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第九話  幽霊少女との出会い

 ――不動産屋に紹介された場所へ向かってみると、深い森が広がっていた。

 鬱蒼と茂った草々。広々とした空間は枝と葉と幹でたっぷり覆われており、日光もろくに差し込まない。


 樹冠が高く、草の匂いが凄い。踏みしめる小枝の音。

 これが土地代も含めて金貨百三十枚だと言う。

 いくら何でも安過ぎる。またぞろ問題でもあるのかと不動産に聞いたところ、近くにはホモもレズもいない。マフィアもいないし、騒音を出す要因はないとのこと。

 ではなぜ格安物件なんだと主人に問い詰めたところ、


『ここ、出るんですよ。幽霊が』


 と、真顔で言ってきた。


『過去に住んでいた方々が、揃って『物が勝手に動いた』だの『鏡に人の顔が出た』だの『夜な夜な女の子の声が』だの、そんな事を言って大パニック、噂は広がり価格は暴落し、今では買う者もおりません。

 おまけに、立て壊ししようにも『出て行け』と恐ろしい声が聴こえてきて……業者もお手上げでして。リゲル様が購入なさるというのなら、是非ともお願いしたく』


 そんな事情を聞かされた。

 まさか、という気持ちのリゲルだった。《幽霊ゴースト》とは迷宮に出現する魔物のことだが、この場合、人の未練の集合体――すなわち『霊魂』の類を言う。


 眉唾な話だ。

 そもそも霊魂ゴーストは非常に希少な存在であり、数年に一度、悪ければ十数年に一度しか現れればいい方。

 理由は単純で、人の未練が強ければゴースト足り得るが、そもそもこんなご時世、魔物にいつやられて死ぬか判らない。

 大なり小なり皆死への諦めは持っており、ゴーストになるのはよほど理不尽な死か、生前やり残した事が多い場合のみ。


 事実、この大陸でも記録上のゴーストはたった数体のみで、下手なレア魔物より珍しい存在だった。

 ゆえに、リゲルは広い森を抜け、大きな屋敷を目にしても、「朽ちてるな」としか思わなかった。


「まあ、確かに、いかにも『出そう』ではあるけど」


 貴族の館だったろう建物は天井も壁も何もかもひびだらけで、庭の草は伸び放題。

 蜘蛛の巣は我が物顔であちこち張っており、全体に陰気臭く、気のせいか生暖かい風すら吹いている。


 いかにも、この世ならざるものが出そうな雰囲気ではある。

 しかし、そもそも探索者とは魔物と死の狭間を行き来する命知らずだ。街の一般人ならともかく、リゲルも探索者の端くれとしてこの程度は怖くもなんともない。

 むしろゴブリンの仮面の巨漢の方が何十倍も怖かった。


 余裕を持って、リゲルは入り口の扉を開けようとするが……。


 冷やり――と。


 石畳を踏んで扉の取っ手に触れようとしたとき、何か冷たいものを踏んだ気がして、リゲルは驚いて下を見た。


 そこには――。


〈うう~ん、もう食べられないよぉ、むにゃ……〉


『半透明』の、透けている少女が、何やら眠っていた。


 鼻梁はなかなかに整っている。長いまつ毛が印象的。髪も長く腰ほどに届く桃色はとても綺麗だった。

 肌は白く、というより青白く透けており、その可愛らしい顔も、ドレスの衣装も、靴も、何もかもが『透けて』いて、どう見ても普通ではない。


「(え、いや、まさか。……これ、白昼夢かな?)」


 リゲルは思わず思った。


「(けれど霊魂ゴーストなんているわけないし。幻か何かだよね?)」


 そう結論付けるリゲル。

 半透明の眠る少女を無視して、そのまま中に入った。

 ――瞬間、起きた少女に髪を引っ張られる。


「痛いな……なに、なに。どうしたの?」

〈侵入者を発見! これより排除します!〉


 振り向けば寝ていたはずの半透明少女が起床し、険しい目つきでリゲルの髪を引っ張っている。

 いや、その表現は正しくない。

 何もないのに、『視えない手』があるかのように、リゲルの髪が引っ張られている。


「――まさか、本当に霊魂ゴースト……!?」

〈侵入者の排除! 攻撃、開始っ!〉


 いきなり、リゲルの頭上を銀色の棒が通り過ぎた。

 とっさに屈んでかわしたリゲルだが、背後の棚が破裂、相当な威力にリゲルは瞠目する。


 半透明少女は空中に『燭台』、『鉈』、『折れた剣』、『大きな壺』を浮かし、剣呑な目を向けるや、次々リゲルへ『放って』くる。


「(――『念動』の魔術? 違う、物体浮遊術か?)」


 埃まみれの絨毯の上を転がり、反動で起き上がるリゲル。同時、リゲルは短剣を抜刀。迫る燭台やら壺やらを弾くが、すぐに短剣は折れた。


「並の短剣じゃ力不足か。それなら!」


 転移短剣バスラを抜刀――迫る物体を片っ端から叩き落とす。

 しかし、いなしたのも一瞬、今度は左右から、頭上から、少女の浮かせた『割れた硝子』、『針』、『尖った額縁』が次々飛来し、リゲルへ殺到する。


「(キリがないな。――それなら!)」


 魔術の発動、リゲルはバスラを構えたまま、詠唱――。


[我が愛剣へ戦闘神の加護を望む! 其は穿つ力。――付与エンチャント! 『腕力』!]


 淡い光が、リゲルの持つバスラに宿り浸透する。

 銀閃一撃、飛来する割れた硝子や針を容易く両断し、床に四散させる。

 ばかりか、衝撃波で、周りの浮遊物もまとめて弾き飛ばした。


〈っ!〉


 少女が目を見開く。


「まだ終わらないよ。――[我が身に戦闘神の加護を望む。其は鎧の力、隼の力! ――付与エンチャント! 『頑強』! 『俊敏』!]」


 さらにリゲルの胴と脚に魔術の光、飛来する燭台と鉈を、リゲルは華麗な動きでかわしきる。

 追撃の折れた『剣』も避け、さらに背後、尖った額縁も肘で弾き飛ばす。

 業を煮やした半透明少女が、さらに『石材』、『折れた槍』、『シャンデリアの欠片』を飛ばす。だが全てリゲルに叩き切るか、かわすか弾かれて終わった。


〈うそ……動きが、変わった?〉


 少女が驚きに呟きをもらす。

 これがリゲルの本来の力。

 自分や相手の体に強化の力を『付与』する、元の倍以上に高める付与魔術。


 付与師エンチャンターとしての力は魔物相手には単独では厳しい。

 だが、ミュリーの料理の『恩恵』で飛躍的にリゲルは強化されていた。その上、《合成》スキルを得て以来《迷宮》で得た経験は並ではない。


 もはや、リゲルは等級レベルは二六。実力だけで言えばランク三、『シルバー』へ余裕で届いていた。

 等級レベルとは、腕力、速力、体力など戦闘力を総合した値。鍛えれば鍛える程に上がる。

 すでにリゲルにはこの程度の攻撃、捌くなど訳ない。

 少女の力は等級レベルに換算すれば十程度だ。等級レベルリゲルの方が断然に上、さらに『付与』は腕力、俊敏、頑強さなど、幅広く強化出来る。

 ミュリーの『料理』も加え、数倍化したリゲルの能力は完璧に半透明少女の攻撃を上回っていた。


「探索者を狙うならちゃんとした武器でないと。僕には当たらないし傷すらつかないよ」

〈むむ……〉


 挑発された半透明少女はそれでも『絨毯』、『砕けた硝子』を五つ、さらに『椅子の足』、『銀カップ』を立て続けに放るが、そんなものでリゲルは倒せない。

 転移短剣バスラで砕かれ、斬られ、あるいはかわされ、リゲルはかすり傷も負わない。


[付与エンチャント! ――『俊敏』!]


 さらに倍加させた俊敏性により、少女の目測が誤る。浮遊物が外れる。

 リゲルが跳び、バスラを閃かすと、少女の放った鉈を切断、一気に近づき、少女のみぞおちに、バスラの柄を当て――。


「え? ――うあっ!?」


 半透明少女の体を『すり抜け』て、リゲルは勢い余って対面の壁に激突した。

 頭に星が散る。頭を振って、正気を保つ。


「……まさか本当に、霊魂ゴースト? ……斬撃が効かない?」

〈残念! あたしには剣も棍棒も矢も効かないよ! うふふ! 形勢逆転、あたしの勝ちだよ!〉


 残った『シャンデリアの欠片』、『折れた剣』、『大きな壺』を飛ばし、勝ち誇る少女。

 リゲルの周りに凶器が浮かび並ぶ。まさに絶体絶命だが、リゲルは余裕で一言。


「まいったな。剣じゃ倒せないか。じゃあとっておきを」


 リゲルは懐から一枚の札を取り出した。

 その表面には――仰々しい書体で、『退魔』と書かれていた。


〈え!?〉

「《迷宮》で死霊系に襲われた時のための『退魔札』さ。金貨十枚分だから効果は折り紙付き。備えあれば憂いなし、これで形成は逆転かな?」

〈え、ちょっと待って!?〉


 余裕だった半透明少女の顔が、軽く引きつる。


〈ふ、ふふ~ん! 無駄だよ、何度か似たようなもの突きつけた人がいたけど、みんな効かなかったから。あたしの未練を舐めたらだめだよ!〉

「そうか。ちなみにこれ、ただの御札じゃないよ? 『ランク五』の魔石を売って手に入れた、『上級』退魔札だからね。七十階層の死霊魔物すら消滅する強力さ」

〈うえええええ〉


 要は《ハイスケルトン》や《トレントグール》など強力な死霊系魔物すら、瞬殺出来る代物だ。

 少女の顔が青ざめていく。


〈え、ちょ、待って!〉

[付与エンチャント! ――『魔力』!]


 さらにリゲルの放った魔術により、札の魔力が『倍加』――いや、『三倍化』する。

 

〈ま、待ってーっ! やめて! やっぱり降参――〉

「ごめんね、可愛い幽霊だけど僕には待っているミュリーがいるんだ。無事に君を昇天させるまでやめるわけにはいかない」

〈待って! わわ、ちょ、待って~っ!?〉


 耳を貸さず、リゲルは札へ魔力を込めた。

 たちまち、爆発的な光がその場へ拡散する。

 半透明少女は凶器も何もかも吹き飛ばされ、目も開けられない。

 その存在感が急速に薄れていく。綺麗な顔が、瑞々しい肌が、美しい髪が、端から徐々に薄れ、粒状になり、光に飲み込まれるように、虚空へ消えいき――。


〈やめて! な、何でも言うこと聞くから!〉


 必死に、少女は涙声混じりに懇願した。


〈もう襲わないから! 降参するから! だから昇天だけは嫌! 嫌だよ……っ〉


 その少女の声に、怖さと悲しさを感じたリゲル。一瞬迷い、思案する。

 降参するのなら、消滅させる気はない。相手はどうやら屋敷を守る立場か、元住人だろう、そうであるなら人を追い払ったのも納得がいく。


 彼女のドレスはこの屋敷に相応しい上物であるし、ひょっとしたらこの家のお嬢様だった可能性もある。

 たとえゴースト少女でも、昇天させるのは気が引けた。


 それに、物体を浮かせ、物理攻撃もすり抜ける『ゴースト少女』は、色々便利そうだ。


「――わかった。君の降参を認めよう」


 リゲルは札への魔力注入を中止し、あっさり攻撃の意思を止めた。


〈ほ、ほんとう……? ありが、〉

「その代わり、君には僕の手足となってもらう。これより君は僕の召使い……は体面的に良くないな。仲間になってもらう。僕の言うこと、成すこと、それに協力するなら、昇天はさせない。どう?」

〈ええ~、む、むむむ……〉


 当然だろう、いきなり仲間になれなんて言われ、即答出来るわけもない。


 けれど少女に選択肢はない。困ったように瞳を揺らしつつも、彼女は最後には頷き、了承の意を示す。


〈はああ~。負けちゃったものは仕方ないよね。うん、わかった。あたし、あなたの仲間になるよ〉


 はにかむと、なかなか少女は魅力的だった。リゲルは一つ頷き、


「よろしく。僕の名はリゲル。ランク青銅の探索者だ」

〈あたしは『メア』だよ。こちらこそよろしくね!〉


 どうやら、彼女は細かいことは気にしないたちらしい。有効的な笑みを浮かべると、リゲルの周りをふわふわ回り始めた。


〈それにしてもリゲルさん凄いね! 強い人、憧れるよ! えへへ〉


 何だか憧れの騎士でも見つめるような熱い目を向けるメア。


 桃色の髪が嬉しそうにゆらゆら踊っていく。

 リゲルは悪い気はしない。メアはゴーストだが可憐だし、その容姿はミュリーにも引けを取らない。ややあどけなさを感じさせるものの、先の戦闘といい、物理無効といい、なかなか有望な従者だった。


 と、一つだけ聞きたいことがあったので、リゲルは問いかける。


「君はなぜ幽霊に? そもそもここで何があったの? 廃墟の過程は――」


 途端に、メアは悔しそうな、悲しそうな顔になり応えた。


〈……思い出すのも悔しいの。あたし、殺されたの。屋敷の皆も、全員……全員が、殺された〉


 強い怒りもにじませる彼女の様子に、リゲルは思わず息を呑む。


「そんな……いったい、誰が」


〈《六皇聖剣》、《錬金王》の異名を持つアーデル。それが……あたしとみんなを殺した相手〉


 ドクンッ、とリゲルの心臓が不吉な音を奏で出す。


 それは。

 その名は。

 倒したいと思っていた。

 その屈辱と復讐心は途絶えた事がなかった。


 あの日、猛烈な雷と豪雨の日。

 《六皇聖剣》を裏切った、最大の卑劣人にして最悪の剣聖。


 馬鹿な、と全身が総毛立つ。

 体中が沸騰したかのように熱くなる。 

 それは、それは……紛れもない、リゲルを一度は奈落にまで突き落とした元凶――。


「……詳しく話してくれるかな。君が、幽霊となった経緯を」



【メア・レストール  幽霊ゴースト 享年十六才 レストール家の令嬢  レベル11 

 クラス:幽霊ゴースト

 称号:『貴族の執念』(どんな時でも最善を探して行動する。状態異常攻撃がほぼ効かない)

 体力:0  魔力:159  頑強:0

 腕力:0  俊敏:189  知性:148

 特技:『貴族の嗜みLv6』

 スキル:『浮遊術Lv4』 『不認識術Lv4』

     『物理攻撃無効』

 魔術:『回復魔術Lv1』

 装備:なし】



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