45話 敵の目的
「間一髪‥‥‥!」
どうやら俺の境界壁は、まさにやられる寸前だったセシリーを守ることができたらしい。‥‥‥ギリギリすぎる。
俺が安堵していると、セシリーを囲んでいた不死兵の中にターギーが殴り込んだ。
一回り以上大きい不死兵が、ターギーの拳でよろけている。ターギーの一撃は、重い上に速い。そこに居た四体の不死兵をものともせずに殴り倒していった。さすが獣人だ。
不死兵がセシリーから離れたところで、俺はセシリーの近くまで行き、境界壁を解除した。
怪我は窺えないが、疲労感があるように見える。
「ヒロト様‥‥‥」
弱々しいセシリーの声。
「もう大丈夫だ。一旦下がろう」
「上位不死兵が、侵入しています」
セシリーは自分が危険な状態であっても、不死兵の進軍を案じていた。俺はセシリーの腕を肩に回し、立ち上がった。
「ああ。すぐ後ろにデカイ壁作っておいたから、それ以上侵入されることはない。‥‥‥それに、もう進軍の心配をする必要もないだろう」
ターギーが不死兵を食い止めている内に、俺達は歩き出した。セシリーは首を傾げる。
「どういうことですか?」
「不死兵の――というか、その親玉の目的は恐らく俺だ」
目的である俺が目の前に居るのだから、不死兵がそれ以上進軍することはないという訳だ。
「なぜ、敵の目的がヒロト様だと‥‥‥?」
「後で話す。まずは身の安全から」
一時的に巨大な境界壁の内の一部を解除し、その抜け道を通るようにセシリーに促した。後に俺が通って、不死兵を足止めしていたターギーも素早く通り抜けた。不死兵が追いつく前に境界壁を修復。これで安全だ。
俺の境界壁がある限り、不死兵は進軍することができない。のんびりとお話ができる。‥‥‥あまり悠長にはしてられないけど。
まずはセシリーの回復が必要だ。時間はあるので自然治癒を待つこともできるのだが、可能であればセシリーをあまり長く苦しませたくはない。
「ターギー、回復ポーション的なヤツ持ってたりしないか?」
「ある!」
来たコレ。さすが対応が良すぎるターギーだ。未来視にも匹敵する準備の良さ。
「一つだけだが、疲労と軽い傷、ダメージを治癒できるポーションだ」
ターギーは爽やかな笑顔で懐から回復ポーションを取り出し、それをセシリーに手渡した。セシリーは警戒しているようだ。
そういえばセシリーとターギーは初対面だった。
「こいつは獣人のターギー。ターギーのことは不死兵の件が済んでから話す。‥‥‥まぁ心配するな。毒とかは入ってないから」
俺がありふれたようなことを言うと、セシリーは一つ頷いて回復ポーションを飲んだ。
疲労で少し背を丸めていたセシリーだったが、無事に回復できたらしく、いつもの姿勢が整ったセシリーに戻った。
「ありがとうございます」
セシリーはターギーに深く頭を下げた。
「とんでもない。これも労働、金のため!」
ガッツポーズを決めるターギー。相変わらずのモチベーションの高さだ。
「セシリーも色々気になるところはあると思うが、とりあえず今までの経緯を教えてくれないか?」
セシリーは頷き、これまでの出来事を話してくれた。
――話によれば、二人が森の最西端に到達したところで不死兵の軍勢を視認できたのだと。それからティアナが、不死兵を操っている親玉を特定するために、不死兵の軍勢が進軍してきた方角に向かった。
セシリーが一人で不死兵を対処してたが一向に数は減らず、数時間が経った先ほど、軍勢の約半数が融合して上位不死兵になったらしい。
そして今に至ると。
「ティアナはまだ戻って来ていないのか?」
「はい‥‥‥」
‥‥‥まずいな。数時間経って戻っていないとなると、"親玉に見つかって倒されてしまった"なんて恐れがある。――いや、ティアナはそんな簡単には倒されない。それに敵を探るだけなら、状況に応じて撤退することができるだろう。今は、この不死兵の軍勢をどうにかすることが急務だろう。
「ヒロト様。敵の目的はなぜヒロト様なのでしょうか」
セシリーが尋ねた。俺は「ああ」と返事し、道中に会った少女から聞いたことを話した。
「不死兵の軍勢はここだけじゃなくて、同時にレグリス王国にも進軍しているらしいんだ」
「不死兵の目的はレグリス王国にもある、ということですか?」
「そういうこと。――で、今から約一年前。俺の前の魔王軍幹部が王国を襲撃した時だ」
突然、セシリーの目つきが変わった。怒りの感情が涌き出ている。
「セシリー、気持ちは分かるが今は抑えてくれ」
「も、申し訳ございません‥‥‥」
以前自分が仕えていた幹部を殺されたという、人間への怒り。忘れろなどとは決して言えないし、俺も到底他人事ではない。ただ、今だけは不死兵の件に集中してほしい。
「なぜ魔王軍幹部が襲撃してきたのかが分からない国王は、言いがかりで数人の住人を追放した」
「つまり‥‥‥自分を理不尽に追放した国王と、その原因を作った魔王軍幹部に復讐をすることが目的ということですね」
セシリーは結論をまとめてくれ、それに俺は頷いた。理解が早くて助かる。
‥‥‥と思ったら急にセシリーが騒ぎ出した。
「ですがそれは、以前の幹部様に対するものであって、ヒロト様は一切関係がないはずです! おかしいです!」
小さな頬をぷくりと膨らませて突然そんなことを言い出すので、俺は唖然とした。
「ヒロト様にここまでお手を煩わせるなど、許されません! ヒロト様、どうか私に任せてお下がりください!!」
華奢な身体に力を込めてぐいと俺に迫るセシリー。
「‥‥‥ちょ、落ち着けセシリー。気持ちはありがたいが、お前たちだけであの数を止めるのはさすがに無茶だ」
「しかし――!」
俺はセシリーの反論を遮って言った。
「勘違いでも俺のことが目的なんだから、俺が行かなきゃ一層面倒なことになるだろう? それに――」
一年前の魔王軍幹部の襲撃。これは‥‥‥
「俺にも関係があるんだよ」
この一言で、場が静まり返った。ただ、壁の向こうの集まりつつある不死兵がカツカツと骨を軋ませる音だけが響く。
「――どういう、ことですか」
セシリーが戸惑いを隠せない様子で問う。
「詳しくはまだ言えない」
一年前のその出来事には、俺の過去が深く関わっている。いや、関わっているどころのものじゃない。‥‥‥だが、今はまだ話せない。話す訳にはいかない。
「‥‥‥そうですか。承知致しました」
セシリーは、俺の心情を察してくれたらしかった。
「‥‥‥話の筋はよく分からないが、今はあの不死兵どもをどうにかすることが最優先じゃないのか?」
ターギーが言った。続けてセシリーも。
「そうですね。ヒロト様、如何致しましょう?」
「ああ‥‥‥」
すまない。その時が来たらちゃんと話すよ、一年前のことを。‥‥‥俺がどうして、魔王軍幹部になったのかを。
俺はセシリーたちに指示を出した――。