第八十六話 合成を超える者
――ギルド・トーナメントの前、リゲルはメアに聞かれていた。
『この世で最も強い能力は何か、だって?』
〈うん。世界には色んなスキルが魔術があるでしょ? その中で、一番強いのは何かなって〉
それは、ほんの好奇心の問いかけだった。
幽霊少女であるメアに、リゲルは半ば冗談に、そして半ばだけ本気で語っていた。
『そうだね――『あらゆる状況に応じられる強さ』、もじくは『どんな守りも突破出来る強い攻撃』だろうね』
いかなる強い盾をも貫く矛。
いかなる状況にも耐えうる万能性。
それがリゲルの出した結論だ。
もちろん、それは普段の日常での何気ない雑談だった。
その言葉に大した自信はない。
所詮は日常の一会話。意味はないはずだったのだが――。
今まさにリゲルは、その言葉は自分の『本心』から出た言葉なのだと、思い知っていた。
「(――強い、な)」
――轟然たる巨腕がリゲルへと振るわれる。
全長三メートルを超す巨大な腕が鉄槌の如く迫る。
リゲルは《氷系》魔石の攻撃を以って迎撃する。《アイスニードル》が、《フリーズニードル》が、《フリーズアント》が、《アイスオウル》が《アイスマウス》が《フリーズベア》の凍てつくく猛撃が猛雨の如くクルトの拳へ向かって殺到する。
けれど通じない。
多数の氷の針や牙や爪が、《巨腕》と激突した瞬間、四散。ばらばらに砕け散る。
その様子を確認するまでもなくリゲルはさらに『魔石』を発動。《イエティ》、《アイスアーミー》、《フロストソーサー》、《フロストブレイド》、《アイスエレメント》、《フリーズゴースト》……『点』と『面』の制圧に秀でた魔石を中心に発動させる。
だが。巨大な影が翻され、《巨腕》が振るわれると容易に打ち砕かれる。
まるで、伝承にあるような巨人の腕。
それが無造作に薙ぎ払われると、それだけで鋭利な氷棘も剣も風も、何もかも霧散し虚空へ消えていく。
リゲルもそれを予測済みだ。《ケルピー》の魔石で一時的に亜音速の域にまで到達し、クルトの背後へと疾走――慣性を別の《ケルピー》で相殺しつつ手には五つの魔石を投擲。
《フロストウルフ》、《アイスエレメント》、《スノウフェアリィ》などを立て続けに連発させる。
だがクルトは跳躍すると、右脚で前蹴り飛び蹴り、後ろ回し蹴り。そのまま跳躍をして威力を保ちながら踵落とし――《フロストウルフ》の牙ごと粉砕した。
リゲルは瞠目する。
初めてこのトーナメントで賞賛の評価を送る。
すなわち――『強い』、という賛辞を。
『おおっとーっ! なんと、ここに来てリゲル選手、攻撃が簡単に凌がれましたーっ! まるで手の内を読んでいるかのようなクルト選手の迎撃! 本大会のダークホース、クルト選手――ここにきて波状の如きリゲル選手の猛撃をいなし、全て迎撃だぁ!』
実況の騎士が興奮し立ち上がる様を尻目に、リゲルはさらに魔石を発動する。
《アイスアーミー》、《アイスアーミー》、《アイスアーミー》の乱発。
氷の兵隊が、幾重にも重なり、列を成して突撃する。
続いて《アイスエレメント》五体発動――さらに《スノウフェアリィ》を十二体と氷系魔石の連発、まさに大盤振る舞い。
それを、クルトは跳躍や側転でいなす。かわしながら《巨腕》の薙ぎ払いで粉砕しつつ、リゲルへと大打撃で応戦。
かすっただけで吹き飛ばされる剛撃を、かろうじてリゲルは回避に成功する。
膨大な質量の《巨腕》は当たっただけで戦闘不能は必至だ。勢いよく降ろされ衝撃を走り抜ける横で回避、砕けた床が四散する中、幾重にも張り巡らされた魔石を乱舞させる。しかし。
「聖人とは」
まるでダイヤモンドダストのように、床の大理石の欠片が舞う中で、クルトは神の代理人のようにささやく。
「偉大な功績や伝説に記された『英雄』の人間だ。あるいはその魂を宿した人間。――『聖光』、『不浄』、『不滅』、あらゆる奇跡の片鱗を操り、行使する事が出来る」
リゲルが放った《フロストブレイド》、七つの氷剣がクルトを襲う――だがクルトは《巨腕》を振るい、それだけで粉砕し無力化させる。
「分かるか、リゲル? つまりこの身には、かつて『偉業』を成し得た【英雄】たちの技が凝縮されている。何十年、何百年と語り継がれる『伝説』――その継承だ。これが何を意味すると思う? ――そうだ、俺は、『お前よりも強い』」
「戯言だね」
《巨腕》が立て続けに八回、床に向けて叩きつけられる。
たかが八回、されど八回。膨大な質量を内包した《巨腕》はそれだけで兵器だ。そんなものが亜音速で八度も叩きつけられれば風圧や衝撃や震動が起こり、決戦会場がまるごと揺さぶられる。
さらに砕けた床はさらに細かく砕かれ、粉微塵となり、爆裂した大気が暴力となってリゲルへ襲い来る。
「ちっ、庇い立て、《アイスアーミー》!」
それを、リゲルは六体の氷の兵隊によってしのぐ。
衝撃はですぐさま吹き飛ばされたが、リゲル自身は無傷。
「ほう、しのいだか」
三メートルの《巨腕》を翻し、クルトが無感動なままにささやく。
「しかしリゲル、お前の力は見切った。『まず相手の最も嫌がる攻撃で動きを封じ、その後に『とどめ』である技を繰り出す』――これがお前の基本戦術だ」
リゲルが一瞬、その言葉に動きを止めた。
「――何を?」
「お前は、有名人だ。過去、お前が戦った強敵たちの『情報』を、俺は可能な限り集めさせてもらった。――『仮面の使徒』との戦い。――《ロードオブミミック改》との戦い。――『青魔石使い』との連戦、――『精霊ユリューナ』との決戦、――《ジェノサイドワイバーン改》使いとの死闘――どれもが見事な戦いだった。その全てにおいて、お前はこの『基本戦術』によって勝ち残った」
リゲルが束の間、硬直する。
その情報の内容よりも、正確さよりも、『決戦』の最中にそんなことを言ってのけるクルトの横知れなさに、警戒心が働く。
長台詞の間にリゲルは五十四個、『魔石』を発動させた。
だがその全てがしのがれた。
牽制、防護、陽動、阻害、攻撃……それら全ての攻撃はクルトの『しゃべりながら』の行動に防がれた。
跳躍で、あるいは側転で、あるいは《巨腕》の薙ぎ払いで。
その胆力、精神力、全てがこれまで戦った相手とは次元が違う。
「(……これは)」
《アイスエレメント》、《フリーズニードル》の魔石を十三個展開させながらリゲルは笑う。
「なるほど、ここまで僕を過大評価してくれた相手は始めてだ。――今までの相手は、皆どこかしら僕に『油断』や『慢心』があった。だからこそ付け入る事が出来たんだけどね?」
「その、人畜無害そうな口調からしてお前の戦術だろう?」
「……」
リゲルは軽口に思わぬ言葉が来て沈黙する。
「リゲル、お前は『元・劣等者』だ。弱い身で魔物と渡り合うため、相手に『油断』や『慢心』を抱かせる口調や態度を磨いた。――『僕』という一人称もそう。――『だよ』『だね』という優男を装う口調もそう。――全ては『相手の隙を作るための伏線』だ。お前は相手の『隙』を突き、的確に攻めるのが上手い」
目くらましとしてリゲルが放った《ライトスノウバット》の閃光は、たやすくクルトの《巨腕》で防がれた。
クルトは教鞭を振るう教師のように続ける。
「それは【合成】という、強大な力を手に入れてからも変わらない。わざと非合理な戦闘運びをし、相手の勢いを削ぐこともある。合理的に徹し、ひたすら負け筋を防ぐこともある。一見してお前の攻撃は分析が難しい――だが、こと『勝利』という前提を踏まえたなら、お前の行動には全て『伏線』が含まれている」
「何を――」
クルトは周囲に霧散した『氷系』の魔石の攻撃の残滓を視ながら語る。
「例えばいま、お前は先ほどから『氷系』の魔石だけを使っているな? これは、攻撃が凌がれたとき、空気に残る『冷気』を利用するため、わざと行っているのだろう? 氷系の攻撃は、たとえ防がれたとしても、『冷気が残る』ため氷系攻撃の威力が増しやすい。また冷気によって相手の動きがわずかにでも鈍る。ゆえに機動力を削ぐのに向いている。――さらには、冷気を圧縮する事により、《アイスドライアド》など、冷気に特化した魔石を活躍させる事にも繋がる。――そう、実況が『リゲル選手しのがれました!』などと言っていたがとんでもない。リゲル、『お前は攻撃が当たっても凌がれても』勝利に繋がる一手を講じ続けてきたわけだ」
「――」
冷や汗がリゲルのこめかみを伝う。
かつて、そこまで正確にこちらの戦術を把握した相手はいなかった。
『仮面の使徒』も、『青魔石使い』も、『精霊ユリューナ』もそんな事は行わなかった。
だがクルトは違う。おごらず、油断せず、自分の力を使いつつも的確に相手を分析する。
――やり辛い相手だった。
無表情を装いつつリゲルはその発言により、『氷系の攻撃の五種類のパターン』が意味を成さない事を知った。
そして幾重にも張り巡らされた『氷系』属性の攻撃も、その狙いをほぼ全て言い当てられて、選択の幅が減った事に最大級の警戒を覚える。
それらは顔に出さず、
「なるほど、大した分析だね。でも、わざわざ口に出すという事は、君が焦っている証拠とも思うけれど? 『氷系』の攻撃は、確かに君の言う通りかもね。隙を作る戦術も。――けれどそれを語る事自体、君が劣勢になっている証拠。自分から不利なのを暴露したようなものだけど、いいのかな?」
クルトは笑った。
「そうだ、それだリゲル。お前は劣勢に成りかけたとき、『話術』で相手を惑わせる事にも長けている。良い例なのが『精霊ユリューナ』の戦いだ。あの時、お前は『暴風』、『波動』、『量子化』という圧倒的な戦力を誇ったユリューナを、ひたすら言葉で惑わした。巧みに弱点を暴き、そして冷静さを失わせ、倒した。――冷静に考えれば、ユリューナには攻め手はいくつもあった。だがお前はその芽を全て潰した。――『言葉』による惑乱。お前の戦術の一つだろう? リゲル」
「……それは。さて、どうだろう?」
――これは、まずいな。
リゲルは内心でさらにいくつかの戦術を諦めた。
かつてこれほど冷静な相手はいない。
普段、リゲルは重装備や派手な武器を使わないのは、『相手に警戒されないため』だ。
華美な衣装や強力な武具はそれだけで相手を警戒させる。
そこを、あえて『軽装備や短剣のみ』で戦う事で『この相手は強くない』と錯覚させるのだ。
ユリューナの時などは見事にそれに嵌まった。
だがクルトにはその『策』も完璧に見破られた。
そして会話による主導権も。
彼は、クルトは、これまでの強敵とは根本からして違う。
「なるほど。大した分析力だ。――それで?」
だが、まだ終わりではない。こんなものでは覆らない。
リゲルは知っている。逆境とは戦力や装備によって決するものではない。精神的に追い詰められた時こそ逆境というのだ。
リゲルは、悠然と微笑み、右手に大量の魔石を掴み語る。
「僕の本質が策士だって? なるほどね。それは当たっているかもしれない。僕が隙を突いた戦ったのも事実だ。でも、だから? それで君は僕をどう倒す? 考察は結構。分析も結構。けれど君は一発も僕に攻撃を当てられていない。君の考察力は大したものだけど、そんな話が出てくること事態、君が不利だと言っているようなものだ」
「そう、まさにそれだよ、リゲル」
クルトは笑った。
「自分が不利な場合は、何度も相手を挑発し激怒させる。そうして隙が出来た相手に魔石を叩き込む。だが俺には通じない」
クルトは《巨腕》を振りかぶった。
とっさにリゲルは《ケルピー》の魔石で回避、さらに《スノウフェアリィ》、《フリーズゴースト》で相手の周りを冷気で覆う事も忘れない。
轟然と《巨腕》が何度もリゲルの脇をかすめる。三メートルを超す巨影、それが暴風のように何度も、何度も、駄々をこねた巨人のように振るわれる。
「だが、残念だな。俺にそんな『話術』は通じない」
クルトが、大きく《巨腕》を振りかぶり、
「――砕け散れ、《英雄》!」
言葉と同時、凄まじい風圧が巨影と共にリゲルを襲った。
リゲルは《フロストシールド》の魔石を空中に展開しながらリゲルは空中を駆け巡った。
空中に『氷の盾』を配置し足場を形成、三次元的跳躍を繰り返し、高所から《アイスニードル》、《フロストブレイド》を立て続け柄に六度打ち込む。
だがクルトは冷静沈着だった。その手は予測済みだとばかりに、平静に、静かに、空中の氷の盾を《巨腕》で砕いては薙ぎ払う。
砕いては薙ぎ払い、舞い散る氷の盾、リゲルの顔に舌打ちを我慢する様子が現れる。
「……っ」
「お前が話術と冷徹さを駆使し、狩りのように相手を追い詰める腕は見事だ。だが俺は特別だ、お前の使う攻撃も戦術も、全て見たことがある」
「なんだって?」
相手の挑発を兼ねた言葉だったとしても聞かないわけにかいかない。
「リゲル、お前も『探索者』なら『恩師』が一人はいたはずだ。その戦術、『基本戦闘』を教えてくれた人間が。俺は、その相手に心当たりがある。『話術』や『冷徹』さで徹底的に攻撃を追求し、勝利を求める――そんな人間のことを」
「……まさか」
《巨腕》がリゲルの頬をかすめる。次第にリゲルの動きが読まれている。
常に複数の魔石を使い陽動と補助と牽制に当てているが、それでも追いつかない。
それほどの対応力。
それほどのクルトの地力。
「リゲル、お前の『手本』となった人物はこう呼ばれている。――『ランク白銀』、通称《話術王》と呼ばれる老英雄。名を【バーンズ・ガルバリート】と言うのではないかな?」
「……っ」
その名が出た瞬間、リゲルの頭が一瞬、空白になった。
それはまさに一瞬。
けれど、トーナメントで幾度となく相手を仕留めたダークホースは、その一瞬を勝利へと手繰り寄せる。
「――ようやく捉えたぞ!」
「しま……っ」
《巨腕》がリゲルを殴った。
回避も、防御も、相殺も、全て間に合わなかっった。
一瞬よぎった恩師の影、それが頭にちらついた瞬間。リゲルの腹に、《巨腕》の拳がぶち当たり、彼を吹き飛ばした。
「く、ぐううううううううううううっ」
――バーンズ・バルバリート。
弱い七十一歳になる老戦士だ。
彼は幼い頃より類稀なる才能を発揮、十五歳にて『ランク黄金』へと至り、二十一歳にて『ランク白銀』へと上り詰めた英傑である。
人は彼を最年少の天才、あるいは神童の覇王と呼ぶ。
彼は様々な名で呼ばれた後、五十年に渡って《迷宮》に潜り続けた。
その最高記録は、じつに3193階層。《迷宮》の記録上位五位に入る超実力者である。
深層の、そのまた深層。
化け物を超えた化け物しか行き着けない、魔窟への挑戦者。
その老人の英傑から、リゲルは指南を受けた時があった。
まだ『六皇聖剣』としての力を失って弱体化していた当初。この大陸へ来て間もなくだ。
十日間手程、リゲルは鍛錬を受けた。その時の技術が探索者としてのリゲルを生かしたのは事実だ。
恩師バーンズ。
現役の探索者の中でも、長寿の三位に冠する高齢な超高位探索者。
それが。
「……(やれやれ、運がない)」
珍しくリゲルは内心で笑った。
「(……滅多に地上に出てこない偏屈の超戦士。後輩の面倒を見ることも稀な、老英雄に偶然教えを受けたけど、まさか実物を見たことのある人と戦うとはね)」
《アイスニードル》を弾かれ、《イエティ》を粉砕され、《ウェンディゴ》の豪腕すら《巨腕》で爆散させられたリゲルは、風圧で宙を飛びながら思う。
「……クルト、君はバーンズさんを見た事があるんだね?」
「その通り。一週間だけだがな、間近で戦いを見させてもらった。――素晴らしい強者だよ」
クルトは巨腕を振り回しながら応じる。
「だからこそ確信出来る。リゲル、お前では俺に勝てない。なぜなら俺は『お前の上位互換』を見た事がある。お前の使う武器が、『魔石』という違いがあっても、根本は変わらない。お前の攻撃は小規模なものがほとんどだ。それでは俺を――《右手の聖人》クルトを倒す事は叶わない!」
リゲルは《イエティ》、《アイスアーミー》、《フロストソーサー》、《フロストブレイド》を乱発した。
残る残量半数を使っての攻撃。総数七十個もの魔石の嵐。
凍てつく雪男が、氷の兵隊が、氷の剣が、雪崩撃つかのようにクルトへ襲いかかる。
だがそれでも。
「――そして言っておくが」
それでもクルトは、動じない。
くらえばただでは済まない攻撃だと言うのに、これまでで最大の攻撃だというのに。
彼は、案山子のように、人形のように、その場で棒立ちし続けた。
「――君、なにを、」
「俺は、《話術王》バーンズを見た事がある。――いいか? 探索者として最高峰の『ランク白銀』、最高レベルの人間だ。これを見た事があるということが、どういう意味か分かるか?」
クルトは、迫りくる氷系攻撃の嵐に対し、泰然と構えた。
「最高峰の探索者を見たということは、俺もかつて、《迷宮》で戦っていた時期があるということだ」
「……っ!」
氷の牙が、拳が、剣が。
必勝の勢いで放った数多の猛撃が、捌かれていく。
あるものは跳躍。あるものは側転で。あるものはパリイやスウェーで、あるものは首をそらすだけで回避される。
あえて《巨腕》を使わない回避。
リゲルは、一瞬震える。
「そう。――俺は、何度も『魔物』と戦ってきた。巨大なる魔獣を、老獪なる呪術師を、屈強な巨人を。つまりは、お前の魔石の『元』である、魔物たちを『見てきた』ということだ。『見たものは、対処出来る』――単純な理屈だろう?」
「けど、それは」
ありえない。
『その可能性』もリゲルは考えてはいた。
『魔石』が魔物の力を使う以上、いつかは見切られる相手が現れるだろうと、常に思っていた。
いかに強力な魔石とて、元は魔物の核だ。
『魔石』とは、生前の魔物の力を引き出したもの。それ以上には至らない。
だから《ゴブリン》を倒したことのある者は、《ゴブリン》の魔石へ対応出来る。
《オーク》を倒した者は《オーク》の魔石を。
《コボルト》を倒した者は《コボルト》の魔石を。
《ゴーレム》を倒した者は《ゴーレム》の魔石を。
理論上は、対抗出来る。
ゴブリンの弱点を知っているから対処は容易い。オークの特性も、ゴーレムの特性も、把握しているなら対処は容易。
それこそ、『十二ある地下大迷宮』の全てへ潜り込み、『数多の魔物』と対決すれば、理論上はどんな魔石へも対応可能だ。
しかし。
そんな事はありえない。
『理論上は』確かに可能でも、そんな事は人間技ではない。
魔物は多種多様、それに凶悪だ。一体の魔物でもその戦法はいくつもある。単純に覚えれば良いというものではない。
そしてリゲルは、複数の魔石を同時に操れる。
例えば《アイスニードル》と《スノウフェアリィ》は、本来別の階層で出てくる魔物だ。一緒に現れることはない。
つまりクルトは、多様な魔物を把握し、なおかつありえない組み合わせにも対応し、さらにはバーンズ譲りの話術を使うリゲルに対応出来ている。
それは、『見たから対処出来る』というレベルではない。
人が研鑽や経験を積み上げて、積み上げて、ようやく到達出来る超人の域。
いや、超人すら軽く超えた何かの領域だ。
それを――『見たのだから出来る』と豪語する『コイツ』は何者だ?
「――ほら、隙だぞ、リゲル」
リゲルは、束の間意識が空白になっていたことを知る。
防御不能。
回避不能。
人の何倍もある、質量の塊がリゲルを強打する。決戦場の床を何度も転がる。擦過し、血が吹き出る。
「く……う」
リゲルはとっさに《ヒールスライム》を使い回復する。
強い。間違いなく、これまで会ったどの相手よりも。
それこそ『仮面の使徒』や、『ロードオブミミック改』や、『青魔石使い』、『ジェノサイドワイバーン改』使い――そして全盛の『精霊ユリューナ』すら超えているだろう。
肉体で。技量で。そして精神で。あらゆる事においてクルトには隙がない。
「リゲル、覚えておくといい。この世には、どう足掻いても勝てない相手がいる」
クルトの、『右腕』が振り上げられる。
《巨腕》となり、神々しい輝きを放つ、その腕が。
「お前は、たしかに強者だ。数々の敵を打ち破り、野望を砕き、ついにはこの都市の《英雄》にまで上り詰めた。――だが」
《巨腕》の輝きが一層増す。我が敵を倒せと、発光する。
「先人たちが残している言葉がある。――『上には上がいる』――《話術王》バーンズ然り、他の『ランク白銀』然り。各王国や帝国を護る『守護者』たち然り。世界にはお前を上回る『絶対強者』が存在する」
クルトの声に合わせ、大気が震え、決戦場が鳴動する。聖なる力と溢れる魔力によりこの場そのものがまばゆい光の渦となる。
「お前は、その片鱗に触れられるようなった。だがそれだけだ。彼らには到底及ばない。無論、この世界に巣食う『巨悪』にもな。――悪いことは言わない。お前は、ここで自分の限界を知るがいい」
言って、クルトは力を『さらに開放』した。
「――励起。『聖人の右腕』、第一形態を解除。続いて『第二形態』へと移行。――[我は英霊の魂を受け継ぐ者なり! 伝説の欠片よ、いま降臨せよ! ――伝説の片腕となり、光の御手となれ]!」
瞬間。
爆発的な光が決戦場を覆い尽くした。
溢れんばかり光は決戦場の結界を超え、天上高く雲を突き破り、さらに発光。
視認すらままならないほど猛烈な閃光が辺りを埋め尽くす。
そして――その先。
光が止んだその向こう。
そこには、先程より強大な力を持つ、『聖人』クルトの姿があった。
「それは――」
リゲルは硬直する。
クルトの右腕。
その《巨腕》の大きさが、一回り、いやそれ以上に『肥大化』していた。
三メートル超だった長さが、五メートルに、十メートルに、さらに『二十メートル』に居たり、まさに本物の巨人の腕。
さらには、渦巻く力も増している。
そして何よりリゲルを瞠目させたのは、その肥大した《巨腕》にある魔力。
それこそ――。
「まさか、僕が放った『魔石』の、冷気……?」
「御名答」
《巨腕》を振りかざし、クルトはその調子を確かめつつ語る。
「リゲル、お前が先程から使った、数多の『氷系』の魔石。その全ての『魔力』を、俺の巨腕の『材料』とさせてもらった。――言っただろう? 俺の右手は、『周囲の物質を取り込り、力とする』と。つまり『俺は相手が放った攻撃の魔力を、取り込んで《巨腕》を強化させられる』というわけだ」
「……っ!」
だから、煌めくのは冷然とした輝き。
最初の神のような眩い光ではなく、今の《巨腕》は膨大な冷気。
氷が集まり、氷が圧縮され、凍てつく魔力がそのまま巨腕に吸収された証。
より強く、より神々しく、偉大な『腕』として生まれ変わった姿が、今のクルトの《巨腕》だ。
それこそ、伝承にある巨神の腕を思わせる。
リゲルが、複数の魔石を手に出しながら語る。
「なるほどね。君がここまで強くなれた理由も判った。……どうやって数多の魔物と戦ったのか疑問だったけど……その『腕』だ。魔物の武器や攻撃を取り込んで、それで一方的に倒してきた……」
「その通り」
クルトは床に《巨腕》を突き立てる。それだけで床はひび割れ周囲は突風が吹き出した。
「俺の前ではいかなる魔物も材料となる。ゴブリンの使う『剣』は我が腕の一部に。オークの使う『混紡』は俺の腕の一部に。ゴーレムの『巨体』など俺の腕の前では材料の一つだ。全て『吸収』して我が物とする、それが俺の『右腕』だ」
相手が強ければ強いほど自分が強くなる。
強大な武器や魔力があれば、それを吸収して《巨腕》を強化する。
それこそ世界を救いし英雄の力。その欠片。
英霊と讃えられ、強者として君臨した者の恩恵。
『聖人の右手』。
「さてリゲル。これで優劣は決まっただろう?」
クルトが巨大化した『腕』を翻しながら問う。
「お前が勝つ可能性は万に一つもない。我が腕は英霊が残した聖なる力。――所詮、『魔石』が頼みのお前は、俺には及ばない。はじめから『格』が違うという事だ。今なら降参を認める事もやぶさかではないが?」
リゲルは笑った。
「馬鹿を言わないでくれ。力を見せただけでなぜ勝った気でいる? 君も今まで戦った相手と対して変わらないよ。『自分の方が強い能力がある』。だから勝てるなんて、おこがましい」
「なんだと?」
そこで。
初めてリゲルは不敵な笑みを浮かべた。
クルトは訳がわからない。
この劣勢、この状況、どうやって打開する術があるというのか。
撃った攻撃は全て吸収され、《巨腕》の材料とされる。不意打ちをしようにも、既知の魔物の攻撃では通じない。
リゲルは、それでもにこやかに語った。
「――まさかとは思うけど、《合成》がこの程度で終わりだと、本当に思ってる?」
「なん……だと?」
クルトの顔が驚愕で真っ青に染まる。
「まさか貴様……っ」
「遅い」
リゲルの足元で猛烈な光が放たれた。
それは目眩まし。クルトが飛び込んできたときのため用意していた、《マッドカメリオン》で透明化していた複数の魔石だ。
「《合成》は、たしかに魔石と魔石を合体させるスキルだよ。でも、このスキルが持つ力はそんなものじゃない。これは、『彼女』が託してくれた力は、まだまだ『先』がある」
「ぬ、ううう――っ」
猛烈な光の中、クルトは《巨腕》を振り回す。
だがそれは《トリックラビット》の魔石で回避した。
空中に飛ぶ石と入れ替わったリゲルは、一言――祝詞を唱える。
「――[創造たる神に祈ろう、僕は万物の構造を解し、変える者]!」
「やめろ!」
クルトが悲鳴を上げる。
それは、万物の理を破る言葉。
常識を壊し、奇跡を呼び込むリゲルだけの技。
それは、新たに開示させる能力の名を――。
「――発動、【武器合成】。それは万物を取り込み、我が力とする禁断の力!」
悠然と、リゲルは宣言する。
「さあ、出番だよ『転移短剣バスラ』。君の力を底上げする。転移するだけの剣じゃない――君はさらなる力を得る」
「ぬう……っ」
輝ける光の中、リゲルは愛用の短剣を構える。
そして、『別の短剣』を取り出し、強く詠唱した。
愛剣に新たな効果を付与させるために。奇跡を一つ『増やす』ために。
「馬鹿な……!? 武器をさらに『合成』だと? そんな事が……っ」
瞬間、クルトは驚きの超えと共にリゲルに弾き飛ばされた。
その直後、転移短剣バスラは混ざり合い溶け合い、新たな一つの『武器』として、生まれ変わっていく――。
お読み頂き、ありがとうございます。
次の更新は2週間、2月13日になります。





