42話 目的の一致
アズサは全身が緊張するのを感じていた。
以前、この森でユリウスが対峙した魔王軍幹部の一人。映像越しでしか見ていないアズサには、ヒロトがどんな能力を持っているのか分からない。ユリウスは"弱すぎる"と言ったが、自信過剰な彼の言葉を信じることなどできない。
もし仮に自分より弱かったとしても、今の状態では戦闘するどころか、逃げることすらできないだろう。
「お前、何者だ?」
ターギーが問うた。アズサは額に汗を流す。
適当に嘘をついて、場を乗り切るか。本当のことを話して、見逃してもらうか。とにかく、"魔王軍幹部を攻撃する意志はない"ということだけは伝えなければならない。
「‥‥‥ウチが何者かは論点じゃないはずだ。知りたいのは目的だろう?」
アズサはあくまで冷静に振る舞おうとした。動揺を見せて疑われてしまうことを避けるためだった。
ターギーの表情は険しくなった。
「自分の現状を弁えてないようだな。お前はここで――」
「ちょっと待てターギー」
ヒロトがターギーを止めた。
「相手はいかにもか弱そうな女の子だぞ? 少し当たりが強すぎるんじゃないか?」
「だが人間は魔術や剣術を使う。老若男女では判断できない!」
ターギーは、少し自棄になっていた。ヒロトはそれを察しつつ、説得しようとした。
「まぁでも既に彼女ヘトヘトみたいだし、大したことはできないだろう。それに、ここら辺で人間っていえば、レグリス王国くらいだ。特定する必要はない」
ターギーは黙った。
アズサには口を挟む有余などなかった。下手なことをすれば最悪、殺されることすらあり得るからだ。
魔王軍幹部がどうするのか‥‥‥。
「なぁ、ここに来た目的だけ教えてくれ。俺達も今暇って訳じゃなくてな。お互いに害がなければ、それが一番だろ?」
ヒロトは尋ねた。
どうやら幹部の方に敵意はないらしい。それに目的を告げれば、怪しまれることもなくなるだろう。
アズサはヒロトの質問に正直に答えた。
「この森に、不死兵が近づいている。それを阻止するために来た」
これを聞いたヒロトは目を見開いた。
「不死兵だと!? おい、不死兵のこと何か知ってるのか!?」
突然ヒロトが形相を変えて前のめりになるので、アズサは思わず後退りした。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。自分の言葉を振り返るが、心当たりはない。
すぐにヒロトは我に返った。
「‥‥‥すまない、取り乱した。今、俺の従者が不死兵と戦っている。なぜ不死兵の軍勢がこっちに進軍しているのか分からない状況だ。もし何か知ってることがあるなら教えてほしい」
それでもヒロトは必死のようだった。それでアズサは理解した。
魔王軍幹部も不死兵と対峙している。現在、アズサと幹部の目的は重なっているということ。
アズサは、自分の考察をヒロトに話した。
「――なるほど、大体分かった。俺を狙ったその何者かが上位不死兵とやらを故意に作れるほど繊細な操作が可能なら、ティアナたちが手こずるのも頷ける」
ヒロトは自分の懸念に合点がいった。
「だから奴らが融合する前に、事を‥‥‥終わら、せなければ‥‥‥」
アズサは言い終える前に倒れてしまった。先ほどの激しい緊張で体力を余計に消耗してしまったのだ。ヒロトは即座に駆け寄った。
「おい! どうした!?」
ヒロトがアズサの上体を抱えようとするが、アズサは脱力し切っていた。ターギーはそれを黙って見ていた。
「ここに来るまでに魔力を使いすぎた‥‥‥。しかし、ここで倒れる訳には‥‥‥!」
自分にはまだやることがある。森を攻める不死兵を倒し、王国へ戻り、ユリウスたちや兵士らを助けなければならない。こんなところで大人しく眠っている暇など――
「‥‥‥お前も何かと大変そうだな」
ヒロトはアズサの焦燥の眼差しを見て言った。
「王国の方にも不死兵は進軍してるみたいだし、森のことは俺らに任せて、あんたは王国に戻った方が良い」
「けど奴らの数は‥‥‥!」
「大丈夫大丈夫、何とかする。自己紹介が遅れたけど、こう見えて俺は魔王軍幹部なんだ」
ヒロトの言葉を聞いたアズサは、何か妙な感覚を覚えた。それが何かを理解する前にヒロトは立ち上がった。
「よし行くぞ、ターギー」
「‥‥‥ああ」
そうして魔王軍幹部はあっさりと去ってしまった。アズサの身体中を走っていた緊張が一気にほどけた。
それにしてもこのなだらかな感覚は、一体‥‥‥。
「‥‥‥と、というか! ウチはか弱い女の子などではない!」
アズサは今さらそんなことを言っていた――。
* * * * *
少女の話を聞いた俺達は、ティアナらの元へ急いでいた。
不死兵を操る者、ね‥‥‥。俺のことが目的である可能性が高いらしいけど、俺って何か不死兵の恨み買うことしたっけ? あ、いや、"不死兵を操る者"の恨みか。
まだ幹部に成り立てだってのに、忙しない世の中だよ。
「そういえばターギー。さっきはずいぶん機嫌が悪かったみたいだが、何かあったのか?」
俺は先ほどのターギーの態度について尋ねた。それまでは明るい元気な感じだったのに、少女を前にした瞬間から表情が険しかったのだ。
「まぁ、ちょっとな‥‥‥。けど、今は関係ないことだし、事態が収まったら改めて話すよ」
「‥‥‥そうか」
これは、何か事情がありそうだ。
「おっと、暗くなってる場合じゃないな! さぁ、不死兵を倒して、従者たちを助けよう!! これも労働、金のため!!」
ターギーは急に叫び出した。
‥‥‥まぁ、ターギーのことは追々考えよう。今はティアナたちを見つけること、そして事態を終息させることが急務だ。
「ああ、先を急ぐぞ!」