2話 怠惰な幹部
――俺は二十二歳にして死に、肉体と記憶を保ったまま異世界転生した。もちろん、人間として。それから三年、いろいろあって俺は魔王軍幹部になりました。
「私利私欲に走るばかりの人間風情が、魔王軍幹部など‥‥‥!」
ギラリとこちらを睨む鋭い眼光。セシリーが相当怒っているのはよく理解できた。が、それでも全面的に反抗的な態度は見せていない。整った姿勢で凛としている。あくまで従者としてそこに居た。
「そんなに不満ならどうして俺んとこで真面目に従者なんかやってるんだよ? 魔王軍幹部ってたくさん居るんだろう? 別のとこ行きゃいいのに」
この業界には幹部という役職があり、それが全部で十人。別に俺は従者とか要らないし、どうにかできないのだろうか。嫌な上司と日常社会を送らなきゃならないなんて、何かドラマでも始まるってのか? だんだん打ち解けて、最終回では最高のパートナー! 的な?
「私はあなたの従者としてここに居ます。これは魔王様のご命令であり、ならば誠心誠意全うしなくてはなりません」
淡々と答えるセシリー。誠心誠意って‥‥‥。真面目なのはよく伝わってくるが、あれって"嘘偽りないまごころで"って意味の言葉だよな?
「そ、そうか。大変だな、従者というのは」
「他人事のように仰らないでください。あなたも魔王様に忠義を示さなくてはなりません。役目をお果たしください」
とことん真面目なヤツである。マジメイドとでも呼んでやろうか。魔王様に見張られているという訳ではないのだから、そこまで気を張る必要もないだろうに。
「役目なら全うしてるだろう? 幹部である俺の役目は、この領土に侵入する奴らを止めること。ティアナの言う通り敵は居ないんだから、俺には何もできん。という訳で、ダラける!」
俺は寝返りをし、身体を埋めた。
異世界に来てから三年。もう魔法とか冒険とか良いから、元居た世界のお家に帰りたいほどだ。‥‥‥だが一度死んで本来ないはずの人生を送らせてもらってる手前、そんなワガママは言えないし叶わない。それに三年経った今、せっかく良い感じの家を手に入れたのだ。俺はダラダラしたい!
「ならば私が提案致しますわ」
何か謀るような表情でティアナが言った。おいおい、ここまで俺が真剣に弁論したと言うのに、この従者たちはまだ俺にダラダラさせてくれないと言うのか。
「私たちは幹部であるヒロト様をお守りしなければなりません。なので常に訓練が必要です。‥‥‥であれば、我々にとって至高の存在の一人であらせられるヒロト様ご自身に稽古をつけていただくのは如何ですか?」
くいっと笑顔を傾けて問うティアナ。
‥‥‥うわぁ。またすごいこと言ってくれたよこの従者。え? 従者って戦えるもんなの? この世界じゃそんなもんなの? もしそんなもんなら、この従者たち、間違いなく俺より強いだろう。何せこの従者たちは魔族で、俺は人間なのだ。
「確かに、それなら我々にも、ヒロト様にも身体を動かす良い機会です。私は賛成です」
納得したように頷くセシリー。えぇ? 幹部に相応しくないと思ってる人間を相手に稽古? 冗談だろう。もしかしてうっかり俺のこと殺そうとしちゃってる?
俺は堪らずソファーから飛び上がり、反論する。
「俺は反対だぞ! 知ってるだろう? 俺が持ってるスキルは自然技能である境界壁だけなんだ。稽古なんかできん」
自然技能とは、個人が生まれ持つ固有の技能のこと。それに対し後天的に、努力次第で誰でも会得しうる技能が獲得技能。そして俺は獲得技能を一つも持っていない!!
「そういえばそうでしたわね」
ティアナは笑顔で呟いた。笑顔だが、俺には分かるぞ。"この人間、どこまで木偶の坊なんだ?"って思ってるんだろう。
セシリーはため息をついた。
「本当に呆れる限りです。‥‥‥ならばすぐに、獲得技能を会得してください。この周囲には手頃な下級魔獣が群れを成しておりますので、適当に討伐すれば容易にいくつかは会得できましょう」
おいおい、魔獣って魔族の仲間じゃないのかよ。というか俺の話を聞いてたのだろうか。境界壁でどう攻撃をしろと? もしかしてあれか? セシリーはこの短時間でジョークスキルを会得したのか? さすが従者だな。だが。
「断る! 俺に努力は似合わない。お前たちは優秀だから気づかないだろうが、報われない努力だってあるんだ」
まぁそれは俺の前世の話なんだが――。
「そのような言い訳で正当化しようとしないでください。私がお供致します。さぁ、行きますよ」
セシリーの言ってることが正論すぎて何も言い返せない‥‥‥。仕方ないのか。
「くそぅ‥‥‥。俺の弁明も虚しく、かぁ」
俺は大人しく、外に出ることにした。
【ダラんとメモ】
魔王軍幹部には魔族の従者が雇われている。彼女らは主を護るため、それぞれ強力な技能を所有している。