38話 抜かずの剣士
-アーベル一行-
兵士らを待たずに進んでいたアーベルは、ようやく足を止めた。不死兵の群れがこちらに近づいてくるのを確認したからである。
足元は依然として鋭く尖った岩で覆われていた。不死兵はそれをどうしようということもなく、掻き分けながらゆっくりと進んでいた。彼らはないはずの眼で、アーベルではなくどこか遠くを眺めていた。
カラカラと鳴り響く不死兵の骨の音が聞こえながら、アーベルは考えた。
やはり何者かがこの不死兵の軍勢を動かしているのか。しかし、だとすれば敵は相当な手練れであることが窺える。これだけの数の不死兵を操れる者など、そう居ないはず。
「だが‥‥‥まあ。だからどうということはない」
アーベルはそう呟いた。
そして、兵士らがアーベルに追いつくことができた。
「不死兵の軍勢だ!」
「よーし戦闘だ、アーベルさんよ!」
兵士らは岩に絡まり不格好ながらも、不死兵の軍勢に気づくや否や一同に剣を抜いて剣先を不死兵の軍勢に向けた。
ところが、アーベルは臨戦態勢に入ってはいなかった。ただ鋭い岩の頂点に足を置いて直立していた。なので兵士らはざわつき出した。
「何突っ立ってるんだアーベルさん!」
「どうして剣を抜かないんだ!?」
そんな疑問が飛び交っていた。
「この程度なら、俺が出向く必要はない」
このアーベルの答えに、兵士らは一瞬静まり、しかしまた一層に煩くなった。
「あんたそれでも勇者一党の剣士かよ!」
「団結力のないやつなんざ放っておこう!」
兵士らはアーベルを他所に、不死兵の群れに向かっていった。アーベルはため息をついた。
「黙ってついてきたり騒いで勝手に行ったり‥‥‥。忙しい奴らだ」
勇者に頼らず自分たちで不死兵を討伐しようとする兵士らだが、アーベルにとって、今はその方が都合が良い。緊急時のことを考えれば、今のうちに兵士らに頑張ってもらうのが一番だった。
無論、アーベルは意図して兵士らを騒がせた訳ではない。
――兵士らは不死兵の軍勢と戦闘を開始した。
不死兵の焦点は全く兵士らに合っていない。しかし、操り人形のように兵士らを攻撃していた。鎧をまとっている兵士らは、それを物ともせずに剣で不死兵を斬りつける。
骸骨の大部分を斬られた不死兵はいよいよ絶命していく。生半可なダメージでは不死兵は倒せないので、兵士らには攻撃し続ける体力と精神が求められる。
そういう点でも、兵士らが躍起になって不死兵を討伐しようとするモチベーションはとても効果的であった。
戦闘の様子を眺めるアーベルは、ようやく動き出した。
「地図展開」
アーベルの目の前に、岩山一帯のマップが立体的に表示された。
「《索敵》、"不死兵"」
マップ上に、大量の赤い点が現れた。獲得技能、《索敵》。対象の位置を大まかに探ることができる技能である。アーベルは《地図展開》と組み合わせることで、索敵の具体性を向上させた。
「これは俺の戦いじゃない。‥‥‥《威嚇》」
アーベルは何か自分に言い聞かせるように呟くと、また獲得技能を唱えた。途端に不死兵の動きが鈍くなった。《威嚇》は、使用者より戦闘力が低い対象のステータスを僅かに低下させる獲得技能である。兵士らは気がついていないようだった。
このまま何事も起こらなければ、後は兵士らの体力勝負だ。そんなことを思いながら、アーベルはマップを眺めていた。
「――おりゃあ!」
「くたばれぇ!」
兵士らは声を張り上げながら剣を振るっていた。だんだんと岩山の環境に適応してきた兵士らは、不死兵より有利に戦えていた。彼らには会話する余裕すらあった。
「あの男、本当に剣士か?」
「それもただの剣士じゃない。"王国最強"との称号すらあるらしいが‥‥‥とても信じがたいな」
兵士らの話題は、アーベルのことであった。
王国最強の剣士、アーベル。彼はユリウスが勇者となる以前から勇者一党に属しており、当初より市民からは"最強"と謳われていた。
「だがそれは曰く付きだろう? 皆が最強と謳うその剣を、誰も見たことがないと聞くじゃないか」
「確かに。今回だって戦っていないしな」
「さてはそういうことか‥‥‥」
「うん? どういうことだ?」
一人の兵士が、ある考察にたどり着いた。
「あの男、親のコネか何かで勇者一党の一員となったんだろう!」
「――なるほど! それで弱いのでとても戦えないということか。ただのインチキ野郎じゃないか!」
アーベルの素性を確信した兵士らは、"無能に従わされている"ことへの怒りも相まって、さらにモチベーションが上がったようだった。
「あんなヤツの力なんか借りずとも、不死兵を撃退してやるぞ!!」
「「おぉ!!」」
「我らの勇ましさこそ正義だ!!」
「「おぉ!!!!」」
「剣を抜けない剣士など、剣士にあらず!!!!」
「「「うおぉぉぉ!!!!!!」」」
"剣を抜けない剣士など、剣士にあらず"
アーベルには兵士らの声がよく聞こえていた。
「剣士にあらず、か。ずいぶんと飛躍した思考だが、戦えるのであればそれでいい。俺はやるべき時にやるだけだ」
アーベルは鋭く尖った岩の頂点に、一人立ち続けていた。