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第八十四話  異変②

「――動きが、全く視えなかったわ」


 選手控室。その通路の片隅で。テレジアは腹の真ん中を押さえながら渋面のままそうこぼした。


「開始の合図と同時、相手がブレた――そこまではわかったの。でもその後は全然。気がついたらあたしは腹の真ん中を打たれ、一瞬で気絶していたわ」

「そうか……それほどに」


 試合結果に心配して駆けつけたリゲルと、メアが驚愕する。


〈テレジアさんでも捉えきれない瞬速なんて! ……にわかには、信じがたいけど〉

「でもあれ本当にすごかった。僕も視えなかったくらいだ……」


 メアもマルコも興奮、あるいは当惑して語った。

 テレジアとて強化人間だ。

 その肉体は精強。ボルコス伯爵の厳しい鍛錬のもと、卓越した技能を得た戦士。

 不幸にも、『失敗作』の烙印を押されてしまったが、その実力は高い。探索者なら『ランク黒銀ブラックシルバー』以上は確実。

 そんなテレジアですら、認識すら出来ない瞬速のクルト。


〈な、何か、魔術を使われたとか、そういうのは無いの?〉


 メアが何らかの技能を疑ってそう問いを投げる。


「……魔力は感じなかったわ。魔術具の発動も。――あのクルトって人、純粋な『体術』だけであたしに勝ったのよ」


 その瞬間を思い出したのか、テレジアがわずかに身震いする。

 メアが驚嘆の顔を浮かべ、リゲルが無言に佇む。


 会場では優勝候補の《水龍剣豪》のアーレスが、華々しい勝利を飾っていた。

 大会の優勝候補の勝利。

 けれど誰もがその勝利より、ミステリアスな番狂わせの実力者の登場に、気を取られていた。

 そして試合はメアやリゲルの戦いの佳境に入っていく。

 



『試合、終了――っ!』


 ギルド主催、武闘トーナメント。

 無注目ながら次々と相手を打破し、ついには優勝候補まで下したクルトは、無名の選手で評判はもちきりだった。

 どんな相手も瞬時に肉薄し、一撃で仕留める。

 その技巧、その速さ、まさに神速。


 その活躍に、会場は湧き上がっていた。


『第八回戦! まさかの一撃勝利にまたも会場は沸いております! 勝者クルト選手! 鉄球操るウルモ選手を、拳打一閃、みぞおちの一撃にて沈めました!』

『ウルモ選手は、ミスリルアーマーを付けていたのに一撃でしたね。あれは震動を利用した拳法? 何にせよこれでクルト選手はこれで破竹の八連勝、全てが五分以内の無傷の勝利! これは、会場が荒れますねー』


 すでに観衆席の大半は、クルトの話題でもちきりになっている。

 もはや優勝候補はどうやってしのぐのか、話題の中心がクルトへとすり替わっていた。


 実況の言葉にも熱が入る。


『さあ! 次は準々決勝! いよいよ、試合は優勝候補の決戦です! ――登場するは、《街の天使》メア・レストール選手! ご存知『青魔石事変』において大活躍を果たした、巷で人気の美少女幽霊ゴースト少女です! 対するは《瞬速》《一撃》と名高い、クルト・バーゼルト選手! さあ、今度も目を離せません!』

『六本の《宝剣》で、相手を圧倒する幽霊ゴースト少女のメア選手に対して、『瞬速』で誰も観ていない間に圧倒するクルト選手。対照的な選手だよね。華麗と静謐、まさに相反する者同士の決戦だよ』

『メア選手は、レストール家の《宝剣》六本を、《浮遊術》で操っての圧倒的な攻撃力! 対してクルト選手は豪腕一つ、拳のみで勝利してきた生粋の武人! 剣と拳、これはある意味究極の一戦だ――っ! さあ両選手、準備は良いですか!?』


 会場が、これまで最大級の熱気を見せる。

 華麗な幽霊少女と、無注目ながら強者を次々と打破してきた青年。ダークホースと優勝候補の対決。


 否が応でも注目されるだろう。剣を漂わせる幽霊少女と、拳のみで戦うフードを被った青年は、試合会場の中央にまで移動していく。


『準決勝は、これまでとは違い、制限時間は三十分! これまでの倍の時間に伸びた事で、戦術も増えることでしょう! 両者、準備を! トーナメント準々決勝に相応しい、栄えある試合を望みます!』

『それでは、試合――開始っ!』


 瞬間。


 それを観ていた観衆は、誰もが思った。

 『メア』が有利だと。

 何しろ彼女は『幽霊ゴースト』少女。いかなる物理攻撃も無効化する特性だ。


 仮に、クルトが退魔系の武器を持っていようと、そこには必ず一瞬『間』が出来る。

 その間に、メアは六宝剣を突撃させる事が出来るだろう。相性の優劣。それは覆らない。


 だから、会場のほぼ誰もが、クルトの実力は認めていても『メアには勝てない』――そう思っていた。

 しかし。


『――しゅ、終了――っ!?』


 呆然とする観衆の中、実況の騎士の声が大きく響く。


『なんと! なんとクルト選手、またもや一瞬で勝利!? メア選手が宝剣を構えさせた直後、縮地……? 何もさせずに圧倒しましたーっ! ――これは驚き、準々決勝、第一試合は、クルト選手の大勝利ですっ!』


 もう一人の実況、レーミンが呆然と呟く。 


『こ、これは……相変わらず、詳細が全然判らない見事な鉄拳ですね。――いや、あれ拳じゃないよね? 幽霊に当たってるし、退魔の魔術具……? それにしても、尋常じゃない。一瞬の魔力の発光もなく見事すぎる。実況として中立は保たないといけないけど、クルト選手やばいよ』


 ギルド騎士の実況もあり、会場は驚愕と絶叫ち困惑の声で溢れている。

 《街の天使》ことメアが一瞬で負けた。


 その事実に観衆は動揺を隠しきれない。

 対して、勝者であるクルトは、深く被ったフードのまま人形のように、佇立するのみ。

 幽霊なのに拳を受けて倒れているメアとの対比もあって、そのあまりの光景に観衆も、実況も熱狂はさらに増していく。



 そして数分後。

 

〈何あれ、何あれ、全然分からなかったよ!〉


 試合後、控室に飛び込んだメアは、駆けつけたリゲルやテレジアを前に興奮もあらわに叫んだ。


〈宝剣を飛ばそうと思ってたら意識飛んでた! うわ、うわ、何されたのか全然不明! せめて一撃は入れたかったのに! ううう、リゲルさんごめんなさい!〉

「いや、謝る必要はないよ」


 リゲルは苦笑を浮かべる。


「そもそも、相手は近接の達人だ。間合いに入らればメアだって危うい。――それに味方の戦いで観察して、相手の弱点知るとか邪道だしね。これは興行性の高いのトーナメントだ。僕は自分で対策を立てるよ」

〈さすがリゲルさん! でも普通に悔しい! うわー、一撃ノックアウトだよ! 幽霊なのに! 悔しいなあ!〉

「それはあたしも一緒よ……」


 同じく拳一発でのされたテレジアが苦笑する。


「ハイヒーラーなのに回復する間もなく、倒されるとか。面目ないわ」


 拳系の攻撃に対しては、絶対の自信があったメアやテレジアたちはひどく悔しそうだ。

 一回戦で負けたマルコが「大丈夫だから……」と慰めていく。


「……それに、一ついいかしら?」


 不意にテレジアが疑問を投げる。


「メア、あれは退魔系の攻撃をくらったの? 幽霊だからあなたは物理攻撃が効かないでしょう? そうなると、使える手段は限られてくると思うけど……」

〈うん。……でもえっと、たぶん退魔だと思う。それしか考えられないから〉


 幽体に傷を負わせられるのは、特殊な措置を施した退魔系の攻撃だけ。

 クルトが用いたのはそのための魔術か魔術具だろう。

 しかしリゲルがあごに手を当てつつ呟いた。


「……クルト選手は、拳に色々な効力を付与して戦う《エンチャンター》なのかもしれないね。テレジアを一撃で倒した事といい、メアの時といい。おそらく相手に合わせた最も効率的な『付与』を付けている」

〈付与?〉

「最適な……?」


 二人の少女は面食らったように呟く。


「そんな……嘘でしょ? 試合前に相手の特性を把握して、それから臨むなんて無茶だわ。そんな事が出来るなら達人の中の達人じゃない!」

「……確かに。仮に待機中、あるいは試合中に、選手全員を観察して、その都度最適な『付与術』を考えているのなら驚異と言える。僕を含め、多くの選手はトーナメントで力を見せている、だから最適な『付与』をして挑まれた場合、不利は否めない」

「でも! そんなの不可能よ! 百人以上よ!? このギルド・トーナメントは、都市の復興も兼ねて、開催された大トーナメントだわ。選手の数も、質も、凄まじいもの。……それなのに、その『選手全員』を観察して、最適な攻撃を選ぶなんて……」


 それはあるいは、『絶技』と人は言う。あるいは規格外の怪物だと。

 リゲルは考え事をしながら頷く。


「うん、普通は不可能だろうね。でも、強い選手だけに絞れば負担は減る。そして試合中は常に二人ずつしか戦わないから、忍耐力と観察力が秀でていれば不可能ではないと思うよ」

「それにしたって……っ!」

「まあ……でも僕も、それくらいは出来るから?」

『……。えっ!?』


 メアとテレジア、そしてマルコ達が同時に固まった。


〈え、リゲルさん? いま何て……?〉

「ひゃ、百人以上の選手を観察して、最適解を模索とか……とても異常なんだけど……」

「そうでもないよ。 ――実際、選手の観察くらいは普通だと思うよ? 上位陣なら。――というか、僕だって《エンチャンター》だから観察はもはや癖だよ。言ったことなかったかな? 僕は《合成使い》として活動する前は、《付与術》でしのいできたって」

〈それは……〉


 かつて、リゲルは《合成》を手に入れるまで、付与術で活動をしていた。迷宮の奥に挑み、地道に日銭を稼いでいた。

 今でこそ《合成》主体の戦いだが、かつてはそうではない。


〈それは知っているけど……〉

「うん、だから観察眼は僕にとって日常だ。だから僕にだって同じことは出来るよ」


 メアもテレジアも、思わず黙った。


「うわー、ここにも化け物がいた……」と、半分呆れ、半分尊敬を含んだ表情だ。



「まあ、それは置いておいて。ともかく僕にとって、クルト選手は『同類』かもしれない選手だ。加えて、次は『準決勝』。君たちの期待を裏切らないために、勝つよ。僕は」


 控室がの空気が弛緩した。


「その言葉、聞いて少しだけ安心したわ」

〈リゲルさんが負けるはずないもん! 絶対勝つって信じてる!〉


 テレジアとメアが笑顔で応じる。

 リゲルは頷く。

 そうだ、負けるわけにはいかない。彼女たちの期待に応えるためにも。そして、エンチャンターとしての矜持にかけても。

 エンチャンターとしては名を馳せた事はないリゲルだが、愛着もこだわりも持っていた。

 負ける事態には陥りたくない。

 おそらく、相手は最強の相手だろう。これまでの敵と比べても上位の強さ。だ。

 クルトへの勝利を思い描くリゲル。

 実況の騎士の声が聴こえる。


『さあ! 準々決勝も終わりに至りました! 次はいよいよ準決勝! ベスト4が争う大詰めです!』

『リゲル選手、アーレス選手、ミリア選手、クルト選手の四名は、試合控室へお越しください!』

「……呼ばれた、行ってくるよ」

「「頑張ってリゲルさん!」」

「健闘を!」


 可憐な少女たちや仲間に見送られて、リゲルは決戦場へと脚を踏み入れる。

 残る選手は四名。

 優勝候補のアーレス。

 準優勝候補のミリア。

 《合成使い》のリゲル。


 そして――番狂わせの大立ち回りを行ったダークホース――クルト。



 リゲルは、ギルド騎士の呼び声に、メアとテレジアの応援に、絶対勝とう、その思いで、腕を振る。

 そしていよいよ、トーナメントは大詰めを迎える。



お読み頂き、ありがとうございます。

次回の更新は2週間後、1月16日になります。

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