33話 弱くてもいい、弱い方が良い
「ん‥‥‥」
「目、覚めたか」
ベッドで横たわっていたセシリーはゆっくりと上体を起こした。俺は隣の椅子に腰かけていた。
窓を通じて横から赤い陽が差す頃であった。セシリーは俺を視界に認めると、手で頭を押さえた。
「ヒロト様、私は一体‥‥‥」
おぉ、意識を取り戻した時にありがちなセリフだ。――なんて感心してる場合じゃない。
「ヘルブラムとの戦闘後に、お前は倒れてな。今までずっと眠ってたんだ」
俺は懐中時計を見ながら言った。針は十七時過ぎを指していた。
「あの方たちは」
「もう帰ったよ。さすがに自分の領地を長いこと留守にはできないって、レベリアがヘルブラムを引っ張って行った。たまに来て特訓の相手をしてくれるんだとよ。良かったな」
セシリーは視線を落とし、表情を曇らせた。
「申し訳ございませんでした‥‥‥」
‥‥‥えっと、これは何の謝罪だ? セシリーは何か悪いことしたっけ。セシリーがヘルブラムに勝てたってことで、「頑張ったな」「ありがとうございます」ってやり取りするとこだと思っていたのだが。
「どうして謝るんだ?」
問うと、セシリーは少し黙った。‥‥‥何この雰囲気。
直接、訊いて良かったのだろうか。もしかして俺、"セシリーに自ら罪を数えさせる"という仕打ちプレイしてるみたいになってる??
「私欲のために、本来の職務が疎かになっていました。誠に申し訳ございません」
――――ヤベェ! セシリーめっちゃ反省してるじゃん! 俺めっちゃ怒ってるみたいじゃん! 空気重すぎるんですけどォ!?
俺は慌てて、文字通り身振り手振り。
「いや、いやいや全然気にしてないぞ! 大丈夫大丈夫!」
するとセシリーは目を丸くして、さらに視線を落とし、さらに表情を暗くした。
‥‥‥あれ、誤解されてるよね? 「いや、もうお前のこと見限ってるから気にしてないよ」って解釈されてるよねコレ? セシリーめっちゃ落ち込んでるんだけど!? 表情暗すぎてcryしそうじゃん! 俺が泣き出したいくらいだよ! 誰か救ってくれこの危機的状況!!
「セシリー。逆だよ、逆」
俺がそう言うと、セシリーはようやく顔を上げた。その瞳がうるうるしている。俺はため息をついた。
セシリーは真面目すぎる。真っ直ぐ一つのことしか見れないから、考え方も狭くなってしまっている。簡単にいえば、思い込みが激しい。
一見、従者として何でもこなしているように見えてもその実、もっと先にたった一つの何かしか見えていない。その何かが移ろうことはあれど、同時にいくつもを見つめることはない。
それは悪いことばかりではない。真っ直ぐ一つだけを見つめているからこそ、努力し続けられる。ひたむきに行動できる。
じゃあそれが悪い方向に傾いた時は――――。
その時は、道の先に立つ大人が正しい方へと導いてやればいい。
「俺はほっとしているんだ。お前が休んでくれて」
セシリーは何が何だか分からないと言いたそうな表情だった。まぁピンと来ないのも無理はない。セシリーからしてみれば、職務をサボったことに俺がほっとしているというのだから。
けど、そうじゃない。もっと別の見方があるんだよ。
「最初の内は、セシリーたちがあまりに完璧に従者の役目を果たすから、非の打ち所がないなって思ってた。でもお前は頑張って、変に頑張りすぎて、疲れてしまって、休んだ。‥‥‥お前が完璧じゃないことにほっとしたんだ」
「しかしそれでは従者としてヒロト様をお守りすることが――」
「できなくたって良いんだよ、そんなこと。弱点だらけで、隙だらけで良い。何か弱みを持ってるってことは、他に一際目立つ強みを持ってるってことなんだから。俺はそっちの方が充実した人生を送れると思ってるよ」
――セシリーの表情が、柔らかくなった。負の感情がきれいに取り除かれたようだった。
「‥‥‥ありがとうございます」
これでまた少し、セシリーは成長することができただろう。
‥‥‥ところで、弱みしか持ってないヒロトの生活は本当に充実しているのか、だって? 努力し続けるどころかダラダラし続けるヒロトは何も成長できていないじゃないか、だって?
うるさいうるさい!! 俺には俺の良いところがちゃんとあるんだよ。自分の成長よりも他人の成長を重んじる素晴らしい人間様なんだよ!
「ヒロト様、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
セシリーがそう言った。
「な、何だ?」
「以前、私が眠っている間に何度も謝っておられましたよね」
「なっ!? 聞いてたのか!!」
――それは、セシリーが初めてヘルブラムと対峙し、酷く怪我を負った日の夜のことであった。ちょうど今さっきと似た状況で、俺は眠っているセシリーに何度も「ごめんな」と謝っていた――。
――超恥ずかしいんだけど!!!! あれ全部聞かれてたのかよ!? めっちゃ独り言のように言ってたのに!! ハッズっ!!
「あの時、目が覚めてからずっと"ごめんな"という言葉が頭に響いていました。誰のものか分からなかったのですが、今、気がつきました。ヒロト様のお声だったのだと」
え、たった今気づいたの? というか、あの時から今の今まで俺の声がセシリーの脳裏で響き続けてたってこと? 俺クソ迷惑な奴じゃねえか!! どんだけ人の頭汚染してんだ!!
「あれは、どういうことだったのですか?」
‥‥‥なんとビックリ。立場が逆転した。さっきまで謝るなって言ってた奴が謝った理由問われてるよ。格好つかなすぎるって。
「それは‥‥‥」
「――ヒロト様、お夕食の準備が整いました」
俺の声を遮ったのはティアナだった。ナイスタイミングだ! 俺は透かさずセシリーに催促する。
「よし! セシリー、飯だ!」
「は、はい‥‥‥」
戸惑いながらも、そう返事したセシリー。
――やっぱりこういう話は後にお預けってのがテンプレだよな。‥‥‥なになに? 格好つかないのは依然変わりないだって?
オチが良ければ全てよし! 気にした方が負けだ!!
第5章 力への執着 -終-




