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第八十三話  異変

 優勝候補の選手は、リゲルをはじめとして無難に勝利。


 卓越した技や魔術の数々。対戦相手を嵌め、あるいは圧倒し、勝利を重ねていった。

 下馬評では、不利とされた選手たちはみな試合が進む毎に人数を減らしていった。

 強者はより高みに近づき、弱者は早々と散る。

 ある意味で予定調和の試合だろう。

 そうなってくると、自然と観衆の中で広がるのは『誰が優勝するか』という推測だ。


 観衆席でいkつうもの声が飛び交う。


「なあ、今回の大会、優勝は誰だと思う?」

「あたし、やっぱりアーレスさんだと思うなぁ! あの水撃、どう見ても他に勝てる人いないと思うもん!」

「俺は《武器帝王》のガルグ・ロブロス選手だな。やはりどんな武器も使いこなせるのは普通に強いよ。優位性は揺るがない」

「私はやはり、街を救った《英雄》、リゲルさんが勝つと思うわ。複数の『魔石』を操れるんでしょ? 戦術の数が違うわ!」

「英雄つったら《幽霊ゴースト》のメアちゃんも侮れないぜ? 六本の《宝剣》の威力は強力無比、あれに適う奴はいないと思う」


 感情論、印象論、理論的な推察、それは様々だった。

 共通するのは議論が白熱を帯び、より『目の前の試合』より未来への『優勝』の候補について注目が増していく。

 すでに、試合は『強者』が予定調和の戦いを続けていた。

 順当に行けば、彼らの中の誰かが勝つだろう。『どの優勝候補が』勝つと、そちらに興味が移るのは当然の流れだろう。


「やっぱり、ガルグ・ロブルス選手の強さも別格だと思うよ。それこそ伝説の《剣聖》、アデル・リーガスのように――」


 そんな時、異変は起きた。

 中堅同士の選手が戦っている最中だった。

 突如爆音が響き、闘技場を大きく震わせたのだ。


 しん――と。


 それまで談義に夢中になっていた観衆席が、沈黙する。


「……え?」

『おおーとぉ!? ここでハンマー使いのバッセル選手、まさかの敗退ー! いやー、予想外でしたね、下馬評では優勝候補にも通じると評判だったバッセル選手、なんと一瞬で勝負を決着させられました!』


 驚きと共に解説のギルド騎士が語っていく。


『……だよね。正直、あたしも一瞬、見逃してたなぁ。小手調べのやり取りがされてたら、いきなりの決着。びっくりだよ』

『勝利を果たしたのはクルト・バーゼルト選手! 凄まじい一撃でした! ――皆様、ぜひ健闘の拍手を!』


 言われて、まばらに観衆席から拍手が起こる。

 ただ、それは賞賛のための拍手というより、半ば反射的なものだった。

 実況が促したから、なんとなく行った。ただそれだけ。

 その時点では、誰もその試合の勝者クルトを注目する事はなかった。

 


 ――異常に気づいたのは、トーナメントが五回戦を迎えた時だ。


『それではトーナメント五回戦! 第四試合、開始です!』

『さーて、今度はどんな試合が繰り広げられますでしょうか。下馬評では《暗器使い》のピックス選手が有利。卓越した暗器技でこれまで何人もの選手を打破してきましたね』

『ピックス選手は、近距離、中距離を問わず計算しつくされた『暗器術』のエキスパート! 対して、クルト選手は近接の達人! お互い、有利な距離に持ち込めるかが勝負です!』

『ただ、個人的にはあの暗器はギルドに勧誘したい程の実力だよねー。暴徒鎮圧とか、魔物狩りにじつに有利だもん、最近では速さをメインにした騎士が――』


 瞬間。

 轟音が、実況の声を遮るように、爆発的な衝撃が会場を走り抜けた。

 重々しい一撃が大気を震わせ、会場ごと巻き込むかのように揺れ動かす。


「え……」

「な――」


 実況の騎士は驚愕。

 観衆の人々は無言。

 誰も彼も、突如起こった轟音に虚を突かれ、言葉一つ発せられなかった。


『え……と。け、決着――っ!?』


 実況の騎士イータがこれでもかと叫んだ。


『勝者はクルト選手! 暗器を操るピックス選手を相手に、見事剛拳一発で打倒しましたーっ!?』

『お、驚きだね……こう言っては何だけど、暗器と拳では暗器の方が有利と思っていたけど……その不利をものともせず、一瞬で打倒したクルト選手には脱帽だよ……』

『そのクルト選手、活躍に観客では拍手が続いております。さあ、次の試合でも奮闘を見せてくれるのかクルト選手!』


 その時点でも、実況もお決まりのセリフとして健闘を称える言葉を発するのみ。

 観衆席の側も「え、いま勝ったの?」「いつ? 本当で?」と、一瞬で決まった勝利に驚き、戸惑いを隠せないでいた。


 この時も、まだ誰もがそお凄さを実感していなかった。

 その人物の強さを。

 その速さを。

 よそ見していたら、いつの間にか終わっていた試合。


 けれど、彼らは知る。

 トーナメントに潜む怪物を。

 彼らには思いも寄らない『異物』が紛れ込んでいることを。

 まだ、観衆も実況も、知らない。




 十数分後。 


『け、決着――っ!』


 第六回戦、第三試合。

 会場はまたも波乱の幕引きに沈静していた。


『勝者クルト選手! いやー、これは驚きです! 準優勝候補の《双槍使い》アグラル選手を、まさかの五秒で打倒! これにはさすがに観衆席でもどよめきが起こっています!』

『何あれ……? いま一瞬、クルト選手前まで棒立ちだったよね……? アグラル選手が間合いを見極めたと思ったら、一瞬でクルト選手が反撃を……。えっと、拳を五発? ――を叩きつけて終わっちゃった……』

『勝利クルト選手! いやー、相手は準優勝候補のアグラル選手でした! これまた番狂わせ! まさに魑魅魍魎、何が起こるか判らない、トーナメントギャンブルは荒れるかぁ!?』


 その時ですら、実況を含めた観衆はお祭り騒ぎに浮かれていた。

 思わぬ番狂わせの強者。達人の技。

 その登場に、この時点の多くの人が注目の眼を向けていた。

 けれど、決定的に変わったのは次の第七回戦だ。

 

『さあ、いよいよトーナメントも詰めが見えて参りました! 第七回戦! まずはテレジア選手の入場です!』


 華やかな物腰で金髪の少女が、手を振りながら決闘舞台へと進む。


『テレジア選手は、皆さんご存知の通り、《ハイヒーラー》というクラスを生かしながら、戦うタイプです。所詮のマルコ選手との激戦はまだ記憶に新しい。試合開始後、徹底的に防御して反撃する――カウンター重視の選手です』

『相手が、疲弊や隙を見せ時、即座にメイスでぶん殴る。何ともバイオレンス――じゃなかった、戦術が冴える賢い勝ち方ですね』

『ついでに所詮での下着が白の紐パン事件で観衆席からは大好評です』


 それはもう忘れて! と試合条からテレジアが叫んだ。

 けれど観衆席の皆は忘れない。純白の輝きを。


『対して! 相対するはクルト選手! さあ、これまで数々の相手を一瞬で床に沈めてきました格闘家! 生きるゴッドハンド! データを調べてみたところ、なんとクルト選手、本トーナメントでは全試合を『五分以内で』勝利、それも相手から『一発の傷も受けず』、完勝しています! これは、普通に強者です!』

『凄いね……むしろ、どうしてあたしたちが見逃していたのか不思議なくらいだよ。あの瞬速、あの豪腕――どう観ても一流でしょ』


 それでも彼が注目されなかったのは、一重に『地味』だからだ。

 魔術や戦技飛び交うトーナメントでは、派手な技が注目される。実際、鑑賞点は高くない。

 炎、雷撃、膨大な衝撃波などに華がある。


 だがそれら一切に頓着せず、『拳』のみで相手を打破したクルトは不気味だ。あまりに地味過ぎて、注目から外れていた。


 けれど、それは覆る。

 直前の、準優勝候補を破った実力、そして実況騎士が明かした全試合無傷の完勝という記録によって。


 さらには、人気者の少女、テレジアとの試合――否が応でも注目が上がっていく。


「勝て! テレジアさん! 勝て! テレジアさん!」

「純白の天使の活躍、見せてくれ!」

「は、恥ずかしいのだけれど……」

『さあ! 会場が熱気に包まれたトーナメントは絶好調! 第七回戦、美貌の《ハイヒーラー》、テレジア選手! 対するは無傷完勝、《格闘使い》クルト選手! 両雄激突! 試合――開始っ!』


 ――そして、試合開始の合図がなされた。まさに、その瞬間。


 

 旋風。そして轟音が走り抜けた。


 

 それだけだった。

 その一瞬で、試合は終わりをみせた。


 観衆席では、何が起こったのか一瞬で理解出来た者はほぼいない。

 瞬きも、応援も、何もかも起こる前に、起きた唐突な『終わり』だった。

 

「……え?」

「うそ、これは――」


 それは、誰がこぼした声だったろう。

 似たようなつぶやきが、そこかしこの観衆席で起き、戸惑いが徐々に広がっていく。


『なんと! テレジア選手、敗北――っ!?』


 実況の騎士イータが半ば絶叫じみた声で叫んだ。


『あ、あっけないほど、一瞬でした! クルト選手! なんとテレジア選手を何の動作を行わせず、開始一秒で圧倒しました――っ!?』

『……うわあ、これは、本当に……? テレジア選手は、防御に秀でた選手、近接も他も危なげなく攻撃をさばいてきたけど……これを一瞬で……?』


 テレジアが倒れている。会場の真ん中で。

 それも、魔術も武器も使うことなく、ただ胸に、一打を受けただけでの昏倒。

 まさに番狂わせの光景。実況の騎士たちも呆然。


『まさに閃光! まさに一瞬! クルト選手、瞬速――っ! 電光石火! なんと、強敵であるテレジア選手に圧勝――っ!』


 会場がどよめきで湧き上がる。

 美貌のテレジアのまさかの敗北。一瞬の決着に驚嘆。信じられないといくつも声があがる。


 けれど、皆が抱いた感想は同じだった。

 ――強い。

 クルト・バーゼルトは。

 一瞬の瞬き。その間に相手を打倒する、相当な猛者。

 この時点で彼が紛れもない強者だと疑わない者は誰もいなかった。

 否が応でも会場は熱狂に包まれる。


『おおっと! 鮮烈すぎるダークホースに興奮覚めやらぬ会場です! クルト選手は無言、ただフードを下ろした姿で、無言で立ち尽くすの! 一体どんな素顔なのか、顔も年齢も判らない! 謎の実力者クルト選手――っ!』


 顔を深いフードで覆い隠し、クルトは年齢も顔も判らない。

 事前に発した短い声から青年と判るだけだ。


 次の試合――リゲルが優勝候補の大剣使いと戦っていた。

 けれど観衆の注目はすでにそこにない。

 強者同士の対決に目を輝かせることはあっても、意識の大部分はクルトへの興味。


 クルトはどこまで行けるのか? 

 目の前の、リゲルや大剣使いに匹敵するのか?

 誰もが注目していなかった選手の大金星。トーナメント会場は、隠れていた実力者の登場に、熱気を増していく。



お読み頂き、ありがとうございます。

次回の更新は2週間後、1月2日になります。

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