50話 怨念の不死兵
セシリーとターギーは、男が生成した不死兵をいとも容易く倒していく。しかし不死兵は黒い影から次々と出現し続けていた。
「この程度、造作もありません」
「従者とやらの嬢さん、不死兵に気をとられるとまたあの妙なオーラが襲ってくるかもしれない。くれぐれも警戒を怠らないでくれよ」
「っ! ‥‥‥そ、そんなこと言われずとも承知しています!!」
二人はまだ余裕そうであった。
「――ここへはどうやって来たんだ?」
ヒロトはアズサに尋ねた。"敵の頭を潰す"と言っていたので、なぜ敵の頭がここに居ることを特定できたのかが不思議だった。
「ウチは勇者一党の一人として古代魔法を扱っているが、本分は魔法と技能の研究にある。索敵の技能を魔法に派生させ、より効果を大きくすることで不死兵全体の動きを把握できる。その起点であるあの男の動きもおおよそ把握した」
「お、おぉ‥‥‥。研究者か。もしかして君、王国でトップクラスに強いんじゃ‥‥‥?」
スケールの大きいことを簡単そうに話すアズサにヒロトは少し怖じ気づいた。しかし、アズサは首を横に振った。
「レグリス王国だけでみても、不本意ながら恐らく勇者の方が上手だろう。古くから国に伝わる伝説の聖剣を数十年ぶりに自分の鞘に納めることを成功させた男だ」
ヒロトはその"聖剣を抜いた男"とやらに覚えがあった。先日、ヒロトの屋敷に一人で訪れた勇者と名乗る男――というよりは青年である。
「やたらと自分の実力に自信のあるヤツで、あまり好意的な印象ではない。貴殿ら魔王軍幹部を三人まとめて倒せるなどと宣っていたので、皮肉も相まって今回は王国の方の防衛を勇者一党に任せたのだ。失敗したら鼻で笑ってやる」
「勇者一党ってのはなんだかギスギスした雰囲気だな‥‥‥。けど、確かに勇者はめちゃくちゃ強そうだったし、勇者の言葉も強ち間違いじゃないんだろうな‥‥‥」
ヒロトの弱気な態度にアズサは目を丸くした。
「幹部殿が弱気になられては困る。あのナルシストを何度か葬ってもらわなければ」
「人類と魔王軍と、どっちの味方なんだ‥‥‥」
セシリーとターギーが思いの外不死兵を撃破するので、男は苛立ちを覚え始めた。
「僕の目的は魔王軍幹部に復讐することだ。お前たちに用はない」
黒い影から、悍ましいオーラ。セシリーとターギーは一時撤退を余儀なくされた。
影から現れたのは、下位不死兵よりも一回り以上大きい不死兵――上位不死兵の集団。しかし、普通の上位不死兵とは何かが違う。その違和感にヒロトとアズサは気がついた。
一言で言うならば、男が放っていたのと同じようなオーラを纏っている。
「でかくなったところで状況は変わるまい!」
「こちらも一気に畳み掛けます」
「ちょっと待て」
ターギーとセシリーが戦闘を再開しようとしたところに、アズサが割って入った。
「ここからはウチも助力させてもらう。幹部殿は動かぬようなのでな」
「なんだと‥‥‥? 人間ごときが俺と並んで戦うなど――!」
ターギーがまた怒りを爆発させそうになったのでヒロトは慌てて止めようとする。
「ターギー、今は喧嘩してる場合じゃないだろう? 協力してくれ。ほら、これも労働労働」
「くっ‥‥‥! 金のため!!」
上位不死兵と、ヒロトを除く三人が向かい合った。
――男の合図で上位不死兵は動き出した。
即座に距離を詰める。コンマ一秒程度のこと。セシリーの目はその動きに慣れており、すぐさま前方に殺傷空間を展開した。それに不死兵が反応し、その一瞬で認識したターギーとアズサも行動に移った。
アズサにより、不死兵の足元に魔法陣が出現。まもなくそこから火柱が噴き上がった。
同じタイミングで、セシリーは強力な刃を走らせる。炎と刃によって、範囲内に居た不死兵はかわすことも叶わずに全滅する。
攻撃を免れた不死兵は隙を見せたアズサを狙う。それをターギーが側面から殴りかかった。凄まじい一撃に不死兵は砕け散る。
「礼を言おう」
「お前のためじゃない、金のためだ!」
「二人とも、次が来ます!」
影から再び上位不死兵が現れた。三人は戦闘を続けた。
* * * * *
セシリーらの戦闘を見守る俺。
互いに初対面の状況であるにも関わらず、上手く攻撃を組み合わせている。
まず、あの中で一番上位不死兵の動きを知っているのはセシリーだ。なにせ、攻め入る上位不死兵の群れを下位不死兵諸とも相手にしていたのだから。
セシリーが先陣を切って、それに合わせてターギーと少女が対応している。ターギーは元々の身体能力が高いし、少女は"古代魔法"とかいうなんだか凄そうな攻撃を行う。
絶え間なく現れ続ける上位不死兵だが、あの三人なら対等に戦える。
ただ、気になることが一つ。上位不死兵が纏っている不気味なオーラだ。オーラのないそれとの能力的な違いは窺えないが、どこか引っかかる部分がある。
なんとなく、景色が不自然な気がする‥‥‥。
「ん?」
ふと俺の目に入った不死兵の死骸。絶命しているはずのその骸骨が、未だにオーラを纏っている。
あのオーラは、一体――
「それは怨念だよ」
背後から男の声。信じがたい事象に悪寒が走る。何か勢いを感じた俺は、咄嗟に全身を境界壁で覆った。
その直後、鈍い鉄のような音が響く。境界壁の中で振り返ってみると、骸骨を鎧のように身に纏った男が、鈍器を模した骨の塊を片手に立っていた。