を進めるぞ」


 俺の疑問は増えるばかりだが、エンドールの言葉で"俺が敵の間者か否か"という議論は終わったのだった。


 *  *  *  *  *


「カタストロ、侵入者らの目的は探れたか?」


 エンドールの問いにカタストロは首を振った。


「そこまで具体的には見えてないわ。ただ、組織の規模はそこまで大きくないみたいよ。今回の侵入者を含めても十人居ないくらいじゃないかしら? あくまで侵入者の記憶にある人数分だけど」


 ヒロトは勘違いしているが、カタストロの自然技能(ユニークスキル)は相手の記憶を自由に見ることができる訳ではない。それは、"相手の記憶を見る"というのがカタストロの自然技能(ユニークスキル)における媒体に過ぎないからである。


 ヘルブラムは拍子抜けのあまり間抜けな顔になった。


「十人‥‥‥?? 俺らが一人ずつ殺せば終わりじゃないか! とんだ期待外れだぜ‥‥‥」


 それに対し、アークは呆れた様子でため息をつく。


「魔王様のお言葉をもう忘れた? 相手は相当な実力が見込まれるんだから、そんな簡単な話じゃないでしょ」


「あ、そういえばそうだったな」


 ヘルブラムは掌に拳をポンと置いて納得した。


「時にヘルブラム。其方(そち)、以前会った時より格段と衰弱しておるような」


 ふと、ヨシノがそんなことを言い出した。これは今回の魔王軍会議が始まった時から他の魔王軍幹部も同様に感じていたことだった。しかしヘルブラムは首を傾げる。


「何言ってんだ? 俺はいつでも強いぞ!! よし、久々に腕相撲をやるか!!」


「おいヘルブラム‥‥‥。お前は従者(メイド)技能(スキル)で力を制御されてるんじゃなかったか?」


 ヒロトの指摘でヘルブラムは思い出した。


「あ、そういえばそうだったな」


「お前の記憶力は鶏かッ」


「おうよ! で、"ニワトリ"って何だ?」


「‥‥‥何でもない」


 ヘルブラムの記憶力の低さはさておいて、ヨシノは感心していた。


「ヘルブラムは優秀な従者(メイド)を従えておるな。ぜひわらわの屋敷に迎えたいほど」


 それにフランシールは同意して。


「たしカに、へルぶらムのマリょくハすさまジクゲンシょウしてイマす。ナミノメいどニはできナいみワざでスね」


「ねぇねぇヘルブラム! その従者(メイド)っていつも会議に連れているレベリアちゃん!? あの娘すっごく可愛いわよね!! 可愛い上で技能(スキル)も強いって、最高じゃない!?」


 カトレイヌも興味津々のようである。――そんな幹部らの反応に、ヒロトは目を細めた。


 ヒロトにとって従者(メイド)は皆々が彼の常識を超越しており、高い能力を有しているという認識だった。そのため、彼はヘルブラムの従者(メイド)であるレベリアとも普通に接していた。


 そんな彼女が魔王軍幹部の中で高い評価を受けているので、ヒロトは知らぬ間にまた恐ろしい魔族と顔見知りになっていたのか、と身震いした。


「今知りてぇのはそんなことより間者忍ばせた組織の目的だろうが」


 ギルシュの発言で幹部らのざわつきは収まった。


「しかし目的を探ろうにも手がかりが少ないな」


 エンドールの真面目な表情の中に、微かな曇りが含まれている。


「え、こいつに直接訊けば良いじゃん」


 ヒロトは境界壁(シールド)で覆った侵入者の少女――リオンを指差しながら言った。彼女は今の今まで、境界壁(シールド)内で放置されていたのである。


 それに気づいた魔王軍幹部らは口を揃えて。


「「「あ、忘れてた」」」

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