66話 青い炎
ゲイルが一瞬にして押し潰された。魔王軍幹部の攻撃によって潰されたことは、言うまでもなく理解できている。ルヴァンは別の疑問を抱いていた。
"低速化しているはずの空間で、なぜ相手の攻撃は即座に作用したのか?"
低速化していれば、ゲイルは今頃ゆっくりと骨や肉を歪め潰されている最中のはずだった。
全く見当がつかないという訳ではない。しかし、ルヴァンの推測が正しいとすれば――
(魔王軍幹部ならこれくらい朝飯前ってか?)
ルヴァンは自身らの周囲に点々と青い炎を配置した。
――――"領域の操作"。それは技能のコントロールにおける極致。
普通、技能は"使用者の手元"や"使用者を中心とした一定範囲"のように特定の領域でしか発動できない。コントロールできたとしても効果を及ぼす範囲の拡大縮小くらいのものである。
ところがエンドールは一定範囲に低速化の効果を及ぼした後、ゲイルのいる空間だけを通常速度に戻した。技能を発動している範囲内の一部のみで技能を解除したのだ。
この繊細な技能のコントロールが、"領域の操作"である。
このまま低速化した空間内でエンドールが《空間変速》の効果を切り替え続ければ、ルヴァンらは完全に相手のペースに呑まれてしまう。そうさせないために青い炎を自身らの周囲に配置したのだった。
(青いのがたくさん浮いてるけど、何かしら?)
カトレイヌが青い炎について問う。
(自然技能だろうなあ。‥‥‥火属性なら相性が良い。中央の奴は僕が相手しよう)
悠々とそう答えながら、アークは青い炎を見つめた。間もなく青い炎一つ一つの内側から水飛沫が噴出した。
アークは水を手元からではなく、任意の場所から発生させている。アークもまた、"領域の操作"を会得していた。ルヴァンは表情一つ変えていない。
(魔王軍幹部ってのはどいつも芸が達者だな‥‥‥。けど俺の炎は消せない)
アークは首を傾げた。
――――内側から水が噴出しているにも関わらず、青い炎は燃え続けていた。
自然技能《虚炎》。触れているものを焼き尽くすまで絶えることなく、それ以外のあらゆるものと干渉しない虚ろの炎を作り出す。
青い炎はこの空間に存在するあらゆる気体――魔素を含む――を焼き尽くすまで消えない。
相手の獲得技能やおおよその能力を測る手段として鑑定技能があるが、相手の自然技能に限っては極限まで鑑定技能を極めた者でないと測ることができない。セシリーのような魔王軍幹部に仕える従者などは、敵を見極めるために鑑定技能を極めている。
魔王軍幹部らはルヴァンの自然技能の能力を知らず、その効果を警戒している。
故に、エンドールは青い炎が配置されているルヴァンらの周囲では低速化を解除することができなくなったのだ。
(これで振り出しだな。幹部さんたち)
――――残る侵入者は三人。内、一人の技能で侵入者らの周囲に青い炎が点々と配置されている。炎は徐々に勢いを増している。
(僕の水で消せないから、ただの火じゃないね。そもそも干渉すらしてない気もする)
アークは冷静に分析している。"水の神"と称されるアークが言う"ただの火"とは、一般的に言われる"火"とは意味が異なる。
この世界に存在するおよそ全ての火属性は、アークが生成する一滴の雫で消滅してしまうという。アークの水で消滅どころか衰弱すらしなかったルヴァンの火は、もはや火ではないといえるのだ。
(徐々に勢いを増している。炎の仕組みを把握できない以上、奴らの居る領域では低速化を解除し兼ねる)
エンドールの言葉にヴァウラは答える。
(問題ない。このまま排除する)
(左の可愛い女の子を捕縛しようよ! 向こうの情報聞き出したら、私のコレクションに加えるの!)
カトレイヌは目を輝かせてそう提案した。彼女は"可愛らしい何か"を見かければ必ず我が物にしようと動く。しかし提案の理由はそれだけではない。
拷問において、侵入者の中で最年少と思われる少女――リオンが最も容易に口を割るはずだからである。
(――いや、全員排除する。捕縛は恐らく不可能だ)
ヴァウラはカトレイヌの提案を却下した。
(そんなぁ‥‥‥)
カトレイヌは落ち込むが、ヴァウラの意見に疑問を呈する者はいない。その理由は彼の実力が認められているからに他ならない。
パワーはヘルブラム、瞬殺はカタストロ、頭脳はエンドール――と魔王軍幹部にはおおよそ得意分野がある。そうなるように魔王が幹部を抜擢しているのだ。
それを踏まえた上で総合的に最も実力があるのがヴァウラである。
魔王軍が結成された当初から数百年の歴史の中で一度もなかったことだが、もし仮に魔王軍幹部全員が殺し合いをすれば、五割以上の確率でヴァウラが勝つだろう。
ヴァウラの"全員排除"という意見に即座に反応したのはカタストロだった。
(それなら私がやるべきよね! やっていいわよね!!)
カタストロは些か破壊衝動が強かった。
(しかし、奴らはエンドールの低速化に難なく適応しておる。こちらの技能の対策をしているだろうから、そう容易にはいかなそうな)
ヨシノはそう推測した。他の幹部も納得している。
(キホンてキニは、アいテノデカたヲウカがいナがら、スキガアれバ、カタストロにイッソうシテモライたイデすネ)
フランシールの言葉で方針は決まった。
(‥‥‥早く終わらせてくれよな? エンドールの技能は焦れったいんだよ)
ヘルブラムはそう言うだけだった。物理的な戦闘に長けたヘルブラムにとって低速化した空間は相性が悪いのだ。
ギルシュはそもそも《通信話法》を使用していない。他の幹部に比べて協調性に欠けており、ただただ攻撃を仕掛ける瞬間を見極めていた。
――――一方、侵入者三人も作戦を確認していた。ルヴァンが指揮を執っている。
(今一度確認する。まずカタストロとは目を合わせるな。目が合えばその時点で全滅確定だ)
(分かってるよ)
リオンはそう返事した。
(次にヴァウラ。奴の実力も具体的に把握したいところだが、奴は慎重派でガードが硬い。カトレイヌとアークの技能はほとんど割れている。今回この三人は様子見程度で警戒しておけ)
(ああ。ゲイルの二の舞はごめんだからな)
もう一人の侵入者である男――トーゴが答えた。
(ヘルブラムとヨシノの技能は低速化した空間に適していないから、直接戦闘には関与しないだろう。そして俺の炎のシステムが不明な以上、エンドールも何もできないはずだ。こいつらは無視でいい)
(あの赤い箱に籠ってる奴はどうすんの?)
リオンは視線をヒロトに向けていた。
(そいつも大したことはできないだろう、無視だ。今回俺たちが探るのはフランシールとギルシュの自然技能だ。‥‥‥くれぐれも抜かるなよ)
((了解!))
魔王軍幹部と侵入者、双方の作戦がまとまった――――。