44話 従者の奮闘
不死者を黄泉へ帰さんと、空を舞う刃。森に迫り来る不死兵の軍勢を、セシリーが一人で食い止めていた――。
――多い。あまりに数が多すぎます。もう数時間、刃を振り続けているというのに、一向に減る気配はありません。
倒せていないという訳ではありません。多くても二度の斬撃で不死兵は絶命しています。ただ、それを上回る早さで数が増えているのです。
不死兵は、明らかに私を見ていない。やはり何者かに操られているようで、もっと奥にあるはずの一つの目的だけを見ているように思えます。
生きていても倒しても全く情緒を見せないので、手応えも感じられません。
倒しても倒しても、当たり前のように涌き出てくる不死兵。一方私は、腕に鈍い痛みを覚え始めていました。このままでは私が先に音を上げてしまいそうです。
しかしそんなことは断じて許されない。
せっかく今、ヒロト様が有意義な時間を過ごされているというのに、ここで私が朽ちてしまえばそれも台無しになります。
それにティアナにもここを任されています。もうじき、この不死兵の軍勢を操っている何者かを突き止めて、こちらに戻ってくるはずです。
ティアナの、そしてヒロト様の期待に背く訳にはいかない!
この不死兵を全て倒し切るのにはまだかなり時間が必要なようですが、せめてティアナが戻ってくるまでは持ちこたえなければ――。
セシリーの刃は不死兵の群れをひたすらに刻み続けていた。それでも不死兵は増え続け、徐々に森へと近づいて来ていた。
ヒロトのためにと戦うセシリーの強い意志と裏腹に、状況は悪化の一途を辿っている。
セシリーが今戦っている不死兵の数は、彼女が現在視界に確認できているだけで一万はある。
魔王軍幹部の従者として教育されているセシリーは、習得している技能のほとんどが家事や幹部の補佐にあたるものであり、戦闘系の獲得技能は皆無に等しかった。
故にこの数時間は、自然技能である《狂想曲》のみで対処している。この技能は指先で刃を操作するので、腕や指の関節に大きな負担がかかっていた。
それでもセシリーが未だに鈍い痛みだけで耐えているのは、ヒロトの稽古によるところが大きい。
数時間刃を振り続けるのはこれが初めてという訳ではない。ヒロトの最初の稽古内容で、ひたすらに境界壁を攻撃し続けた。
また、ヘルブラムとの戦闘の最中で身につけた技能《殺傷空間》は、常に高速で無数の刃を巡らせる必要がある。
これらの経験で、セシリーは《狂想曲》において並外れた体力を得ていたのだ。
ティアナの一報が入るまでは持ちこたえようとするセシリーだったが、それを否むかのように不死兵は動きを変えた。
不死兵が進軍を止めたかと思えば、約半数の不死兵が複数でまとまりを作り始めた。
セシリーは何が起こるか察していた。
「まさか融合するのですか‥‥‥!?」
しかし察したところで、止めようがない。一度に半数もの不死兵が融合するのだから。
――現れる大量の上位不死兵。
明らかに動きが変わった不死兵は、跳躍で森の中に侵入していった。セシリーは上位不死兵の能力を知っていたが、数時間同じ動きをしていたために反応が遅れてしまった。
数秒の後にセシリーは森に侵入した上位不死兵を追った。
セシリーの身体能力は高い。ヒロトからはアクション役者だったのではないかと思われるほどである。‥‥‥無論、アクション役者以上である。
木に跳び乗り、勢いをつけて別の木に跳び移る。そして刃を自在に走らせ、上位不死兵の首を跳ねた。
当然それだけでは絶命しない。一瞬勢いを失った上位不死兵を、追い越し際に刃で何度も斬りつけるのだ。
そうやって侵入した上位不死兵を次々と倒していくセシリー。しかしセシリーという壁を失った森には、次々と不死兵が侵入していた。
上位不死兵はセシリーを無視して森の中を駆けていく。それを追いかけて仕留めるセシリー。
下位不死兵の侵入は仕方がない。それよりも今は進軍のペースが速い上位不死兵を優先的に排除しなければ。
セシリーは割り切って考えた。
自分を必ず攻撃していた下位不死兵と違い、上位不死兵は目の前の敵よりも目的を急ぐように操られているのだろうか。
上位不死兵を追うのは楽じゃないが、下位不死兵と上位不死兵で役割が違うなら、その対処の仕方も工夫がしやすい。
‥‥‥だがどうにも合点がいかない。下位不死兵を背にして、妙な違和感をセシリーは覚えていた。
そんなに単純な操り方なのだろうか?
先ほど不死兵は、半数が融合した。融合はめったに起こるものではないので、何者かによるもので間違いない。
つまり何者かは、半数の不死兵の動きを操って融合させたのだ。
もし、その時々で不死兵への命令内容を変更することができるなら?
――セシリーの気づきは、少し遅かった。
「うっ‥‥‥!!」
背後から凄まじい勢いで殴られたセシリー。木の上から落下してしまった。
何とか着地したセシリーだったが、不意打ちのダメージが大きい。背後からセシリーを殴ったのは、案の定上位不死兵だった。
セシリーは忽ち上位不死兵に囲まれてしまった。
すぐに刃を振るうが、上位不死兵はいとも容易くかわしてしまった。何者かの単純だった不死兵への命令が、いよいよ具体的なものになったのだ。
セシリーを倒せるほど具体的な命令に。
再び、不意打ちを受けた時の衝撃が襲い、屈み込むセシリー。上位不死兵はその隙を許さなかった。
攻撃態勢に入る上位不死兵。
「‥‥‥ヒロト様――」
攻撃を受ける間際、何を思ったのか、セシリーはヒロトの名を呼んでいた――――
上位不死兵の攻撃が、一度に弾かれた。セシリーが顔を上げる。彼女の身体は、"鮮やかな赤い壁"に覆われていた。
――ヒロトが、駆けつけた。