65話《空間変速》
侵入者四人もまた、《通信話法》を使用していた。
(早速来たな、エンドールの自然技能‥‥‥)
先頭でやる気のなさそうな半目の男――ルヴァンは発言する。《通信話法》は、使用者らが互いに同意していないと成立しない技能であるため、ルヴァンらの会話が魔王軍幹部に聞かれることはなく、逆もまたその通りである。
(ゲイル、ちゃんと忠告は守ってるんだろうな?)
ルヴァンは瞳孔をゆっくりと右後ろに居るはずの男――ゲイルへと傾けながら言う。ところが、彼の瞳孔がそう動くよりも先に、ゲイルの狂喜に満ちた表情がルヴァンの視界に飛び込んでいた。
(警戒しておけば良いんだろ? 通信話法も使ってるし、何も問題ないじゃないかァァ!)
ゲイルは、攻撃を仕掛けようとしていた――。
(ゲイル!! 低速化が来た時は勝手に攻撃を仕掛けたらダメって話だったじゃんか!)
四人の中で最年少の少女――リオンが叱りつける。魔界に侵入する直前、ルヴァンは同じように三人に忠告したはずだった。
(何が悪いって言うんだ? あらゆる動作が遅くなっただけで、結局やってることはいつもと何ら変わらない。魔王軍の技能に警戒して戦えば良いだけのこと!!)
ゲイルは理解していなかった――《空間変速》によって低速化した空間で戦闘を行うことが、いかに危険であるかを。
通常、脳は情報の受信と発信を同時に行っている。腕が立つ者ほど、それをより繊細に行う。不慣れな素人であれば受信と発信は脳で混同し、結果的に非合理的な行動をすることになる。その道の達人であれば、一連の流れである受信と発信との間に間隙を生み、より合理的な行動を導き出す。
その間隙は、当然ながら絶対的である時間が引き延ばされて生まれているのではない。ただその者の感覚が、より研ぎ澄まされているだけである。
現在、空間は《空間変速》によって低速化されている。低速化に伴って時間が引き延ばされることによって、情報の受信と発信との間にある間隙が強制的に生み出されている。
(――左端の童、攻撃を仕掛けておる)
ヨシノの言葉にヴァウラが一言だけを返す。
(俺がやる)
――受信から発信までの間隙で、対策を練ることができる。そこに《空間変速》における《通信話法》の意義があった。
通常の速度なら、これほど正確に情報を分析し、整理することはできない。
ゲイルは低速化してもやることは通常と何も変わらないと考えているが、そうではない。
エンドールの自然技能《空間変速》において低速化とは、その空間の時間軸に本来存在しない空間を作り出すことである。
パラパラマンガで例えると分かりやすい。
イラストが何枚かある。それらを重ねて、一枚ずつめくることで一つの場面のアニメーションが完成する。めくるペースは、時間の流れの速さ。めくるペースを落とせばアニメーションは低速化するが、これは《空間変速》とは原理が異なっている。
《空間変速》における低速化は、パラパラマンガの同じ場面におけるイラストの枚数を増やしているのと同義なのだ。
イラストの枚数を増やして同じペースでめくれば、アニメーションは低速化する。そして同時に、より繊細な動きとなる。これが情報の受信と発信の間に強制的に生み出された間隙である。
強制的に生み出された間隙は、感覚が研ぎ澄まされ、時間をより繊細に使うことのできる達人にとっては無限とも思える時間。故に、慎重に行動する必要があった。
その者たちの能力によって差はあるが、《空間変速》によって低速化された空間では基本的に――――
(圧殺――――)
後手に回った方が勝つ。
「ウゥゥ‥‥‥ヴェェッ――――――――」
ゲイルは独りでにくしゃくしゃに押し潰れてしまった。
ヒロトは驚きが隠せない。ゆっくりと動くその空間で、既に魔王軍幹部と侵入者の攻防は始まっているのだと、ようやく理解できたからだ。
侵入者四人のうち、一人が撃退された。




