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第八十七話  進化する【合成】

〈――あれは!?〉


 決戦場にリゲルの詠唱が響き渡ったとき、選手控室でメアが叫んだ。


「知っているんですかメアさん?」


 同じく控室で決勝を見守っていたマルコやテレジアが振り向く。


〈うん。あれは前にリゲルさんが倒れた時に会得したスキルだよ。よほどじゃないと『使わない』って言ってたのに――〉


 ギルド・トーナメントが開催する前。

 リゲルはメアと少し会話していた。


〈ねえリゲルさん、『あの力』は使わないの?〉

『あれ? ああ、使う必要はないと思うよ。だって『過剰』過ぎるから』


 『青魔石事変』の時も、その後のどんな強敵相手のときも、リゲルはそれを使わなかった。

 かつてリゲルが『体調不良を起こし、倒れた時に得た力』――そのとき新たに開花した《合成》の力を、彼は温存していた。


 理由はとても単純。

 強すぎたから。

 万が一にも相手が死んでしまっては困るから。

 『青魔石使い』も『仮面の使徒』も『ユリューナ』も殺さずに倒したかった。

 だから使わなかった。


 それほどの強さ。

 けれど、心配はいらない。

 今、リゲルが相手しているのはかつてない程の強敵。

 そして致死量の攻撃は『結界』が抑制してくれる、トーナメントでの試合だから。

 リゲルは――今、初めて、持てる全力を出せる。




 ――猛烈な、光が決勝の舞台を彩った。


「く、うううおおおお!?」

「――はあああっ!」


 怯むクルト相手に、気合一閃、リゲルは突貫した。

 迷いない一直線、音速を超えた超速の突撃だ。

 咄嗟にクルトは二十メートルにも肥大した『聖人の右手』で迎撃、弾き飛ばそうとする。しかしリゲルは巧みに身を撚ると空中で回避、そして転移短剣バスラを構え、


「――空間を穿て、バスラ!」


 リゲルが宣言と共に、短剣を投げた瞬間――彼の姿が、『消え失せた』。


「なっ!?」


 瞬時にクルトは自身の周囲に注意を張り巡らせる。しかしリゲルの姿は見当たらない。

 そして思わず『上』に視線を向けた瞬間――眼前でリゲルがバスラを振り下ろしていた。


「くっ!? おおっ!?」


 瞬間、直感めいた予感でクルトは首をそらす。

 ほんの髪の毛一つ先、顔面すれすれの位置をリゲルの短剣バスラが通り過ぎていく。

 何故、どうして、という疑問をクルトが消化する間もない。

 再びリゲルは『消える』。

 そして斜め上から大上段に切り伏せる。

 辛くもそれを避けるクルト。


 一流の気配察知能力を持つクルトでもほとんど察知出来ない強力な『隠蔽』。

 まるでアサシンの如き凶悪極まる一撃。


 思わず、クルトは二十メートルの『聖人の右手』で周囲を薙ぎ払った。

 これならいくら隠れようと意味はない。

 しかしそれでも手応えはなかった。

 ならばとクルトが『上』かと再び上方を仰ぎ見た後――背後、彼は『怖気』を感じ、咄嗟にその場を跳躍した。

 今まさに、クルトがいた位置を切り刻むリゲルの姿。


「な――どうやって――」


 しかし反撃の隙はない。

 また『消える』。

 リゲルは消えてはクルトの死角から『再出現』。

 反撃にクルトが動く前に『再消失』し、

 さらにクルトが隙を見せると『再出現』を繰り返す。

 秒間十二度の斬撃と消失を繰り返すリゲルにクルトが呟く。


「貴様――これは、『隠蔽』の付与、か?」

「――ご名答!」


 クルトの背中に、重い衝撃が走った。

 蹴りだ――と思った後には上段から勢いつけての斬撃が襲ってきた。


 咄嗟に身を捻ってかわすクルト。

 だがかわしきれない。

 左腕の端がわずかに斬られ浅く傷。

 初めてクルトが受けた、明確なダメージ。


 背中と肩、痛む部位と血の線。

 だがそんな事より何より驚愕がクルトの中に走り渡る。

 今、リゲルは強力な『隠蔽』と斬撃を繰り返した――。


「――まさか、『自分の武器に【他の武器】の特性を上乗せする』、スキル――だと?」

「そう、さすが実力者!」


 リゲルが耳元から斬撃をお見舞いしてきた。

 咄嗟にクルトは側転しつつ『聖人の右手』を反撃に振るう。

 それより速く、リゲルが懐に肉薄する。

 息と息がぶつかるような超至近。

 リゲルの瞳の色すら判別出来る近距離で彼は斬閃六度――鋭い軌跡を描いて剣閃を走らせる。


「おお、おおおっ!?」


 それをかろうじて身をそらす事で避けたクルトは、


「くっ……自らの『武器バスラ』に他の武器を《合成》して能力を付与する――それが【武器合成】の力か」

「その通りさ!」


 看破された事を悔しくもないと感じさせように、リゲルは笑う。


「僕の固有スキルは《合成》――『魔石と魔石をかけ合わせる』能力だ。だけどこの力の全力はそんなものじゃない。『武器と武器の掛け合わせ』も可能にする――それこそが《合成》の真髄だ。例えば――」


 リゲルは短い詠唱をし再び短剣バスラに別の『短剣』を密着させた。

 するとその短剣が淡く光り、バスラに『吸収』され新たな力を得る。


「まさか、そんな事が……」

「――業火の炎よ! 眼前の聖人の使徒を焼き尽くせ!」


 リゲルがバスラを投擲すると同時、溢れる猛火が辺りに吹き荒れた。

 ただの炎ではない。それは金貨百枚にして周囲数メートルに猛火を呼び起こす名剣――『猛炎短剣エルシャー』と呼ばれる短剣の炎だ。


 探索者の間では中堅の物たちが愛用し、その使いやすさ、攻撃力の高さから定評がある。

 クルトが驚いたのはそんな事ではない。

 『転移短剣バスラ』と、『猛炎短剣エルシャー』、二つの武器の能力が一度に発動したことだ。

 今、クルトの前には投擲されたバスラの刃が届かんとしている。

 同時に、その刃から猛火の炎が吹き荒れ、クルトを飲み込まんとしている。


「(――『転移』と『猛火』の同時発動!? 二重発動など伝説級の武具だぞ!?)」


 通常武具とは『一つにつき一つ』の能力が原則だ。

 例外は転移短剣バスラのような一部の武具か伝説級のみ。

 だがそれも限定的で、決定打に繋がるものは少ない。

 それを、リゲルの【武器合成】は可能とする。


「くっ――」


 燃え盛る火炎の剣閃が七つ、クルトの眼前に迫りくる。

 それを持ち前の反射神経で何とか回避するクルト。

 しかしリゲルはそれを読んでいる。

 先読みしクルトの避けた位置を予測したリゲルは、手元に戻ったバスラを再び投擲、超速で加速する。

 さらにその寸前、


「――麻痺たる霧よ、聖人の使徒を弛緩させよ!」


 短剣バスラを投擲する際、さらなる詠唱を行っていた。

 直後、黄色い霧が現れクルトの体を覆い尽くす。


「――っ、ぐうっ!」


 弛緩した体のまま、背後に跳ぶクルト。牽制を兼ね『聖人の右手』でバスラの刃だけは弾いて難を凌ぐ。

 だが安堵出来る要素はそこにはない。

 今のは――。


短剣バスラに、『麻痺』の力、だと? 新たに武器を《合成》したのか」

「それもご明察!」


 背後、再び現れたリゲルがクルトの背中を狙う。

 一秒に十五度の斬撃、さらにすくい上げるような斬撃、辛くもそれを回避したクルトはバック転、側転、瞬歩を駆使し距離を開ける。

 ぜえぜえとクルトが息を荒げる間にリゲルが手元にバスラを手に収め言う。


「僕の【武器合成】は、武器に異なる武器を《合成》し力を付与する。――これが、どういう意味を持つか判る?」

「――貴様のその短剣バスラは、常に別の武器の効力までも上乗される――ということ、か?」

「そう、その通り。――こんな風にね」


 リゲルがバスラを構え、真正面に投擲するや高速で詠唱した。

 その瞬間、バスラの投擲速度が『八倍』になり、超速でクルトの眼前に迫る。

 かろうじて跳躍でそれを回避したクルトだが、次の瞬間には目を見開く。


 再び投げられたバスラの周囲には『木の根』が大量に出現し、まるで蜘蛛の巣の如くクルトを絡め取ろうと殺到する。

 『聖人の右手』で薙ぎ払い、打ち払うクルトだがそれでも焼け石に水。

 リゲルは攻撃が凌がれると同時、『別の武器』をバスラに《合成》し、その度に異なる攻撃を行う。

 『雷』を出現させる斬撃。『毒の霞』を撒き散らす斬撃。『大音響』を吹き散らす斬撃。『視えない斬撃』。『三つに分裂する斬撃』。『異臭を放つ斬撃』。『閃光を放つ斬撃』。『爆発を起こす斬撃』。『麻痺を付与する斬撃』。『重力が五倍になる斬撃』。『触れると体力が削れる斬撃』――多種多様な攻撃の乱舞がクルトを襲う。


「……くっ、ぐあああああ!?」


 さすがのクルトも何発かは受け弾き飛ばされる。

 反撃に『聖人の右手』を薙ぎ払うが戦いの優劣は誰の目にも明らかだ。

 悠然とバスラを構えリゲルは語る。


「判ったかな? 僕の【武器合成】は、『武器と武器をかけ合わせる』。――つまり、最初に使った『隠蔽』の武器は《隠滅短剣ヤユーガ》をかけ合わせ、『猛火』の武器は《猛炎短剣エルシャー》、『雷』を発生させる武器は《雷電短剣ブルガルト》、『毒の霞』は《濃霞短剣カーミス》……以下、《音響短剣バズルーク》、《透明短剣フルハス》、《三重陰影剣キルベール》――つまり、計十三種類の『武器』がバスラに上書きされている」

「な……っ!?」


 恐ろしいほどの事実にクルトが戦慄する。


「武器の……《複数合成》だと? にわかには信じられん。だがこの光景、まさしく……っ」

「当然だよ。僕は『特権探索者』だ。店で格安で武具を購入する事は容易い。それに、僕はこれまで《迷宮》で数多の武器を手に入れている。――この意味が判るか?」


 クルトは悪寒を覚え、後退った。

 リゲルが自分の武器を尽く《合成》出来るということ。


 そして入手には困難は伴いということ。


「つまり――」


 リゲルは両手を広げて言った。悪魔のように、口元を、三日月型に緩めながら。


「僕が持つ『486種類』の武器――それら全てが、バスラと《合成》し、君を襲う災禍となって襲いかかる」


 クルトは衝撃に打ちのめされる。

 その数の多さによってではない。

 その傲慢とも言える宣言にでもない。

 自信――そう、リゲルがその手の内を明かしても、なおクルトを圧倒出来ると信じている、その自信。


 加えて、その宣言が意味する、厄介さも。

 『転移短剣バスラ』はリゲルの愛用する短剣だ。

 その特性は、『投げると持ち主の手に転移して戻ってくる』というもの。

 つまり特段攻撃力に優れたわけではないが、利便性に優れ、取り回しも良い。

 加えて、他の『武器』と組み合わせた時の凶悪さがある。


 『投げれば戻ってくる』という事は、クルトがいくら弾き、かわしても無意味ということだ。

 例え、クルトが何十何百と攻撃をいなしても、その度にリゲルは『武器』を《合成》し、攻撃し続けられる。


 クルトがバスラを奪い取っても意味がない。何故なら『持ち主の手に転移し戻る』短剣だから。

 数ある武器の中でも、『ベース』としてリゲルがバスラを選んでいる理由は単純だ。

 それが、最も効率よく【武器合成】を扱え、クルトを追い詰められる武器だから。


「……くっ、さすが、都市を救った『英雄』と言うべきか」


 驚愕と共に賞賛も交えてクルトは言う。


「……だが、弱点がないわけではない。俺は、その力に対抗出来る」

「へえ、それは、」


 リゲルの言葉が終わる前にクルトは突貫した。

 『手加減していた』――今までの雑な踏み込みではない。速度にして二倍に匹敵する超加速。

 先程までの速度に慣れたリゲルに攻撃は許さない。一撃、二撃、三撃――『聖人の右手』によって大質量の豪腕を叩き込む。


 重量数十トンの『巨腕』に耐えられる床などない。決戦場は砕かれ幾百の破片がダイヤモンドダストのように舞った。

 爆裂し四散する破片――それらを眺めながらクルトは語る。


「確かに【武器合成】は厄介だ。多数の『武器』を合成し、的確なタイミングで強化されれば、俺とて苦戦する。だがその力には明確な『欠点』が存在する」


 クルトは音速に迫る疾走をし語っていく


「一つ、その【武器合成】は、『元となった武器と同系統の武器しか合成出来ない』」


 リゲルが噴煙から飛び出し、バスラで切りつけた。

 それを側転してクルトはかわす。


「――貴様が《合成》した武器は、全て『短剣』だった。これはベースであるバスラが『短剣』である事に起因する。つまり、『短剣』には『短剣』を、『長剣』には『長剣』を。『同じ系統』の武器にしかその《合成》は出来んというわけだ。――加えて」


 背後、再び『隠蔽』の武器で隠れ死角から斬りかかるリゲル。

 それを、気配の察知だけで避けて離れたクルトは言う。


「【武器合成】は、『直前に合成した武器の力しか発揮しない』――これも戦って判った特性だ。お前が『隠蔽』の武器を合成した場合、『隠蔽』のみが働く。同じく『毒』の武器を合成すれば『毒』が、『麻痺』の武器を合成すれば『麻痺』のみが、バスラの能力に付与される。――つまり、これまで合成した武器の能力、『その全てを同時には使えない』――これが、【武器合成】の欠点だ」


 それは、通常ならば欠点とも呼べない特性だ。

 無数の武器を《合成》し、上乗せする――その力は脅威と言うべきもの。

 しかし、クルトにとっては特別脅威には感じない。

 奇襲性こそあるが、種が割れれば『武器に別の武器の力が付与された』だけであり、規格外でもない。


 クルトは戦士だ。これまで《迷宮》で数多の魔物と対峙し勝利を収めている。

 同時に、数多の『武器』をも見ている。

《隠滅短剣ヤユーガ》も、《猛炎短剣エルシャー》も、《雷電短剣ブルガルト》も、《濃霞短剣カーミス》も、《音響短剣バズルーク》も、《透明短剣フルハス》も、《三重陰影剣キルベール》も、それら全てはクルトが過去の戦いで見た武器であり、実際に使った事もある。


 つまり、『魔石』の時と同じ。

 『既視』の攻撃。ならば、それに仕留められる道理はない。


「お前の《合成》は、たしかに厄介な力だ。だが俺のように一定以上の『経験』を積んだ者には無意味と言える。なぜなら強者ほど数多の魔物を見て『魔石』を知っている。多くの『武器』に既視がある。お前が、この世で一本しかない伝説級の武器を持っていれば話は違うだろう。だが全てが『既製品』だ。――金貨百枚? 金貨三百枚? それ以上の価値ある武器もあるだろうが、俺には通じない。俺は、これまで数多の武器を見てきた。当然、《転移短剣バスラ》も知っている。他のどの武器もな。つまりお前の攻撃は、『既製』の武器に既製の特性を付与しただけでしかない」


 無言でリゲルは佇んでいる。

 クルトは勝ちを確信する。

 いかにリゲルが応用性高い攻撃を繰り出そうと、無駄なことだ。全てはクルトが過去に見た攻撃であり、対処法も知っている。ならば倒せる。


 それを裏付けるように、クルトの動きが見る間に向上する。リゲルが再度、『隠蔽』して背後より斬りかかるも、たやすく避ける。

 『大音響』を発しリゲルが突撃するも、『聖人の右手』で大音響を起こし『相殺』する。

 さらにリゲルが三つに分裂したバスラを投擲するが、あっさりとクルトはそれらを蹴り飛ばし、彼方へと弾いてしまう。


 明らかに、最初の頃と動きが異なるクルト。

 それはつまり、武器の特性を掴んでいる証拠だ。

 既視の攻撃をさばく精神的余裕が現れた。

 弾かれたバスラを手元に戻したリゲルに、クルトは告げる。


「リゲルよ。お前の戦い、非常に見事なものだ。だが勝敗は決した。全ての攻撃を見切られているお前と、未だかすり傷しか負っていない俺。どちらが優勢かは火を見るより明らかだろう? この都市を救った『英雄』に無様な負けはしてほしくない。この辺りで一度、『降伏』を考えてはどうだ?」


 二十メートルもの巨影を誇る『聖人の右手』を振りかざし、クルトは言う。

 お前のような強者に無残な負けは見せたくないと。

 都市の『英雄』に泥を塗る事をはしたくないと。

 一人の戦士として、都市を救った英雄を讃えるために、心からそう思う。


 それはおごりではない。クルトは強者。ゆえに同等の強さの人間の差は良く知っている。

 リゲルは強いが、『自分には及ばない』。それが、はっきりと判った。

 もういいではないか、お前の強さは痛感した。並みの強者では届かない。遥か高みにいる。それだけで十分だろう?

 そう、言外にリゲルに諭したのだが。


「――いかな」


 リゲルの口から飛び出たのは、そんな短い言葉だった。


「……? なんだ、リゲル、降参の言葉なら、もっとはっきりと――」



「さて。――『準備運動』は、こんなものでいいかな?」



 ぞくり、と。

 瞬間、クルトは背中が寒気に襲われた。

 威嚇ではない。欺瞞ではない。その口調が、リゲルの表情が、その言葉が真実だと告げている。


「貴様……」

「え? まさか本気で戦っていたと思ってた? ――そんな訳ないじゃないか。僕は【武器合成】使うの、初めてだよ? それなのに始めから全力でいくわけないよね?」


 クルトは、知らず震えていた。

 馬鹿な、それではこれまでの攻撃は全て様子見……!?


「馬鹿な……っ」

「もちろん、今までの攻撃、全部、ウォーミングアップだよ?」


 嘘だ――とクルトは一瞬硬直した。

 ありえないありえないありえない、それだけはあってはならない。


「っ!」


 それでも、クルトが自失していたのは一瞬。

 無言でリゲルへと突貫した。

 もはや油断はしない。加減もしない。今できる最高の、最良の踏み込みだった。

 『聖人の右手』、起動。

 周囲の物質を取り込み再変換、砕けた床の破片を吸収する。自分でばら撒いた鉄塊の破片で強化。それにより『右手』は二十メートルから、三十メートルへ、さらに四十メートルへ、強大に、畏怖を呼び込むほどの質量となる。


「砕け散れ! 英雄!」


 例えバスラで防ごうとも防げない、大質量の打ち下ろしがリゲルへ迫る。

 一度では終わらない。クルトは一撃、二撃、三撃、リゲルが『回避』、『防御』、『逸らし』、いずれを起こった場合も防ぎきれないであろう叩き下ろしを敢行し続けた。


 爆風や爆音が荒れ辺りが粉塵に覆われる。

 会場が激震に見舞われる。

 それでも油断出来ないとばかりに、『聖人の右手』でクルトは何度も打ち下ろす。秒間十度も破砕する。破砕する。砕け散る床、決戦場の基部。もはや激震が会場を打ち鳴らし、それ以上は何も聞こえない。あらゆる音が、物質が、クルトの『聖人の右手』によって砕かれ、かき消され吹き飛ばされた。


 大質量による、縦横無尽の叩きつけ。

 しかし。

 それをもってしても。


 リゲルは――無傷だった。


「……馬鹿な」


 クルトは、あるいは『この可能性』もあるだろうと、半ば確信めいた思いで問うた。


「あれだけの攻撃、捌ききれるわけがない……っ」

「そうかな? ただ同じことをしただけさ」

「なん……だと?」


 震えるクルトに、リゲルは薄く笑って、


「《擬態宝剣アクラビス》という剣を使って、数秒だけ君の『聖人の右手』をコピーしただけだ」

「っ!?」


 それは、相手の姿などを模倣することが出来る宝剣。

 強力だが、街中で金貨数百枚もあれば買えるものだ。


「あと、それだけじゃ模倣しきれないから《増幅烈剣ブレンザー》を使って出力を上げた。さらに《暴剣オブリギア》で筋力も上げておいた。ついでに《蓮闘斧ガリウーガ》で防御力を、《翠晶槍エルトリーン》で速力も上げておいた」

「待て……」

「あ、《怪魔闘斧ガルガス》も付け加えておいたんだった。それと《輝命杖フォーリエル》も。いやー、君の『聖人の右手』ってすごいね。相殺するだけでも、『七つの武器』を合成しなければならなかったよ」


 クルトは一瞬、恐怖に襲われた。


 かつて、これほど出鱈目な相手に出会った事はなかった。

 ランク白銀プラチナ、大組織の幹部、そしてギルドマスター。

 いくつもの武器。いくつもの効力の名。だがそれらは極少数の伝説級の武具を操っていた。

 リゲルは、それすら上回る。これではまるで――。


「きょ、虚言もいい加減にするがいい」


 クルトは、かろうじて残っていた余裕で抵抗した。


「リゲル。それでは貴様、『複数の武器を同時に発動した』と言わんばかりではないか」

「え? その通りだけど? ……それがどうかした?」

「……っ!」


 寒気が。

 怖気に似た大きな寒気が、クルトの全身を貫いた。


「どういう……原理だ、それは、」

「どうもこうも、僕はそもそも言ってないよ? 【武器合成】が、『一つの武器だけ』発動出来るなんて」

「なん――」

「勝手に過小評価したのは、君じゃないか。――ふふ、なんてね」


 瞬間、リゲルは口の端を緩め、朗らかに笑った。


「わざと短剣ばかり合成し、『武器合成は同じ系統しか合成できない』、『一つの武器しか力を上乗せ出来ない』――そういう誤認させたの、僕だけどね」

「なっ……!?」


 クルトは憤怒し、直後恐怖したかのように棒立ちした。

 

「僕の【武器合成】は、武器と武器をかけ合わせる。――正確には、『複数の武器と武器と掛け合わせる』能力だ」


 ――謀られた。

 そんな事を思う間もなく、クルトは追い詰められていく。


「それに加え、『かけ合わせた武器の力を付与し、使い続ける』ことも出来る。――さてクルト。君は、この意味、判るよね?」

「あ……あ……」


 武器と武器を掛け合わせる。

 そしてその効力を『同時に』扱える。

 となれば、可能性は無限大。既存のどの武器をも超えた応用性が実現可能だ。

 加えて、その効力が重複可能。


 ゆえに、《合成》すればするほど強くなる。

 時間を経れば経るほど強くなる。

 それこそがリゲルの力。

【武器合成】の真髄。この世で最強のスキルの力。


「さて、今度は僕の番だ」


 リゲルは優しく言葉を紡ぐ。

 両腕を、まるで翼のように広げ。


「僕が使った二十種類の武器――『その能力、全てが上乗せされている』――その力で、君を倒す」

「――っ、舐めるなリゲル! 俺とて意地くらいはある!」


 例え、勝ち目がないとしても。

 確定された敗北だとしても。

 俊英なる戦士の一員として、足掻く義務がある。


「――[聖人よ! 我が身に宿りし英雄よ! 我に力を貸し給え!]――おお、あああ!」

「[歌え勝利の魔神、我は鬼神の刀と剣と槍を合わせ神の領域に至る者なり]!」


 リゲルとクルト、両者の唱えた詠唱が決戦場に響く。

 直径六十メートルにも肥大した『聖人の右手』とリゲルの《合成武器》が激突する。


 音より速く、豪雨より激しく、拳と剣技の乱打が舞う。

 激突し、爆裂し、衝突し、破裂し、切り結び、弾け飛び、苛烈かつ流麗な軌跡を描く、二つの猛撃。

 片方は『聖人』の加護を宿した人間の御業で。

 片方は『武具』の加護を備えた人間の絶技だった。

 リゲルが『攻撃音速化』、『切断力五倍化』『触れると猛毒』の付与をしたバスラで斬りかかる。

 それをクルトが肥大化した『聖人の右手』で打ち払う。


 転移短剣バスラは元より破壊されても『再生』される特性持つ名剣で。

 『聖人の右手』も『周囲の物質を取り込み強化される』神秘の腕だった。


 ゆえに両者は互角。いや、ややクルトが終始押されていたか。砕かれたは再生し、強化され、猛威を振るう二つの武器。

 『聖人』と、『無数の武具』が織りなす剣戟は観衆達を魅了した。

 誰もその場から動けない。誰も何も発せられない。

 なぜなら決戦場、百メートル四方のわずかな空間に、この世全ての色彩が降りたかのような光景があった。幾百の武具、幾多の攻防。極彩色の剣戟と巨腕の激突による闘争は、その場にいる全ての人々の心を、魂を掴み、魅了した。

 けれど、それは無限には続かない。

 夢幻に思える超音速の決闘にも終わりは必ず訪れる。


「くっ……」


 バスラの切っ先が腹を切り裂いた直後だった。

 クルトが、がくりと膝をついた。

 リゲルも息を見出し、呼吸する。彼の脇腹には強大な拳の痕があった。肋骨が折れている。口からは血が出ている。内蔵のいくつかが損傷していた。


 けれど、クルトはそれ以上の傷だった。

 全身から切り傷が見え、左腕は骨折。左脚は半ばから斬り飛んでいる。それも『聖人』の特性で数秒で治るが、その数秒が永遠にも思えるほどの猛攻だった。


「どうやら……勝負は引き分け、のようだな」


 互いの出血量や残り時間を見て、クルトが言う。

 決勝に残された時間は、もはや十四秒を切っていた。


「さあ? どうかな? 僕はまだまだ戦えるけれど」

「――ふ。強がりを」

「どうかな? 僕にはまだ、これがある」


 言って、リゲルが取り出したのは多数の『紅い石』。


「……貴様、まさか」

「忘れてもらっては困るよ? 僕は『魔石』使いだよ? 《合成》だけが取り柄じゃないよ?」

「くっ、この……っ」


 直後、光が溢れ、リゲルの周囲に『385体』の魔物たちが顕現する。

 多数の、影が決戦場へと降り立った。

 ある魔物は翼を広げ、

 ある魔物は牙爪を閃かせ、

 ある魔物は巨腕を振りかぶり、

 ある魔物は猛火、紫電、氷風をまとい、戦意をまとっていた。

 いかなる相手であろうが粉砕する、手加減などない。リゲルの今出来る――最大限の援軍。勝利へ導く軍団なり。


「……。やはり、こうなるか……流石だな、《英雄》」


 クルトは、血まみれの姿で笑った。


「君は強かった。だから僕も全力を尽くす。――切り裂け、《ゴブリン》、《オーク》、《ウェアウルフ》、《キラーソード》、《アイアンホーク》、《ナイトスコーピオン》、《アイスブレイド》! 薙ぎ払え、《サンドスコーピオン》、《シールドタートル》、《ガーゴイル》、《ロックリザード》、《ストーンリザード》、《フリーズアント》、《フリーズベア》、《フラムアーミー》! 打ち払え、《ヒートゴブリン》、《フレイムアント》、《ダウンシックル》、《ブラックドッグ》、《ヘルジャッカル》。《ソーンヒート》、《トロール》、《オーガ》――っ!」


 雪崩込むリゲルの魔物たちに対し。

 クルトは、『聖人の右手』を最大限に動かし、迎え撃った。

 幾多の魔物が吹き飛ばされ、薙ぎ払われ、それでも牙を、爪を、巨躯を武器に突き進み。

 ついにクルトが力尽きた。その時には、九割の魔物が打ち倒されていた。


『け、決着――っ! 決勝戦! ギルド・トーナメント! 優勝は、リゲル選手――っ!』


 そして、興奮にまみれた実況の騎士が、会場を揺らし、全ての観客を熱狂させていた時。

 クルトは、満足そうな笑顔で、決闘の舞台に大の字に倒れた。


 それが、激戦の結末。

 準優勝、クルト。

 優勝、リゲル。

 湧き上がる歓声の中、リゲルが勝利の笑みと共に、力強く右腕を高く掲げたのだった。

 

 

お読み頂き、ありがとうございます。

次の更新は2週間、2月27日になります。

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