67話 戦闘終了
(じゃあ私から行くからね!)
リオンは技能を使用しようとした。魔王軍幹部らはリオンの視線が動いたのを見逃さなかった。
動きが単純。どこを狙ってどのような攻撃をするのか、おおよそ見当をつけられる。
"まず一人、落とした"と幹部らは確信していた。
(《閃光流星》――――)
一瞬にも満たない僅かな時間で、リオンの背後は一面中が光に包まれた。
――――速い。リオンの攻撃準備は既に終わっていた。低速化しているにも関わらず、通信話法で策を講じる暇がない。
この程度の魔力出力であれば、魔王軍幹部らは訳なく攻撃を対処できるだろう。問題は、魔王軍幹部らが集合していることにある。
魔王軍幹部は各々が広大な土地を支配下に置き、架け橋を守護している。彼らが一堂に会し、同時に各々の魔力を放てば、まずもって魔王城は無事では済まない。
通信話法を使用しているとはいえ、連携が崩れ兼ねない。或いはそれも侵入者の狙いの一つかもしれない。敵の目的が不明である以上、むやみに戦闘を繰り広げる訳にはいかない。
しかしそこには、そもそも連携を取っていない者が居た――――。
リオンによって放たれた数多の光の矢は、凄まじい速度でありながら、直線上に走っていなかった。その全ては渦を描きながら、一人の男の元へ集束していたのだ。
《暴食》。あらゆるものを体内に取り込む、ギルシュの自然技能である。
光はギルシュの裂けた口から取り込まれた。
(めちゃくちゃじゃんか! 全部吸い込まれたよ!?)
リオンは自身の攻撃をすっかり吸収されてしまったので驚嘆する他なかった。ルヴァンも少し考える。
(暴食と聞けばある程度想像はつくが‥‥‥こりゃ確かにでたらめだな。ノーリスクで何でも吸い込めるなら、カタストロ並みに厄介だ)
もしそうであれば、これからルヴァンらがどのような攻撃を仕掛けようと、ひたすらギルシュに吸収されて何もできない。
(もう少し調べる必要があるな。トーゴ、やってくれ)
(了解)
トーゴは動き出す。――――ところが。
魔王軍幹部らが一手速かった。
(《紅一点》)
ルヴァンらの足元に草が生い茂っていた。
(いつの間に!?)
リオンはギルシュに気を取られていた。
ギルシュがリオンの攻撃を吸収している時、既にフランシールが技能を発動していた。その間、リオンは愚かルヴァンらすら一切技能の発動を感知できなかったのだ。
緑が広がる中に、ルヴァンらは一輪の赤い花を見つけた――――否、彼らの視線は強制的に足元の赤い花へと動かされたのだ。
(まずい、攻撃されるぞ!)
トーゴは視線を幹部に向けようとするが、できない。
この世界には視認できない魔法や、音を媒体とした技能なども少なからず存在する。それでも視覚は、情報を得る上で最も重要である。
故に、魔王軍幹部総勢を相手に視界を制限されたルヴァンらの現状は致命的であった。
ルヴァンは生い茂る草一面を標的として炎を配置した。大量に炎を散りばめたので、草花が消滅するまでにそう時間はかからなかった。
フランシールの技能が無力化されると、即座にルヴァンらは視線を正面へと向けた。
この瞬間、魔王軍幹部らと侵入者らの戦闘は幕を下ろした。ルヴァンらは視覚情報を得ることに必死だった。
ルヴァンらの視線の先には、"オッドアイ"を鮮やかに輝かせたカタストロが居た――――。
ルヴァンの視界は暗転した。
それまでと時間の流れがまるで違う。――というよりは、違うように感じる。周囲の状況が一切把握できない。五感が機能していないようだった。
そして、それまで居た空間とは全く異なる景色が、暗闇の部屋で照明をつけたようにパッと広がった――――――――。
――――――――時間にしてコンマ五秒足らずのこと。しかしルヴァンにはその何百倍もの時間に感じられた。体感でおよそ数分間、彼の意識は"空想世界"に閉じ込められていた。
その後、ルヴァンの身体中で"ひび"が生じ始めた。肉体が崩壊していっているのだ。同時に青い炎も消えていく。
(なるほどね‥‥‥。カタストロの自然技能、こりゃ勝てないわな)
ルヴァンは一人で納得した。
魔王軍の存在は有名であり、数百年顔ぶれの変わらない幹部らの能力も世俗的に噂されている。その能力を自身の肉体を以て理解した瞬間であった。
トーゴとリオンもまた、肉体の崩壊が進んでいた。
カタストロの自然技能は、戦闘を戦闘として成立させない。相手が何人であろうと攻撃は愚か、思考の余地すら与えず、戦闘は始まる前に終了する。
カタストロは魔王軍幹部の中で抜きん出て速く敵を殺せる。何せ、目を合わせた時点で戦闘終了なのだから。
侵入者が突入した時にカタストロが自然技能を使わなかったのは、幹部らが侵入者を束縛するつもりだったからである。
ルヴァンは最期に攻撃を仕掛けようとするが、それよりも肉体の崩壊が速かった。
一度カタストロの自然技能を受けてしまえば、何人たりとも何も為す術はない――――――――――――はずだった。
肉体の崩壊が始まっているにも関わらず、攻撃できる者が居た。
《閃光を纏う者》。光を生み出し、操ることができる自然技能。
肉体が崩壊し切るより速く、リオンは比較的ひびが少ない左手に光を纏わせた。その左手は、カタストロが気づく隙をも与えずに彼女の首元へ向かった――――。
リオンの攻撃は、"赤い障壁"によって防がれた。