49話 幹部とは?
不死兵の進軍はピタリと止まり、壁の向こうながら、黒いフードの男が明らかに目立っていた。
不死兵が進軍してこなくなったので、セシリーたちはようやく変化に気づいた。壁を張っておく必要がないと判断した俺は、全ての境界壁を解除した。
その途端、男から放たれる禍々しく青黒いオーラが一気に漂い始め、セシリーたちは突如俺の方へ退いてきた。二人とも何か危機感を覚えたようで、額に汗を伝わせている。
青黒いオーラは周囲の木々に纏うと、即座にその枝葉を枯らした。しわしわになった木々は次々と崩れ落ちていく。
どうやらあのオーラには生命力を奪うような効果があるらしい。セシリーたちの咄嗟の退避は正しい行動だったのだ。
というかこれ、急に境界壁解除した俺が大戦犯だよね。‥‥‥マジでスマン。
「ヒロト様、あの者は‥‥‥」
心の中で謝罪する俺に、セシリーは尋ねた。
「ああ、あいつは――」
「不死兵を指揮していた張本人だ」
俺の言葉は少女の声によって遮られていた。‥‥‥って、少女??
俺は声がした後ろを振り返った。するとそこには、ここに来る道中で情報を提供してくれたあの少女が居たのだった。
「「人間‥‥‥!!」」
セシリーとターギーが同時に反応した。鋭い目つきで少女を睨み出す。少女が現れたのも驚きだが、セシリーたちの反応の方がもっと驚きだ。
「ちょっ、二人とも落ち着け! 今はこっちで争ってる場合じゃないだろう」
俺の一声で二人の態度は幾分かマシになった。敵の親玉を前にして、別のことで騒いでいる余裕などない。
俺は黒いフードの男を横目に、少女に尋ねる。
「王国に戻るんじゃなかったのか? それに魔力を使い過ぎたって言ってたろう」
王国の方にも不死兵が攻め込んできて大変だろうし、何より少女は立っていられないほどに疲弊していたはずだ。
「王国は勇者一党に任せて、ウチは敵の頭を潰すことにした。魔力については、森林の魔素が濃いおかげもあり、戦えるくらいには回復したので問題ない」
少女は凛々しくそう答えた。先ほどまでの弱った姿が嘘のようだ。
「‥‥‥それに、(か弱い女の子扱いされたままでは帰れまい)」
俺は少女の小声をうまく聞き取れずに疑問符を浮かべるが、少女は言葉を繰り返さなかった。
経緯はよく分からないが、お喋りしている暇はなさそうなので、俺はいよいよ黒いフードの男の方に身体を向けた。
* * * * *
男は手を前に出した。周囲の地面に黒い影が出現し、そこから骸骨の手がいくつも揺れていた。まるで野に咲く花が風に揺れるようであるが、ヒロトの記憶にこのような悍ましい花畑はない。
男からは、とてつもない憎悪のようなものが感じ取れる。
「この日のために、僕は血が滲むほど努力した。――そして死神になった」
男はそう言った。
復讐のためのそれであろう。あれだけの不死兵を使役できるほど。並大抵では済まないであろう凄まじい努力を積んだというのが想像に難くない。
「生死の境を越えるほどに、復讐の念に駆られていたのか‥‥‥」
アズサはそう呟いた。当時の、魔王軍幹部襲撃の影響を受けていない彼女に、男の復讐心の如何は計れまい。
「理由はどうであれ、相手は本気で努力してきた。なら、生半可に戦う訳にはいかない。こっちも全身全霊で対応しなきゃな」
ヒロトは男の復讐心については語らず、ただ全霊で相手に応じようとしていた。それで、アズサはヒロトの方を見つめた。
魔王軍幹部というのは、自身が復讐の対象であるにも関わらず相手の気持ちを尊重することができるのか‥‥‥。そう思ったのだ。
アズサは人間と魔王軍との戦いなどには一切興味がなく、それまでの魔王軍幹部へのイメージは、全て風の噂によった。人々が語り継いできた魔王軍の認識と、幹部襲撃による噂。
"魔王軍幹部は無慈悲で冷酷で恐ろしい"。
噂はあまり信じないというアズサだったが、それでも彼女が想像していた魔王軍幹部の画は、ヒロトによって大きく覆りつつあったのだ。
「やはり噂は当てにならないのだな」
黒い影から揺れていた骸骨の手は、やがてその全貌を現し始めた。ヒロトらは今、初めて不死兵が生成される瞬間を目撃した。
それはまるで、死人が地獄から地上へと迫り上がってくるよう。ヒロトは改めて不死兵を見た。足取りは重く、頭蓋骨は表情を示さないにも関わらずどこか負の感情を思わせる。
「始めるか‥‥‥」
ヒロトは低めの声音で呟いた。アズサは固唾を呑んだ。魔王軍幹部の戦いを間近で見ることができるので、緊張していた。
ヒロトは不死兵を指差した。そして――
「セシリー、ターギー! 行け!!」
「はい」
「おう!」
「‥‥‥は?」
セシリーとターギーは不死兵と戦闘を始めた。ヒロトは、一切動いていない。アズサは疑問符を浮かべた。
「‥‥‥幹部殿?」
「なんだ?」
「貴殿は戦わないのか?」
「ああ、もちろん」
ヒロトがあまりに悠然と答えるので、アズサは自分を疑った。
魔王軍幹部が確かに放ったはずの言葉を聞き間違えたのだろうか?
「先ほど、全身全霊で対応すると‥‥‥」
「うん。だから俺は戦わないようにしている。この中じゃ一番弱いからな!」
なぜかドヤ顔のヒロト。アズサは呆然とした。相手の気持ちは尊重できるのに、戦いは従者たちに任せるのか‥‥‥?
魔王軍幹部がどのようなものなのか、分からなくなってしまった。
「この状況に違和感を覚えているのは、もはやウチだけなのか‥‥‥??」