68話 濃くなる疑い
時は少し遡る――――
俺は境界壁に籠って事が終わるのを待っていた。空間に異変が起こる直前、司会の人――エンドールは魔王様からの伝言で"侵入者を退けろ"と言っていた。
しばらく待っていると、炎が出たり水が湧いたりで攻防戦が行われているのが理解できた。どうやら空間はスローモーションになっているらしい。見ているだけのこっちはイルミネーションを楽しんでいる気分だったよ。
しかしスローモーションで見ているにも関わらず、終始どちらが優勢なのか、などの状況はよく分からなかった。――というのも、彼らに物理的な殴り合いだったり、魔法のぶつけ合いだったりがないのだ。
手元で炎を作って、それを相手に飛ばす。魔法って基本こんなもんじゃないの!? 炎も水も、誰もいないところから突然現れたよ!?
ようやく魔法っぽいの来たかと思えば、めちゃくちゃ光って視界が遮られるし‥‥‥。
幹部も侵入者も、次元違いに強いってことはよく理解できたかな‥‥‥。本当、大人しく境界壁に籠ってて正解だった。
カタストロが侵入者らの前にスローモーションで飛び上がって、これまたどういう仕組みなのか、侵入者らの肉体は忽ちひびだらけになったのだった。
いよいよ戦闘終了かと、俺は侵入者らが滅び行く様子を眺めていたのだが――。
侵入者の一人である少女が、何やら左手を構えているように窺えた。カタストロの攻撃が通じなかったのか? 少女が攻撃しようとしていること自体が俺の思い違いなのか?
しかしそれをじっくり考えている時間はなく、少女の左手には光が宿った。スローモーションとはいえ、カタストロに動く素振りが見受けられない。
既に目に見えない攻防戦が再び始まっている可能性もあったが、俺はどうにも不安感が拭えず、確信もない内に少女を境界壁で覆ったのだった。
――そしてしばらく後、空間全体が淀んだ。少女を除く侵入者らの肉体は、完全に消滅したように見えた。そして境界壁に覆われた少女の方は、身体中にひびが入った状態で肉体の形は保たれていた。
「これはどういうことだ、ヒロト?」
エンドールが問う。スローモーションじゃなくなっている。空間は元に戻ったらしかった。
「えっと‥‥‥そいつが攻撃しようとしてたから、咄嗟に」
俺はカタストロを助けるつもりだったのだが‥‥‥。しかしエンドールの表情は険しくなっていた。
「お前‥‥‥この状況。侵入者を庇っているようにしか見えないぞ」
俺が境界壁で捕縛した少女のひびは、それ以上増えていなかった。依然、肉体の形は保たれている。他の幹部には、俺がカタストロの攻撃から少女を助けたように認められていた。
真っ先に俺を間者だと疑っていた幹部――ギルシュは高らかに笑い出す。
「おいおい。いくら人間とはいえ、まさか自分から正体晒すたぁ間抜けもいいとこだぜ」
「いやいやいや!! 違うって!! ほらこれ、拘束してるんだよ、侵入者を捕縛してんの!」
俺は少女を指差して必死に言うが――。なんか俺、言い訳がましくね? 隠し事ありそうなリアクションになってね? 全然そういうのないのに。
「其方、あのカタストロを口車に乗せて魔王軍潜入に臨んだというのであれば、やはり稀な才があるようだな」
着物姿の幹部が睨むように微笑む。怖い。――というか! なんで俺がカタストロを欺いたみたく言われてるんだ? カタストロに関しては完全に向こうから仕掛けてきたことなんだけど!!
「可愛いものって、やっぱり裏があるものなのかしら‥‥‥」
アイドルのような女幹部――カトレイヌは悲しそうに言った。
俺は拘束している少女を指差したまま言う。
「待ってくれよ。俺がこいつらの味方なら、全滅する前にみんな守るはずだろ? なんでわざわざこの少女だけ助けるのさ?」
仮に俺が侵入者の味方だとして、普通、仲間を助けられる状況で助けないなんておかしいだろう。‥‥‥わざと仲間を見捨てて幹部からの信用を得ようとかじゃないからな、断じて。いやマジで。
それにヘルブラムは納得する。
「そいつぁそうだな! もしヒロトが間者だってんなら、味方が減って自分の首を締めつけてるようなもんだぜ!!」
そうだそうだ! ヘルブラムでも理解できてるじゃないか。だからほら、みんなも大人しく納得してくれ。
「そりゃ俺らの信用を買うためにわざと見捨てたんだろ」
ギルシュはあっさりとヘルブラムの考えを否定した。
「そう考えるのが妥当だね」
落ち着いた雰囲気の少年――アークもギルシュに頷く。
‥‥‥そうですよねぇ。この世界――とりわけ魔王軍の倫理観じゃ、最終的な利益のために仲間を見捨てるなんてのは珍しくないのだろう。
え、もう弁明の余地ないんだが。
「ならバ、カれモこコでショけイシまスか」
植物は言った。周囲は沈黙している。
思い返せば、俺は侵入者の騒ぎが収まるまで大人しくしているはずだった。それがどういう訳か手を出してしまった。直感的に境界壁を張っていた。そこに明確な理由はない。
さて、どうしたものか。俺は今もなお境界壁内に籠っているが、果たして魔王軍幹部九人の攻撃を防ぎ切れるのだろうか。
俺がどうにか生き残る術を画策していると、空気がガラリと変わった。
「ヒロトはこいつの仲間じゃないわ」
境界壁に閉じ込められた少女を見つめる、カタストロの一声だった。