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第八十八話  強者のねぎらい

 決勝戦場は、ほとんど崩れていた。


「……うわあ、これはやり過ぎ……」


 観衆席の誰かが呟いた。

 その通り、やり過ぎ、やり過ぎである。


 決闘場の床は所々が砕け、剥離して、無事なところなどほとんど無くなっている。

 土台は大きくひび割れ、下の地面にまで浸透、ほとんどクレーター状となっている。

 散乱した破片は数えるのも、面倒なほど無数に散らかっている。さらには爆炎や噴煙で決闘場のあちこちがよく視えなかった。


 それでも垣間見える決闘場の様子から、今ここで行われたのは『激戦』であり、どちらが勝ってもおかしくない壮絶な闘いだったことを表していた。


「……負けた、か」


 ギルド・トーナメント決勝進出者、クルトは大の字に床に倒れながら静かに呟いた。


「まさか《合成》を強化してくるとはな……いや、単に今まで使わなかっただけか……?」


 それは敗北したものの、屈辱にまみれた敗残者の言葉ではなく、最高の友人に会えて清々しい気分となった武人のような台詞だった。

 事実、彼は充足していた。敗れたフードの中の顔を見るまでもなかった。完璧に、完全に負けた。精悍な青年の顔が嬉しげに現れている。


「よく言うよ、さっきまで修羅のような顔をしてきたくせに」


 床に倒れているクルトにリゲルが話しかける。

 こちらは勝者ではあるものの、額やこめかみに汗をかいた状態だ。

 満身創痍ではないが疲労が各所に見え隠れする、彼にしては珍しいくらい消耗していた。


「超速の機動力に、《聖人の右手》に、卓越したスキルの数々……倒すのに苦労したよ。おそらく今まで戦った相手の中で最も」

「はは、それは嬉しいことを言う」


 フードを深くかぶっていた時とは別人のように、クルトは晴れやかな声音で言った。


「それなら俺も力を出した甲斐もあったというもの。リゲル、この都市の《英雄》リゲル。お前は間違いなくこの都市で最強だ」


 リゲルは肩をすくめた。


「そういうクルトは、単なる流れの戦士じゃないよね? 傭兵でもないだろうし、腕自慢の探索者にも見えない。――そろそろ正体を明かしてくれても良いんじゃないかな?」


 呆れ顔でそう問うと、クルトは爽やかな笑みで応じた。

 そしてボロになった衣装のまま立ち上がり、汚れた膝や肩を叩くと、


「そうだな、そろそろ自己紹介をしても良いだろう。――はじめましてリゲル。俺の名はクルエスト。――【クルエスト・レイガー】。この都市のギルド騎士であり、《一級》の地位を授かっており――『特務部隊長』と呼ばれている男だ」

「……ああ、やっぱり」


 リゲルは鼻で嘆息した。


 『ギルド特務部隊』。

 それは、有事の際に秘密裏に動く遊撃部隊のような存在だ。


 危険地帯があれば斥候として赴き、あるいは部隊のしんがりを務め、あるいは奇襲作戦において尖兵となって突撃する勇猛な騎士。

 いわゆるなんでも屋。万能者。人によっては『死神』とも呼称する『最高位』の『武闘派』騎士。


 その中でも、クルエストという《一級》の事は聞いた事がある。

 曰く、『催しもの』が好きで、よく介入する者、だと。


「どうりで強さが滅茶苦茶だと思った。メアやテレジアたちが簡単に負けるはずだ。その強さ、《一級》だからこそか」


 リゲルは半分呆れた声音で言う。

 《一級》とは、ギルドの中で最上位のランクを示す地位だ。

 そして特務部隊とは、武芸に秀でた最高位の実力者の集まり。

 陽動、斥候、しんがり、奇襲……あらゆる危険な任務を負う使命がある。


 それはつまり、作戦の成否を決めうる、重要な役割を負っているということ。

 弱いはずがない――むしろ強者の中の強者。『戦闘のエリート』とも称される者達だ。


 リゲルでなければ黒星をつけられない、超高位実力者だった。

 クルトが笑う。


「いや、リゲル、君の仲間も相当な手足れだったぞ? 『六宝剣』のメア嬢、ハイヒーラーのテレジア、一撃で決めるのが至難だった。かろうじて全力の『四割』くらいで倒せたが、あれ以上出せば正体がバレるのも危うかった」


 リゲルは鼻白む。


「嘘つけよ。あれで四割とかよく言うよ。僕との闘いで見せた力からすると、良くて三割、本命で二割くらいだろう?」

「……どうだろうな。それは秘密にしておこう」


 クルトははぐらかすように笑った。

 リゲルの目算では、およそ二割の実力でメアたちを撃破したと見ている。

 いや、もしかするとさらに強い手加減――『一割』程度で倒した可能性すらある。それほどクルトの実力は圧倒的で、脅威的だった。


「まあでも良い闘いだっただろう? 『お互いに』上手く手加減した戦闘、その上での健闘だ。観客も相当盛り上がったろう」


 リゲルが振り返れば、多くの観衆が感銘を打たれ、拍手を交わしている。

 最高の闘いに相応しい激戦。決勝の名に恥じない闘い、そんな決戦に皆が圧倒され、感動している。


 けれどリゲルは判っている。

 ――クルトは、あれですら全力ではない。

 リゲルは温存していた《武器合成》の力を使って打倒したが、それでもクルトが『本気』で戦っていたとは到底思えなかった。


 なぜなら『左腕』と『左脚』を一度も使っていないから。

 決勝前、リゲルは『右腕と右脚だけで戦う』と宣言をした。

 結局クルトはその宣言に付き合い、負ける寸前になってもその約束を守りきった。


 つまり、クルトは全力を出さずに闘い、リゲルに負けた。

 はじめから、左腕も左脚も使って戦えば、どうなっていたかはリゲルにも予想出来ない。


「――確かにお客は満足しているみたいだね」


 そう言いつつもリゲルは微苦笑した。

 クルトのスキルは《聖者の右手》だ。

 ならば、《左手》に関する能力があったとしても不思議ではない。

 あの戦いは、はじめからリゲルに花を持たせるために行われた決勝だったのかもしれない。


 『青魔石事変』の《英雄》が、もしも誰かに負ける事があっては都市の士気に関わる。

 そう判断された上での勝利。

 リゲルとしては微妙にもやもやとした気持ちだった。


「これで観衆は大盛り上がりだ。都市の復興記念と、お祭り……両方の目的を果たす事は達せられたと思う」


 事実、審査員の方を見れば『鑑賞点』は凄まじい得点だ。

 リゲルもクルトも『百点』という最高得点を叩き出していた。

 催し物の戦闘としては文字通り満点の結果だったのだろう。

 そこだけは誇らしい。


「はは、適度に決勝を楽しめば良いと思っていたが、リゲル、君は相当な実力だった。思わず俺も力が入ってしまった」

「どうかな? 互いに右手右脚だけの手加減だらけの戦闘だったけど」

「だが、それでも楽しかったのは本当だ」


 クルトは人好きのする清々しい笑みで語った。


「『人前で見せられる実力』の範囲にしては、良い戦いだった。俺も、お前も、良い仕事をしたと思っている」

「……」


 リゲルは無言でクルトを見返す。

 それは暗に、「自分の限界は遥か上にある」と言う含みだった。

 クルトは爽やかな笑顔をしつつも、『傷』は全くない。

 癒えたのだ。戦闘終了からこの短いやり取りの中で。ランク四をはじめとする魔石や合成武具をくらった上で、彼は即座に回復した。


 それだけでもクルトの『余力』の高さにリゲルは肌が粟立つ。

 ――本当の強者は、まだ僕の遥か先にいるのかもしれない。

 けれどそれはそれ、お祭りの決勝としては上出来だろう。


『さあ! 決勝のお二方の戦闘後の温かい会話も一段落したみたいです!』

『ギルド・トーナメント決勝はリゲル選手の勝利! そして準優秀はクルト選手! この後は表彰式が控えているので待機室にてお待ちください!』


 実況の騎士が興奮もあらわにそう宣言する。

 リゲルは、小さな声でクルトに問いかけた。


「――あと一つだけ。君のこと、実況の騎士は知ってたの? ギルドの《一級》がトーナメントに参加していたこと」

「いいや?」


 クルトは軽く肩をすくめてみせた。


「一切言ってない。だって言ってたらつまらないだろう? ――本気の実況で、本当のダークホースを演出する。そのためには予め実況に言っていたのではつまらない」

「君は――」


 フードを深くかぶった何者かが大会をかき乱す。

 観衆は熱狂する、実況にも力が入る。

 お祭りとしてはこれ以上の『サプライズ』はないだろう。

 事実、今実況の『騎士』二人は、大慌てだった。


『(あああ! 何で《一級》のクルエストが混じってるの!? あの人、東方で任務があるから今朝出発したって聞いたのに!)』

『(そうよ! あれだよ、きっと昨日のうちから出発して任務終わらせたのね! それでトーナメントに参加してたんだ! あの人、サプライズ大好きだから!)』

『(あああっ、もうこれだから《一級》の連中はもう!)』


 と、実況の騎士二人が身内のまさかの自作自演のダークホース劇に、困惑と呆れと諦めの会話をしていた。

 リゲルは横目でそんな彼らを見て嘆息する。


「クルエスト、君は、」

「『クルト』で良いぞ」

「……クルト。君は相当な食わせ者だよね。はじめは『楽園創造会シャンバラ』の刺客かと思って警戒してしまったけど、そんな事はなかった」

「はは、それは申し訳なかったな。でもそうだな……俺も『楽園創造会シャンバラ』は意識していた。刺客が襲ってこないかとね。だが結果として乱入してこなかった事は残念だ。まあ、君という実力者と出会えただけでも良しとしよう」

「……。君は、もし『楽園創造会シャンバラ』が襲ってきたら、迎撃するつもりでいたのか?」

「いや?」


 クルトは何でもないかのように言った。


「迎撃と言わず『殲滅』する気でいたが? いやあ、現れてなくて残念だったなぁ」

「……食えない男だ」


 その時。

 リゲルは、寒気がした。

 『楽園創造会シャンバラ』が単なる釣りの対象。


 クルトにとっては、この大会そのものがお遊戯であり、参加者全員が弱者であり、リゲル以外は準備運動にも満たない、雑魚である事を暗に示していた。

 事実、『楽園創造会シャンバラ』をおびき出すために自ら大会を盛り上げた。

 そしてその上で適度にリゲルと闘い、花を持たせた。

 これ以上のない劇的なトーナメントだ。

 そしてある意味、隙のあるトーナメント会場を作り上げた。


 表向きは大会を盛り上げるためのトーナメント。だ、裏では『楽園創造会シャンバラ』を釣るための大会だった事はリゲルも知っている。

 それを、クルトは自らが餌となって発展させた。

 戦闘で牽制と、手の内を明かし、『来るなら来い』と消耗し、それでこんな呑気な会話をしている。


 残念ながら、こうして会話をしている間にも何ら動きが無いことから、『楽園創造会シャンバラ』は動かなかったようだ。

 もしくは『誘い』と疑って、動けなかいのか。

 どちらにせよ、クルトという《一級》騎士の存在でトーナメントは盛り上がり、『楽園創造会シャンバラ』への牽制にも繋がった。


 リゲルは底しれぬクルトの強さと策謀力を思い知った。


「さて、お互い自己紹介も済んだことだし、リゲル、表彰式でも待とうか。優勝おめでとうリゲル。俺としては久々に骨のある実力者と会えて嬉しかった」

「……そうだね。僕も、色々と学べる事があって楽しい一日だった」


 クルトは最後に和やかな笑みをよこした。


「今度は戦場で会おう。どこかで一緒に『楽園創造会シャンバラ』を倒せたらいいな」


 そう語り、クルトは服の汚れを落とし踵を返した。

 二つある選手控室の片方へ、激闘を全く感じさせない完治した体で去っていく。


「……あれが、《一級》か」


 リゲルは、その後姿を見て、改めてギルド最強の戦力の名を口にした。


「この都市最高峰の戦士。探索者ランク『黄金ゴールド』以上の猛者。彼らがいるなら簡単にこの都市は落ちないな。――ギルド《一級》騎士、今度は戦場で会うのかな」


 凄まじい戦闘力と策略と余裕。

 これまでで一番底の知れない相手だった。

 リゲルは、内心で嬉しさ半分、対抗心半分、選手控室へと向かった。

 メアやマルコ、テレジアたち、仲間の待つ一室へと。


 

 ―― 一方で、別の控室ではクルトが仲間から声をかけられていた。


「それで、どうだったのクルト? あの《英雄》は」


 第二控室、その片隅。

 ひとしきり他の選手から健闘の賛辞を送られたクルトは、傍らに立った女性に話しかけられていた。


「どうもこうもないな。リゲルは強いな。噂以上の強さだ。まさか《聖者の右手》ですら押しきれるとは思わなかった。また手合わせしたいな」


 クルトは笑ってそう評した。

 けれどそれは奇妙な光景だった。

 クルトは大会準優勝の選手だ。他の選手から賛辞の雨を贈られてもおかしくない。

 だが今は少しだけ賛辞を送られた後、部屋の隅で雑談している状況。

 それは『不自然なほど短い賛辞』だけもらい。『いつの間にか現れた女性』と歓談しているという奇妙な光景だった。


 女性の外見は凄まじい美人。きらびやかな金髪はまるで黄金の川で、唇は薄い紅色。衣装は華麗さと上品さ、両方を兼ね備えている。

 肌は雪色。麗しさと艶やかさもあって、人が見れば十人中十人が美人と表するほどの麗人。

 にも関わらず、大会の準優勝者と普通に歓談する様子は不思議の一言だ。


「……何を言ってるのクルト。あなた手加減に手加減に重ねたでしょう? 見ていてじれったかったわよ。さっさと決着をつけてしまえ良かったのに」

「そうは言うがな。仕方ないだろうエリーゼ。何せ『お祭り』なんだからな。盛り上げないと。『決勝』に相応しい闘いを演出するのも《一級》騎士の務めだよ」

「……そう、真面目なのね。呆れるわ」


 麗しい女性は肩をすくめた。

 彼女――【エリーゼ】こそ、クルトの賛辞を終わらせた張本人。


 そして選手でもないのに誰にも認識されていない能力の持ち主。

 通称《聖女》――補助魔術のエキスパート。


 その能力は凄まじく、周囲の人間の認識を書き換える事も可能。周囲数キロに及び幻影を引き起こす事も可能である。

 今、彼女とクルトは『路傍の石ころ』のようなものに認識を上書きされ、歓談の邪魔が入らないようにされていた。

 戦場では無類の強さを発揮する大魔術。

 その能力もクルトと同じく、エリーゼがギルド《一級》騎士を冠する超実力者の一人であることを示している。


「エリーゼ、それよりまだ《結界》を張ってるのか? いい加減、賞賛の雨とか貰いたいんだが。せっかく準優勝したのに、三人くらいしか賛辞をもらえなくて寂しい」

「いいじゃない別にそんなこと。あなたなら褒められ慣れているでしょう? 今さらトーナメントの一つや二つ、褒められなくても問題ないでしょう」

「ひどいな」


 少し残念そうに、そして半分は諦めの表情で語るクルト。

 彼らの言葉は正しい。

 クルトにとって、『賛辞』を贈られる事は日常だった。

 いつでも彼は戦場で、迷宮で、要塞で、敵を倒し味方を救い賛辞を贈られてきた。

 それはエリーゼも同じ。


 様々な《結界》で相手や味方の状態を上書きする彼女は実力者の中でも抜きん出た超人。

 《一級》の彼らにとって、大会の圧勝や認識阻害の魔術など片手間で出来る些事だ。

 そのとき一人の声が響いた。


「――疑問。それより気になる結果が一つ。クルト、解答を希望」

「どうしたボルゲイノ、何か不満でも?」


 傍ら、塗り壁のように立っていた『巨漢』を、クルトは見上げて問う。

 その『男』は、天井に接するのではないかと思うような、『巨体』の男性だった。

 腕は丸太の如く体は大岩の如く。顔は獅子も真っ青になるほど傷だらけの無骨。

 体躯は明らかに規格外であり、身長三メートル八〇センチはある大巨漢だ。


 彼の名を【ボルゲイノ】。

 クルトやエリーゼと同じく、ギルド特務部隊に所属する《一級》騎士である。


「疑問。《聖者の右手》の第六形態を取れば、より激しい戦闘が可能。何故不採用?」


 クルトは小さく笑った。


「そりゃあ、『被害』が大きすぎるからだよ。右手の『第六形態』までやってしまったら、会場はぶっ壊れて更地だ。トーナメントで使うべき力じゃない」

「再疑問。ならば『第七形態』で威力を減退すれば完璧」

「隙がなかった。リゲルはかなりの強敵だった」

「……納得。つまりは彼以外、弱者ばかりの大会ということか」


 クルトは苦笑を浮かべた。


「おい、そこまで断言しちゃうのはどうかと思うけどね」


 それ以降、ボルゲイノは興味を失ったかのように口を閉じた。

 それもそのはず、ボルゲイノは『強者』にしか興味がない騎士なのだ。

 例え、名うての戦士だろうが、美貌の探索者だろうが、一切感情を動かさない。

 自分より弱い者は路傍の石――語るに値しないと思っている。


 《一級》の騎士ボルゲイノの中で、興味あるものはごく一部だ。

 ギルドマスター・グラン。

 参謀長のレベッカ。

 そして同じ《一級》の中でも強者のクルト、エリーゼ。

 そして《英雄》リゲルくらいなものだ。


 メアやマルコ、テレジア……数多の大会参加者は等しく『弱者』と定義づけられていた。

 たとえ剣豪だろうが、虫だろうが、自分より弱いなら同じ『雑魚』。それこそがボルゲイノ。《一級》の中でも興味とそれ以外の差が激しい騎士。


「まあ何だよ。それでもリゲルとの闘いは胸を熱くするものだったぞ? リゲルは中距離が最適なクラスだが、近接も遠距離も難なくこなした。間違いなくランク黄金ゴールド以上は堅いな」

「そうかしら? 私にとっては無駄だらけの戦術だったわ。魔石の選定も使い方も今ひとつ。攻めに洗練さを感じなかったわ」


 エリーゼの酷評にクルトは苦笑した。


「そう言うなよエリーゼ。『ルール』があったからだろう? 大会は『ランク四』までの魔石しか使えないとあった。それと『鑑賞点』の問題もある。『見栄えの良い』戦闘を基準とする審査があったから、最適手を打つだけが正解じゃなかった。手加減が必須の決勝だったんだよ」

「……ああ、そう言えばそうだったわね、そんな縛り。――うん、『実戦』ばかりやっているとそういう『遊び』を忘れるのは困りものだわ。そういう観点からすれば……そうね、リゲルさんは相当な手練れね」

「だろう?」


 クルトは嬉しそうに頷いた。

 やはり決戦し合った相手が正しく評価されるのは気持ちが良いものだ。

 エリーゼは怜悧な眼差しのまま、美しい金色の髪をかき揚げた。


「それでクルト? あなた今回、どれだけの手加減で戦ったの? 私とボルゲイノで賭けをしていたのだけど、どうしても気になって」

「手加減? んー、そうだな」


 クルトは天井を見上げつつ唸った。


「……大体、準決勝までは五パーセントくらいか? それと決勝のリゲル相手では……四割くらいの実力かな」

「ああ負けた!」


 その瞬間、エリーゼが悔しそうに言い、ボルゲイノが勝ち誇ったように言った。


「勝利。我が判断に過ちなし」


 エリーゼが目を吊り上げて叫ぶ。


「どうして四割も出しちゃうのよ! 私三割で賭けてたのに!」

「三割で的中。我は満足」


 その様子にクルトが思わず笑った。


「おいおいひどいな。人の勝負で賭けかよ。平和で呑気だこと」

「馬鹿言ってないで! どうして四割も……ああもうクルト!」


 悲嘆にくれるエリーゼに、なだめるような声をクルトは発する。


「いやだってリゲル強いんだぜ? さすがに四割は出さないと! 『互角』は無理だ」

「でも最初から本気ならいけてたはずでしょ!」

「決勝なんだからそれなりに盛り上げないとじゃん! あっさり終わったら観客白けるじゃん! なおかつ《英雄》に勝ってもらわないと大会の趣旨的にまずいだろ! 俺だって気を遣ったんだよ」


 はあ、とエリーゼは嘆息をこぼした


「そうなの? ……まあ、仕方ないけど……でも、《一級》が一般人相手に四割も出さなきゃならないなんてちょっと悔しいわね」

 

 クルトは苦笑を浮かべた。


「まあそう言うなよ。お前もやってみれば分かるって、お嬢様」

「お嬢様って言わないで」


 エリーゼの一言にクルトは肩をすくめる。

 彼女の実家は世界でも有数の資産家でもある。


「……でも、まあ『リゲル』も全力は出してないぜ? 何せ『右腕右脚』だけの戦闘だったからな。それに魔石もランク四まで。『鑑賞点』を意識しての闘い。全力とは程遠い闘いだった」

「そう……興味で聞くけど、リゲルさんはどのくらいの手加減で戦ったと思う?」


 クルトは思案し、首をかしげた。


「そうだなぁ……魔石使いは色々と難しいだろうから……全力時の五割、いや『四割』くらいの実力で戦ったんじゃないか?」

「あら。なら貴方と変わらないじゃない」

「どうだろう……《合成》の種類は他にも隠してそうだし……ひょっとしたら『三割』くらいの実力だったのかもしれない」


 エリーゼの眉が細められた。


「だとしたら侮れないわね。私たちの他に、それほどの実力者がいるなんて」

「だろう? だから世界は楽しい。強者で満ちている」


 クルトは嬉しい。

 彼にとって、幼少期は退屈だった。

 弱い大人ばかりでつまらない。

 遅い魔物ばかりでつまらない。


 どうして、どいつもこいつも自分より弱いのだろう? 片腕だけで首を折られ、腕は粉砕される。

 弱すぎて、脆すぎて、常に退屈だった。


 だが、ギルドに所属してみれば強者、強者、強者の集まり。《一級》には化け物と称される者もいると来た。

 そして、『楽園創造会シャンバラ』の存在は彼を心躍らせた。

 どれほど強者を探しても果てがない。世界は強者に満ちている。


「ああ、いいなあ……リゲル。彼は今後も強い敵と戦うのだろうな」

「この戦闘馬鹿……まあ、結局、このトーナメントは、あなたも彼もどれくらいの実力出してたかはわかんなかったということね」


 クルトは頷いた。


「そうだな。俺だって本気とは程遠かったものな。何せ――」


 クルトは、決勝の間、ずっと『封印』していた左腕を見下ろした。


「《咎人の左手》を使っていない。あの決勝は、俺の『二割』しか出せていないからな」


 リゲルに言った、『四割』制限は嘘だ。

 本当はそこまで出したら会場が『吹っ飛ぶ』。

 だからこそ、その程度で済ませた。嘘は場を早く納めるため。


 まあ、それはあちらも同じだろうが。

 おそらくリゲルも似た割合だろう。


 手加減に手加減を重ねた闘い。

 『見世物』としてのお遊戯。


 その馬鹿げた話を聞き、エリーゼは嘆息した。

 結局は手札を隠し伏せての闘いだ。

 ルールや諸々を加えれば正確に測るのは不可能だったのだろう。

 

 ――ただ、それでもエリーゼは思う。

 己の感覚によれば、お互い四割以下の戦闘で戦ったのは間違いない。

 ならば全力を出せばどの規模になるのだろうか?

 エリーゼは期待する。

 クルトと肩を並べるくらいの強さのリゲルを。

 一方で、ボルゲイノも期待する。

 己の《力》を打ち破れるかもしれない、強者の存在に。

 

 そしてクルトも、リゲルの存在に期待する。

 『青魔石事変』を救った英雄。『特権探索者』として名を馳せる強者。そして『楽園創造会シャンバラ』を討ち果たさんとする超人。

 ようやく彼も『こちら側』へやってきた。


 

 ――じつを言うと、クルト、エリーゼ、ボルゲイノ――彼らは二年前、リゲルがこの都市にたどり着いた当初から『異常』に気づいていた。


 リゲルの潜在的な能力が尋常ではない。見かけは弱小の身だが、何らかの強力な『封印』を施されている。

 呪詛か、怨霊術か、それは分からなかったが、彼には凄まじい強さを秘めていると看破していた。


 それが、ここ最近の目覚ましい活躍と飛躍的な実力の向上だ。

 『仮面の使徒』との戦闘を遠くだが視ていた。

 《ロードオブミミック改》との戦闘を、遠見魔術で視ていた。

 『青魔石事変』の時は遠方から観察していた。

 そして先日の《ジェノサイドワイバーン改》使いとの戦闘の時は、影で視ていた。


 万一、彼が街の守護の失敗しても良いように。

 何らかの形で、彼を視ていた。


 それが、ようやく『楽園創造会シャンバラ』の存在に気づき、同じ舞台に上がれる事を知ると、歓喜した。

 《一級》騎士、通称《聖人と咎人》のクルエスト。

 《一級》騎士、通称《聖女》のエリーゼ。

 《一級》騎士、通称《最強の盾》のボルゲイノ。


 彼らはギルド騎士でありながら、リゲルの存在を秘匿していた者たちだ。

 彼らは『楽園創造会シャンバラ』の存在を知っていて、ギルドに報告をしていなかった異端者。


 その理由は単純、『その方が面白い』から。

 彼らはギルド《一級》の中でも抜きん出た実力を持っていた。

 その一方で面白い事があると任務を無視する悪癖を持っている。


 クルエストは強者を求めるために、単独で『楽園創造会シャンバラ』を探し、エリーゼはそんな彼の戦闘に興味があり付き添い、ボルゲイノはそもそも、ギルドに忠誠などないため強者であるクルエスト達とつるんでいた。

 正義のための組織に属しながらギルドに忠義を感じない異端者。

 自分の欲望に忠実な人の形をした化け物。


 彼らはリゲルという名の英雄に期待する。

 この都市を救い、またこれからも勇名を馳せるであろう彼を。

 ギルド・トーナメントという『お遊び』において、見出した強者を――彼らは嬉しく思い、そしてこれからの闘いを思った。

 そしてたまには任務をこなすため、つかの間の休息を終える。


「さて、休憩は終わりだ。エリーゼ、ボルゲイノ、そろそろ任務に行こう。――西の都市ベルーダで『新魔石』の報告があった。おそらくは『楽園創造会シャンバラ』絡みだろう。どんな強者がいるか、楽しみだな」

「まあ、どんな化け物だろうと関係ないわ。私は《聖女》として癒やして守る。それだけよ」

「同意。我は強者さえいれば他は無問題。『楽園創造会シャンバラ』が強大であることを臨む」


 世界には稀に生粋の化け物が誕生する。

 『楽園創造会シャンバラ』の幹部然り。

 ランク白銀プラチナの探索者然り。

 そして、彼ら《一級》ギルド騎士も、化け物の集まりだ。


「『青魔石事変』では遠征で戦えなかったけど、これからは最前線だ。ああ、『楽園創造会シャンバラ』が来るのが楽しみだ。あいつらが出たら駆逐してやろう。ふふ」


 三人の、人の形をした化け物たちはそう語り、笑った。

 今日も世界の平和のために戦う。結果的に世界を救うために戦う。

 本当は世界などどうでも良いけれど、自らの欲望のため、人を逸脱した怪物――《一級》の騎士三人は、『楽園創造会シャンバラ』を滅ぼすため、活動する。

 


強者とは腹黒く何を考えているか判らない。そんな思想を元に今回のお話は考えられました。

『ギルド・トーナメント』編は、もちろん私が闘いのシーンが好きだからという理由で書いたのもあるのですが、こういう胡散臭さ、何を考えているのか判らない所が書きたくて執筆しました。

もちろん、こうして一つの章のラスボスとして登場させたからには、彼ら、クルト、エリーゼ、ボルゲイノたちの活躍は今後もあります。

これまでギルドは二流ばかりの戦士でしたが、今後は《一級》の彼らの活躍もご期待ください。


さて、今回の話で『第三部』も大詰め、残るエピソードは一つとなります。

ギルドの《一級》も加わり、シャンバラの幹部も判明したところで、物語はまた新たな動きをみせます。


リゲル、ミュリー、メア、そして仲間たち。

さらにギルドの《一級》やシャンバラ幹部も交え、物語はどうなっていくのか、楽しんでいただければ嬉しいです。


次回の更新は2週間後、3月13日となります。

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